プロローグ





「兄者。あの話、本気か?」

 日が斜めに差し込む部屋。天井は高く、風通しの良い部屋のはずなのだが、強い日差しは期せずして部屋をぬるく暖める。それは、床に敷かれた毛足の長い絨毯のせいかもしれないが。
 短く切った黒い髪を、すべて後ろに流している男が聞いた。
 くつろいだ平服を着ているが、その姿でも男が充分に鍛えぬかれた体をしているのが分かる。広い肩幅、太い腕周り。そういうものが、男の重量感を伝えてくる。
 その重量感のある男に呼びかけられた相手は、逆にすらりとした肢体をした男だった。
 長く伸びたプラチナブロンドの髪をみつあみにし、無造作に胸に垂らしている。書類仕事をするときだけにかける眼鏡を押し上げて、呼びかけに応える。

「ああ、奴は、裏サロンでの勢力を日に日に伸ばしている。もうこれ以上は放置できない」

 重量感のある男は、荒々しく溜め息をついた。そっちじゃねぇよ。
「俺が聞きたいのは、あいつ――アッシアのことだ」
 わかっているだろうにといういらだちを、重量感のある男は隠さない。

「……お前は、反対か?」
 執務机に座るプラチナブロンドの男は、手に持っていた書類を調えて脇に退けた。それは、話をごまかそうとするつもりはないという証なのかもしれないし、単にその書類仕事を終えただけなのかもしれなかった。サインも終えたところを見ると、後者なのかもしれない。プラチナブロンドの男は、仕事を中断してまで無駄話に付き合うような性格ではない。もちろん、その必要がないと考える限りはだが。
 そのあたりは、重量感のある男も充分承知している。
 相手の性格がわからないというほど、短い付き合いではない。

「あいつが家を出て随分経っている。もう他人だと、俺は思うぜ」
 重量感のある男は、淡々と野性味のある声で言う。
「家を出てもう随分経っているから、戻ってくるには頃合いだとは思わないか?」
 プラチナブロンドの男は、軽く詩歌でも返すように答えてみせた。

 重量感のある男は、複雑な表情を浮かべる。それが同意なのか、はぐらかされたことへの不満なのか、真意を読み取ることは少し難しそうだった。
 プラチナブロンドの男は、肩を竦めるようにして嘆息すると、かけていた眼鏡を外し、言った。
 ダグラス。お前がまだ許せないと言うのなら、それもまあいいだろう。
「なんにせよ――」
 言葉を続けながら、プラチナブロンドの男はぎしりと椅子の背もたれに体重を預ける。

「放蕩息子が戻ってきたら、迎え入れるものなのだよ。古い物語にもある通りに、な。
 とにかく受け入れてから。――すべてはそれからだ」