6. 『いつだって直球勝負』





 縛り上げた盗賊ふたりからから、レクシアたちが得たのは次のような情報だった。
 盗賊団は全部で4人。「ノワールの姐さん」という人物が頭で、その配下に3人もいるらしい。そして、最近になって、盗賊団が丸ごと「旦那」という雇い主に雇われている、らしい。
「旦那は、本とか欲しがるなぁ」
 出っ歯の盗賊が、思い出すようにして言った。両手が空いていれば、顎に手を添えることができただろうが、今は両手は魔術の鎖で縛られてしまっているため、それはできない。肘打ちを受けたときにできた眉間の青あざが、少し痛々しかったが、まあ仕方がないことだろう。
 盗賊の話は、脈絡なく話が飛びがちなうえに、いまいち要領を得ないため、聞き出すのに時間はかかった。けれどそれでも生徒たちは必要なことを聞き出すことに、それなりに成功していた。
「ところで、さっきの話は本当なの? その……スカルって仲間のひとのことは」
 ずっと気になっていた、という口ぶりで、レクシアが出っ歯の盗賊――ボルキという名前らしい――に聞いた。
「ホントだぁ」出っ歯の盗賊は頷いた。「スカルは、魔術で旦那に頭を良くしてもらったんだ。それで、なんでもできるようになったから、特別任務だっつうて、どっかに送り込まれたんだ」
「どっかって、どこ?」レクシアが聞く。
 知らん、と肝心なところで出っ歯の盗賊は首を横に振った。同じように、大柄な盗賊――こちらはゴルキというらしい――も、同じく首を振っている。
「でもさ、信じられないんだけど。魔術で頭が良くなっただなんてさ」
 そう口を挟んだのは、リーンだった。いぶかしげに傾げた首にあわせて、ポニーテイルが揺れる。「なんか、怪しげな新聞広告みたい」
 嘘じゃネぇ――。繰り返し、盗賊たちは否定してきた。
「ホントだよ。旦那に魔術をかけてもらって、スカルは、すげぇ物識りになったんだ。あれもこれも、俺たちなんかじゃあとても理解できないことまで、いろいろと話をしてくれた。突然だよ」
 本当にびっくらこいた、と盗賊たちは口を揃えた。
「それで、その『旦那』とやらは、何者なんだ」
 そう核心の質問をしたのは、一歩離れたところで話の成り行きを見守っていたエキアだった。
「旦那ってのは、こう、すげえ黒くて長い髪していて、黒ずくめの格好してて、迫力があって、おっかねぇんだ」
「それで、頭良い。すっごく物識りだ」
 ふたりの盗賊がそれぞれ喋るが、やはり要領を得ない。だが、生徒たちはそれを遮るわけでもなく、盗賊たちは好き勝手に喋る。
「どっかの国のお偉いさんとも繋がりがあるんだって」
「でも、権力争いとか、しているとか」
「喧嘩もすごく強いし」
「魔術の腕も、もの凄い」
 生徒たちは、盗賊たちを少し冷ややかに見ている。盗賊たちは一生懸命話してくれているのだが、内容になんだか現実味が感じられなかったからだろう。
「ところで、そのすごい『旦那』ってひとは、なんていう名前なの?」
 少しでも正確な情報を得ようと、リーンが盗賊たちへ水を向けた。
 だがしかし。
「えーと……なんだっけ?」盗賊たちは、首を傾げた。
「自分たちの雇い主なのに、名前も覚えていないの?」呆れたように、腕を組んだままレクシア女史が言った。
「いや、まて……覚えてるだよ」
 そう言って、出っ歯の盗賊がうーんと唸る。
「確か……、サーカスみたいな名前なんだ」
「そう、ぴ……、ぴ……」大柄の盗賊も思い出そうとしている。必死になりすぎて、唇を鶏のように突き出している。
「ピエロ?」リーンが、試みに助け舟を出してみた。
 すると、出っ歯が、近い! と声をあげた。
「近いだよ! その調子だでよ、お嬢ちゃん!」
「……その調子って、思い出すのはあなたたちの仕事じゃない」
 本当に呆れ果てた、という調子でレクシア女史が頭を抱えた。
 その女史の様子を見て、悪いと思ったのかどうかは知らないが、盗賊たちは目を伏せ、再び記憶を辿るべく唸りだした、そのときだった。

「そこまでよっ、お前たち!」
 その女の声は、まるで正義の使者のそれのように響いた。
 生徒たちが顔をあげると、すり鉢上の穴の縁に、逆光を背にして、女性が一人立っていた。
 盗賊たちは、希望と絶望が入り混じったような微妙な顔をして、
「姐さん!」
 と叫んだ。
 あれがノワールの姐さんと呼ばれていた、盗賊の親玉ね――。
 そう認識して、リーンはいくぶん緊張して、穴の縁に立つ女を見上げた。
 最初は逆光でよく見えなかったが、その女はとても個性的な格好をしていた。その姐さんと呼ばれた女は、黒い革の服を着ていた。その服は体にぴったりとフィットしていて、女性の曲線を際立たせている。いや、際立たせているというよりも強調させていると言った方が正しい。そして、露出も多い。首周りから肩にかけて、ほとんど隠す布がない。胸の谷間が遠目にもわかる。腰は黒い革で細く締め付けられ、さらにはヒップのラインもぴっちりとあらわれている。
「うぁわ……」
 思わず、妙なうめきがリーンの口から漏れた。
 その女は、ゆっくりと穴を降り、穴のほぼ中央部に位置する都市慰霊碑のすぐ脇にいるリーンたちに向かって近づいてくる。
 不敵な表情でこちらを見下ろしながら迫ってくる女は、露出の高いボンテージファッションに身を包んでいた。顔の上半分は、怪しげな紫色の仮面で隠れている。唇は真っ赤だった。真紅の口紅でも引いているのか。その口から舌がのぞき、口紅を味わうように自分の唇を舐めた。
「どう? 怖い? それとも私の美しさに声も出ない?」
 ボンテージの盗賊の声は艶やかだったが、近づいてくる盗賊の姿を見て、リーンはため息をついて呟いた。
「痛々しい……」
「なにがよっ!」
 リーンの呟きに反応して、すぐさまボンテージの女は叫んだ。
「だって……」
 リーンは女を観察する。目の周りだけが隠れる紫色の仮面をしているが、女は、どう見ても20代には見えなかった。30代もなかばを越えているのではないだろうか。
 それなのに、あの露出のはげしい、けばけばしい服はなんなのか。いや、どんな年代だって、あんな服を着れば痛々しいことは間違いない。もし、リーンがあの服を着ろと言われたら、なにがなんでも断るだろう。お金をもらったって嫌だ。
 それでもあの服を着るということは、何かへの挑戦なのだろうか。見えない何かに向かってのトライ、チャレンジ、タックル。ついそんな風に考えてしまう。
 結局、疑問をストレートに聞いてしまうことにしたリーンだった。女はいつだって直球勝負。そんなことを普段考えているわけではないが、この女盗賊を目の前にしていると、つい思いついてしまう。
「なんで、そんな格好をしているの?」
「ふん、そんなに聞きたいの?」
 リーンの質問は、彼女の何かに触れてしまったらしい。とても嬉しそうに、ボンテージの盗賊が聞いてきた。
「ううん、やっぱりいい」
 リーンは前言を撤回した。ついでに思わず目を逸らしてしまったが、ボンテージの女は気にした様子もなかった。
「そんなに聞きたければ教えてあげるわ」
「結局、喋りたいんだ」
「わたしは普通の盗賊じゃないの。都を飛び回る華麗な夜の黒猫。その名はノワールプッシー。そう、雅びているけれどもちょっと心が疲れてしまっている、そんな都会人たちの憧れの的」
「ぜんぜんひとの話を聞いていないし……」
 リーンの呟きもものともせず、自称ノワールプッシーは、うっとりとした様子で、身振りを加えての熱い解説を続けた。
「しなやかな身のこなし、鮮やかな体のライン、ずばぬけた美貌。警察を軽く手玉に取るちょいワルなヒロイン。そんなわたしの魅力を引き立たせるのが――そう、この格好なの」
「話を聞いても痛々しい……」
 台詞の合間にも決めポーズをとる女盗賊に、さすがのリーンも白い額を押さえた。
「ちょっと……お姉さん、その呟き聞こえちゃったな。でもわたしはとーっても心が広いから、今すぐこの瞬間に両手をついて謝ってもらえれば、許してあげないこともないかな。あー、わたしってば優しい」
「だって……」
 言いかけて、これはしてはならない質問だと思って口をつぐんだが、少しの逡巡のあと、結局リーンは思いつくままに質問をした。女はいつだって直球勝負、とまた思いつく。
「いま何歳なの?」
 ノワールプッシーは、今まで雄弁だった口を突然止めた。
 そして、体の奥から湧き上がる何かを押さえるように大きく息を吸ったあと、これみよがしに溜め息を吐いてみせた。
「これだからお子ちゃまは困るのよ……。初対面のレディに対して年齢を聞くなんて、礼儀知らずもいいとこだわ」
「いやー、それは私もそう思うんだけど、でもすごく気になって」
「わかったわ。わたしの美容の秘訣を知りたいワケね?」
 手の甲を顎のしたに軽くつけるちょっと気取ったポーズを作って、ノワールは言った。だが、ううん、とリーンは否定する。
「ただ、あまりにも派手で趣味も悪くて年甲斐もない格好だから、気になっちゃって」

 女はいつだって直球勝負――。

「きーっ、うるさい小娘ねっ! 若いからって何を言っても許されると思ってるワケ? このクソガキっ!」
 やはりというかなんというか、ノワールは怒り出した。黒いヒールでがつがつと土を蹴り、怒りを露わにする。だが、リーンも負けていない。
「あーっ、今、クソガキって言ったわねっ! 取り消しなさいよっ! オバン!」
「オバ……! 言ったわね? 言ったわね? これだからガキは嫌いなのよ。自分の立場ってものをわかってない」
「あんたは自分の年をわかってないでしょう? 肌カサカサじゃないのバーカ!」
「くーっ、口の減らない! なによ、あんたなんて詰め物でもしなきゃ胸の谷間なんて
できないでしょ? わたしなんか、これ自前よ自前っ」
「せ、成長期なのよ! 私はまだまだこれからなのっ、あなたと違って!」
 ぷちり――という音が聞こえたわけではないが。何かの限界を超えたように、ノワールがぴたりと動きを止めて顔をうつむけた。そして、ふふ、ふふ、と肩を揺らして不気味に笑う。
「なっ、なによ……」
 気味の悪さに引きぎみになりながら、リーンがそれでも呟いた。
 ノワールが顔を突然あげた。くわっ、という音が聞こえてきそうなほどに、大きく目と口を開いている。そして同時に、右手を高々と掲げる。
 リーンはその威嚇に驚き、ひっと声をあげて一歩さがる。
 そしてそのために、遅れてしまった。
 ノワールが、魔術文様を描き出していることに気付くのに。
「つぶれておしまい!」
「飛び跳ね好きの妖精よ!」
 呪文が交錯し、魔術が発動した。

 まるで見えない槌が地面を叩くような音がして、圧縮された空気の球が地面に叩きつけられる。地震のような揺れとともに、リーンが居た位置を中心に、直径2ヘートほどの円形の窪みが一瞬で出現した。
 この威力を人間が受ければ、一撃で全身の骨が折れてしまうだろう。
 さほど頑丈な体をしていないリーンであれば、もし今のノワールの魔術を受けていたら、死んでいたかもしれない。
「大丈夫? リーン」
「あ、ありがとう、レクシアさん……」
 リーンは間一髪で無事だった。へたり込みそうになっているリーンの体を、レクシア女史が支えている。ノワールプッシーの魔術と同時、割り込むようにして、レクシア女史が瞬間跳躍魔術を使ってリーンを自分の近くに呼び寄せ、ノワールの攻撃を回避させたのだ。
「もう一回――」呟きながら集中して、レクシア女史は魔術文様をするすると描き出す。
「飛び跳ね好きの妖精よ!」
 呪文と同時、魔術が発動すると、レクシア女史、リーン、エキアの三人は、先ほどいた場所から10ヘートほど離れた場所へ跳躍した。そしてそのぶん、ノワールとの距離が離れたことになる。
「うう……連続で『跳ぶ』と、気持ち悪いよう」
 手で口を押さえながら、リーンが言った。
 瞬間跳躍の魔術は、対象者の足元に力場を発生させ、対象者を物理的に撃ち出すことで強制移動させる難度が高い魔術だ。着地時の衝撃も魔術できちんと相殺して初めて瞬間移動の魔術になる。だが、どれだけ上手に着地時の衝撃を打ち消したとしても、結局は人間を突然動かし、突然止めているので、乗り物酔いのような感覚を味わう人間も多い。今のリーンは、まさにそれだった。
「仕方ないでしょ。ほら、逃げるわよ」
 レクシアはリーンの手を引き、ノワールから離れるために走り出した。瞬間跳躍の魔術は、初動だけでなく着地も制御しなければならないこともあって、遠距離移動は難しい。レクシア女史は下手な術者ではないが、それでもこの距離が限界だった。
 だが、この瞬間跳躍の魔術にも利点がある。力場を作って人間を射出するという構造の魔術であるため、段差をのぼるのに非常に適している。瞬間跳躍を使うことで、都市慰霊碑の穴の縁近くまで一気に移動することができた。
「逃がさないわよぉ」
 逃げ出した3人の生徒を、ノワールが追いかけ始めた。目が血走っている。
「初めはちょーっとおどかして泣かせるぐらいで済ましてあげようと思ったけど、もぉぉう許さない。ぎったんぎったんにやっつけてやる」
 飢えた狐のような疾走で追いかけてくるノワール。
 最後尾を走っていたリーンは、後ろを振り向き、追いかけてくるボンテージ姿の女盗賊を見て、レクシアとエキアに向かって言う。
「どーしよう。追ってくるよ」
「こちらには3人いる。ちから押しで勝てるが」
 その発言はエキアだった。だが、提案に反応したレクシアは、首を横に振った。
「駄目よ。それだと盗賊を殺してしまう」
「しかし、実際問題、こちらも命の危機だ。それほど余裕もない」
 エキアは走りながら、平然と反論した。よほど走ることに慣れているのか、全力疾走しているだろうに、息がほとんどあがっていない。体力的な余裕はたっぷりとありそうだったが、今エキアが言った余裕とは、そういう意味ではない。女盗賊が生徒たちを殺す気で魔術を使ってきている以上、手段を選り好みしてはいられないということだろう。
 レクシア女史は、エキアの話に正論を感じながらも、それでも首を振った。女史の方はと言えば、それなりに息があがってきて、体力的な意味でも余裕は無かったが。
「それには及ばないわ」
 そこまで言って、レクシア女史は荒い呼吸をした。動悸が早まり、肺が収縮を繰り返している。彼女では、とても体力お化けのエキアのように、平然と会話はできなかった。けれど、必要な言葉はしっかりと言った。
「――もうすぐ、森だもの」