プロローグ





 夜の細い路地を歩く人影は、そこで立ち止まった。
 
 路地を埋める石畳はすり減ってしまっていて、歩きやすいが、だが滑りやすくもある。
 くねくねと曲がる暗く細い道は、人を不安に誘う。
 暗く、わからないものは、怖い。
 
 突然、人影は自分の体を抱きしめて、身もだえるように体をかがめた。
 震えているようだ。つま先から頭の先まで、貫くような震え。
 それは純粋な脅威への怯えによるものなのか、それとももっと別なものへの恐怖によるのか。
 人影はただ、唇を強く噛み、腰に提げている剣の柄に手を伸ばし。
 震えで思うようにならない指で、それを握り締める。
 そして呟く。

 ――大事なひとを守るために、この剣はある。今もそのことに迷いは無い。

 どんなことがあっても。
 どんなことが、あっても。


 最後の言葉だけ自らに言い聞かせるように、強く声に出した。
 やがて人影はゆっくりとだが体を起こすと、胸を張り、石畳の路地を再び歩き始める。
 かつかつと、規則的な靴音だけが暗い路地に響く。


 けれど、完全に闇に溶けてしまうまでに、三度。
 その人影は立ち止まって、後ろを振り返った。