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正しいこと、そうでないこと

09年11月執筆

 先日のニュースで、「がんばれば報われる世の中だと思うか」の問いに、小学生の
3人に1人が「思わない」と答えたというものがあった。
これを見て、なんの危機感も
持たない大人は、はっきり言って子どもを守る資格は
ないと思う。
「子は親の鏡」という言葉があるが、私たち大人も、同様のことを感じ取っているだろう。

しかし、子どもに「がんばっても報われない」などとあっさり思われて良いものだろうか。
決して気軽に放置してはいけない、そういう意識を持って大人が行動しなければならないだろう。

例えば、
「人がいやがる事を言ってはいけないよ」と子どもに教えたとする。
しかし、現実には、いやなことを言う大人が周りにたくさんいる。


「OOちゃんてバカじゃん。なんでこんなこともできないの?」

「○○ちゃんだって、バカって言われたらいやでしょう。そういうことを
言ってはいけないよ」

かし、大の大人が人に対してバカと言うことなど山ほどある。
これでは、子どもへの教育以前の問題である。


「あの人、信号赤なのに渡ったよ。僕はちゃんと青になるまで待ってたのに」

「なんで私はなにもわるいことしてないのに、あんなこと言われなくちゃなんないの!」

時には、つぶらな瞳を真っ赤に腫らし、空に叫ぶように声を荒げる。
1人や2人ではなく、
1度や2度ではなく、何度も、何度も、形を変えど、そういった光景を私は見ることがある。


 ここまで考えてみて、子どもの生きている環境というのは、
教えたことと正反対のことが
正しいと思わざるをえない
、そういう出来事に遭遇することがあまりにも多すぎる、ということだ。
そして、「正しい」と教えたことが、実は通用しなかったり、大人があっさりと子どもの心を
打ち砕くような「悪い」ことを平気でしたりする。

わずか10年程度で、「やって良いこと、悪いこと」を
きちんと学んだ子どもに対して、
それをひっくり返すような理不尽な仕打ちに
耐えろというのはいささか無理があるというものだ。
これは実に惨い話であり、大人は恥じなければならないことだと思う。

 人間の社会が、守るべき大人と、守られる子どもとで、切り離されて考えられている以上、
大人がどのような模範であるべきかは常に議論されてしかるべきである。今、果たして大人の
姿勢や生き様が、本当に確固たるものとして
育っているだろうかと考えると、不安を感じざるを
えない。

 本当の所、正しい生き方や価値観など、そう簡単に答えが出るものではない。
「子どもをどう育てればいいかわからない」「何を教えればいいのかわからない」
という言葉を親から何度聞いたかわからないが、親から子どもに教えられることなど、
ほんの
わずか限りだ。
子どもに何を教えるか、ではなく、子ども自身が正しいと思うことを抱きとめて
あげることが必要ではないかと思う。子どもには、8・9歳頃から、正義感にも似た感情が
大きく育つ。
そして、感情や欲求などのコントロールが効かない時に、大人が、鞭を
ひっぱたくのではなく、
抱きとめて、そっと制御してあげると子どもは深く安心する。

 しかし、そういった深い懐は、親だけが持っていれば良いものではない。

親だけに責任を押し付ければ良いものでもない。
本来は、社会全体に問われるものである。
一人一人が懸命に行動したことを、真摯に受け止めているだろうか。

自分の行動に、自信を持って生きているだろうか。

大人が同じ方向を向いていければ、子どもにも「正しいことをやっていれば報われるんだ」

思ってもらえるようになるだろう。

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