プロローグ






 そこは静寂な空間だった。

 等間隔に並んだ楡の木が、緑の葉を茂らせている。
 石畳にできた葉の陰と小さな夏陽の模様を、踏みまどうようにして。アッシア=ウィーズは歩いていた。石畳のすぐ隣には、無表情で直線な石。
 森閑としたその場所。
 どこか雰囲気に合わせるようにして、彼はゆっくりと、音もなく歩を進める。踏まれないようにと、足元にいた蟻が、そつなく、ひとを小馬鹿にするように逃げていく。
 彼は、両手に籠を持っている。籠の中には、たくさんの、両手で抱えきれないほどの、花束が入れられていた。どこか遠くで蝉が鳴いた。静けさを嫌ったのか、それとも夏の暑さをうたいあげただけなのか。
 蝉の声に応えるように、風が吹いた。
 けれど風は吹き続けることなく、一瞬だけ世界を揺すり、そしてデクレッシェントに消えていく。
 その間、アッシアの表情は変わらない。
 いつもの黒縁眼鏡の奥の薄茶の目をただ眩しそうに細めて、初めと変わらぬ速度で目的の場所へと進み、そしてひとつの石の前で、立ちどまった。
 やあ、とも挨拶してこない、無愛想な石。直方体の一部を斜めにカットしたような、その独特なかたち。
 しばらくのお互いの沈黙のあと、彼は重い花籠を、ゆっくりと石畳においた。

 そのとき黄色い花びらがひらり落ちて、石畳を飾った。