5. 『俺たち盗賊だぞ?』





「何をしている、ってのはごあいさつだよなぁ。そう思わないか兄弟」
「思う、思う。そういう言われ方は、ちょっとカチンと来るよなぁ、カチンと」
 エキアの誰何に応じて、穴の縁に姿をあらわしたふたりの男。エキアたちが穴の底にある都市慰霊碑のところにいるので、自然、男たちから見て、エキアたちを見下ろしている。
「先ほどから、俺たちを付け回していたのはお前たちだな。何が目的だ」
 男たちのペースに乗ることはなく、エキアは冷静に問いを重ねた。
「何が目的って、なあ。決まってるじゃないの」
「あァ、決まってる」
 男たちは、互いに言葉を交わしながら、穴へと降りてきた。そして、ゆっくりとエキアたち3人の方へと歩いてくる。
(さがれ)
 エキアは、ハンドシグナルを、後ろのふたり――レクシアとリーンに送った。ふたりは素直にそれに従い、都市慰霊碑を盾にするように後ろにさがった。
 退きながら、リーンは穴の底へと向かってくる男たちを観察した。ひとりは大柄な筋肉質の男で、もうひとりは、出っ歯で体の線は細く、貧相な感じの男だった。
 先ほどから付け回していたという――リーンはまったく気がつかなかったが――突然現れた男たちは、どちらも威嚇するような視線を向けてきており、少なくとも友好的な感じはしない。足を地面に押し付けて引きずるような無駄の多い歩き方で、なおかつ上半身を左右に揺らしている。風貌からは知的な感じはまったくせず、むしろ粗野な印象を受ける。まともとは言い難い男たちのようだった。
「そこで止まれ」エキアが警告した。「先ほどの問いに、答えてもらおう」
「お前らこそ何しに来たんだ。答えろ」少し高めの声で、出っ歯の男が言い返してきた。
 そうだそうだ、と大柄な男が同意する。
 先ほどから見ていると、出っ歯な男が何かを喋り、大柄な男がそれを繰り返す、という役割分担ができているようだった。何のためにそんなことをしているのか、エキアたちにはわかりかねたが。
「このへんは、俺たちのアジトなんだ。そこへお前たちが来た。だからお前たちを見張っていたんだ」
 出っ歯の男はそう言うと、腰に手を当て、威張るように胸を張って見せた。何故か得意げな表情だ。
「アジト?」
 エキアは、ひっかかった言葉を端的に聞き返した。
「ああ、アジトだ。旦那が、誰もいないところだからアジトに丁度いいって。だから、ここは俺たちのアジト。縄張りだ」
 そこへお前たちが入って来た、と出っ歯の男が非難するようにエキアを指差した。大柄な男が、そうだそうだ、と同意した。
「ここは、古代都市の遺跡じゃない。だから、誰のものかってことはないわよ」
 そう言い返したのは、リーンだった。都市慰霊碑の後ろから、覗き見るように首だけを出している。
「誰のものでもなかったから、俺たちがもらったんだ。だから、俺たちの縄張りなんだ」
 目を三角にして、出っ歯の男がやはり高めの声で、子供のような理屈を語った。んだんだ、とまた大柄な男が賛同した。
「それで、お前たちは何者なんだ」エキアが聞く。的確に話を戻した。
「ふん、聞いて驚くな」出っ歯の男がぐいと貧相な肩をいからせる。「ミティア王都を騒がす影の盗賊団、ノワールプッシー団とは、俺たちのことだ」
 そうだそうだ、と大柄な男も同じく肩をいからせる。
 だが、生徒たちは無反応だった。
 3人とも、目配せをして意志を確認しあう。
 ――そんな盗賊団、知っている?
 ――いいや。
 ――ていうか変な名前。
 生徒たちの反応があまりにも薄かったからだろう。
 な、なんだ、と出っ歯の盗賊が慌てふためく。
「お、俺たち、と、盗賊だぞ? 盗賊といったら、夜中に家に来て、悪い子を取って食べてしまうというアレだぞ? 怖いんだぞ? おばあちゃんに聞かなかったのか?」
「ていうか、そんなの、盗賊じゃないじゃない……」
 脱力したように、リーン。出っ歯の盗賊は言い訳する。
「そりゃ、実際は、夜中に盗むのは、子供じゃなくて金目のものだけどさ」
「じゃあ、コソ泥なんだ」
「コソ泥じゃないぞ。あっ、ひょっとしてお前、俺たちのことを馬鹿にしているな。俺たちの姐さん、それから雇い主の旦那もすごいひとなんだぞ」
「そう言われてもなぁ……。会う機会も無さそうだし」
 リーンがそう言って額を掻いたそのとき、大柄な盗賊の方が、じゃらん、と大刀を抜いた。厚手で武骨な刃が鈍く光る。う、うるさい。
「ちからづくでも、追い出してやる」見た目通りの野太い声を出した。

 盗賊の抜刀とほぼ同時、ぶうんと虫の羽音のような音がした。
 エキアが、右腕をかかげ、攻撃魔術の文様を描画したのだ。
描画と同時に、腕を中心に階層的な円を描く文様に魔術を注ぎ、発動直前の状態にした。そして、警告する。
「我々は魔術師だ。もし危害を加える気なら、実力で排除する」
エキアの黒髪の奥の鋭い目がさらにきつく細められ、秀麗な眉間に皺が刻まれている。そして、眉目秀麗な生徒は付け加える。
「見たところ、耐魔術の装備を身に付けているわけでもない。痛い目を見ないうちに、ここから立ち去れ」
 だがエキアの警告を、盗賊たちは聞き入れなかった。
「ふん、そんなものでびびるもんか。撃てるものなら、撃って――」
「衝撃よ!」
 出っ歯の盗賊の言葉が終わらないうちに、エキアは呪文を唱え、魔術を発動させた。ぶわりと土埃を舞い上げながら、衝撃波が盗賊たちに向かって収束する。そして、雄牛が硬い壁にぶつかったかのような、重い音がした。
 これで終わった――。
 角眼鏡の奥の目を、土埃に細めながら、レクシアは思った。エキアの放った魔術は、威力はかなり絞られていたものの、それでも魔術だ。生身の人間の出力を軽く越えることができる魔術を喰らえば、どんな屈強な肉体を持っていたとしても、そうそう耐えられるものではない。それは、魔術師の間だけでなく、世界一般の常識でもあった。
 だが、土埃の余韻が去って、ふたりの盗賊は、無事に立っていた。
 魔術を喰らってもなお無事だった理由は、簡単に察することができた。何故なら、出っ歯の盗賊の前に、魔術で作り出された盾が浮かんでいたからだ。この出っ歯の盗賊も、魔術能力者なのだ。
「あ、危ないだろう、いきなり魔術を撃つなんて! だ、だが、魔術を使えるのはお前たちだけだなんて思うなよ! 俺だって、雇い主の旦那に、ちょっとだが魔術を教えてもらっているんだ!」
 そうだそうだ――と、大柄の盗賊が同意しようとしたその瞬間。
 エキアが前に、つまりふたりの盗賊たちに向けて、飛び出していた。
そしてそのままの勢いで、出っ歯の盗賊のみぞおちへと拳を叩き込む。体当たりのような拳をもろに喰らって、盗賊は貧相な身体を折って崩れ落ちた。
「魔術を使ったあとは、隙が出来やすいから油断しないこと――とは、教えてもらっていないようだな」
 ん、んなっ――大柄の盗賊が、倒れる仲間を目にして、驚き慌てて大刀を振りかぶった。
 しかし、その動作は、2瞬も3瞬も遅かった。
 大刀が振り上げられたその間に、エキアの左掌底が、盗賊の顎を鮮やかに打ち抜いていた。



 倒した盗賊たちは、とりあえず捕まえておくことにした。
 魔術の鎖で出っ歯と大柄を適当に縛り上げ、地面に転がしながら、3人の生徒は互いに顔を見合わせる。
「どうしよっか、これ」リーンが自分の髪を触りながら、軽く言った。
「保安官に突き出すのが順当だろう」エキアがぼそりと呟く。
 その言葉に、縛り上げられていた盗賊たちは、じたばたと地面でもがきだした。
「保安官なんかに突き出されたら、捕まえられちゃうじゃないの。なに考えてんの」
出っ歯が激しい剣幕で言った。相変わらず高い声だ。
「まってくれえ、まってくれえ」
 大柄のほうが体をくねらせて懇願する。眼にはちょっと涙が浮かんでいる。
「なに考えてるって……捕まえてもらうために保安官に突き出そうとしているんだけど」
 呆れたように、リーンが言った。その言葉に、盗賊たちはわめき散らした。
「なんてひどい。鬼だ。鬼のようだ」
「ひとでなしー。ひとでなしぃ」
「ひ、ひとでなしって……あなたたちは盗賊じゃない。捕まったって仕方がないでしょ。悪いことしているんだから」
と、少したじろいでリーン。だが、盗賊たちは、相変わらず喚き続ける。そこに、すっと前に出てきたのは、今まで黙っていたレクシアだった。
「そこまで捕まりたくないのなら――逃がしてあげなくもないわ」
 静かなその声音は、盗賊たちを黙らせるのに充分だった。ふたりの盗賊は涙で汚した顔のままで、角眼鏡の女生徒をじっと見つめている。そう、まるで突然空から舞い降りた救いの女神を仰ぎ見るように。
「ちょっ、レクシアさ――……」
 文句を言いかけたリーンを、角眼鏡のレクシアは、白い手のひらを見せることで制した。そしてもう一方の手で、くいと眼鏡をあげた。
「それには、こちらから出すいくつかの質問に答えてくれたらだけどね」
 ああそうか、と傍で見ていたリーンは思い当たった。さきほど盗賊団を名乗っていたが、この盗賊たちは、どうみても下っ端だ。このふたりを保安官にただ突き出すよりも、この遺跡をアジトにしているという盗賊団の情報を得たほうが良いに決まっている。
 ふたりの盗賊は、黙ったままだったが、目を丸くしてレクシアに見入っている。それを同意の合図と受け取って、まず、とレクシアが口を開いた。
「あなたたちの盗賊団は、何人居るの?」
「あんた――」
出っ歯の方が口を開いた。話をよく聞くために、レクシアは身を少しかがめた。
 盗賊は、言葉を続けた。
「おっぱいおっきいなぁ。触っていいだか?」
「んだんだ。ノワールの姐さんよりおっきい」
 田舎言葉まるだしで、盗賊たちふたりは言った。
 そのときの彼女の動きは、まるで雷神のようだった、とリーンは後に語っている。
 雷光のように鋭い肘が、出っ歯の盗賊の眉間に落ちた。
 ずさり、と重い音を立てて、燃え尽き果てた拳闘士のように、出っ歯の盗賊は土に顔を埋めた。
「そういうの、セクハラっていうの。言葉にしたり、実際にしちゃぁ駄目なのよ?」
 雷光の肘の構えのまま、笑顔でレクシアが言った。
「あああ。ノワールの姐さんより激しいだ」
 まるで可憐な小鳥のように怯えて、大柄の盗賊が半べそをかいた。