プロローグ



 金縁飾りがついた洋服箪笥から、手当たり次第に洋服を取り出し、鞄に詰める。いつまでとも知れない外出になるが、かといって余り多くも持っていけない。となれば現地調達が必要かと思い、換金しやすそうな宝飾類の類も鞄に一緒に詰めた。彼女の協力者たちならば、彼女の被服ぐらい容易く購ってくれるだろうが、あまり他人を当てにし過ぎるのもよくない。

「あとは……と」

 一度決めてしまうと、躊躇することのない性格だ。必要なもの最低限を鞄に詰めこみ、頭の中で再度必要品リストの項目をチェックする。リストから漏れがないことを確認すると、すでに簡単な旅装に身を包んでいた彼女は立ち上がった。これから主がいなくなる部屋の静けさか、時計の音がいつもよりも少し大きく響いた。
 ひとつ息を吐き、その息を取り戻すが如くに吸う息で、彼女は身を翻し、扉へと向かった。白く瀟洒な扉を押し開けると、顔見知りの侍女が居た。旅装に驚いたのか、侍女は聞いてきた。

「あの……、姫様、どちらへ?」
「神様の居ないところよ」

 短く答えて、彼女は右手に鞄を提げて早足に進む。せっかく返した答えは、侍女には理解できないようだった。姫様、姫様と呼ぶ声を振り切って、彼女は長い廊下を進んでいく。
 そう、私は神が居ないところへ行くのだと彼女は自分の胸に呟いた。

「誰にも何も決められることのない、選び取る自由のある世界。私はこれからそこへいく」

 鳥がその翼で自由に空を飛びまわるように。

 だが彼女のその呟きは、彼女の歩みの速さに取り残されるように、ただ廊下に放り投げられて、聞くものはいなかった。