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カウンセリングの方法見解 その2

その1はこちら

このページでは、ピアノ広場やなぎおんで行っている心理カウンセリングの考え方、基本的な
スタンスなどをご紹介しています。カウンセリングを受ける際の参考にしていただければ幸いです。
ここではあくまでも、各ケースに関する概要などを簡潔に記しているにとどまります。
具体的なカウンセリング方法や解決方法を書いているわけではありませんのでその旨ご了承ください。

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@不登校 Aひきこもり(ニート) B家庭内暴力 Cいじめに遭った時のその後

不登校

ひと昔前まで、不登校(登校拒否)とは誰にでも起こりうる事であり、本人の意思を尊重し、
少しずつ自分で歩いていけるように受け入れる、というようなスタンスがようやく確立
され始めていました。(そこに至るまでも様々な紆余曲折があったわけですが・・・)
しかし、ここ数年の時代の急激な変化により、不登校という概念にも大きな影響をもたらして
います。しかもそれは、当の子ども達にとっては好ましい状況ではありません。
最も顕著に感じられるのは、勝ち負けといった安易な価値観で人生の尺度を測り、人生の
尊さを著しく低下させた世間の風潮です。学校に行けない=人生の落第者のような言われ方を
することが増え、様々な状況下に置かれている子ども達をよりいっそう苦しめている要因と
なっています。

学校は個性を持つ人間の集まりであり、そうである以上様々な衝突が必ず起こります。
それが、それぞれの子ども達にとって、良いこともあれば悪いこともあります。
まず、
歴然としていることは、人間が持っているエネルギーは、限界があります。自分の持っている
エネルギーでもどうにもならない事が起これば、誰でも必ず動けなくなります。
そしてもう一つ、子ども達はみんな自分の事でせいいっぱい。先生は一人で数十人の子どもを
見るわけで、全員の子ども達に100%の愛情を同じように注ぐことはできません。
そういった環境で、学校に行けない子どもが出てくるのは、どこであれごく自然なことです。

カウンセリングの目的は、多くのケースでは、
「何かをできるようにエネルギーを充電できるように」といったことが主要な目的になります。
その際に、家族の問題、学校内の人間関係など、かなり複雑な背景が絡みあって
カウンセリングも時間がかかることがありますが、ふとしたきっかけで事態が好転する
場合もあります。

ひきこもり(ニート)

ここ数年で爆発的に聞くようになった言葉ですが、ひきこもりそのものはずっと以前から
起こっていた現象で、2、30年ほども前から(あるいはさらにもっと前から)社会に
出ることなく家の中で過ごす人は数多く存在しています。また、これは日本で多く誤解されて
いる点ですが、本来ニートという言葉は、イギリスで義務教育を終了した人が就職することが
できなかったり、あるいは職についてもすぐに退職してしまった18歳位までの人のことを
指します。日本でここ数年流用されるようになりましたが、本来の意味とはかけ離れ、逆に、
何歳になっても働けないという悪い意味でのレッテルを増長させるような潮流が
感じられるのを私は非常に危惧しています。

ひきこもりの年齢層はどんどん高齢化してきており、少子化が進んでいる現状を考えると、
国をあげての早急な対策が必要とされています。ケース、対処の仕方は非常に多岐に
わたります。最も重要な点は同居している家族との関係が関わってきますが、気をつけないと、
「何が悪かった」「誰が悪かった」という過去を掘り返す議論だけに終始してしまいます。
これはほとんどの場合徒労に終わることが多く、たいした意味を持ちません。
まず何より、クライアントさんとの信頼関係が大切になり、「自分自身で何かができる」
きっかけ作りを自然に行うことが大切になります。

家庭内暴力

家庭内暴力とは、家の中で、子どもが行き場のない怒りや不安を制御しきれなくなった時や、
新たな自己を確立しようとしている時に突発的に起こります。
カウンセラーは、子どもだけでなく、同居している親、兄弟などにも気を配る必要があり、
場合によっては非常に危険な事態を招く場合もあるので、対応には細心の注意が必要です。
最も重要な点は、家庭内暴力を起こしている子ども当人を悪者に仕立て上げることは
何の解決にもならず、かえって状況が悪化することになりかねません。

子どもは、周りが想像する以上に大人の目線を敏感に感じ取っており、家族や第三者も含めて、
周囲の大人のことをよく観察しています。不登校やひきこもりとやや異なり、より密接に
親の関わり方が問われます。
過程の中で「自分は生きていていいんだ、受け止めてくれる存在なんだ」という感覚を
子どもが感じ取ると、短期間でおさまることもあります。ただし、暴力がおさまったら
全て解決というわけではなく、この後のケアの方が重要です。

いじめに遭った時のその後
※ここでは、いじめの現場に対する方法ではなく、いじめの被害に遭ったその後のケアに関する
 部分について記します。

結論から言うと、人間の集団の場では、子どもでも大人でも必ずいじめが起こる可能性があります。
人間誰しも自分が傷つくのが嫌なものであり、自分が優位に立とうとしたり、自分を守ろうとしたりした時は
必ず他者に対して攻撃的な意識を持ちます。
まず「いじめをしてはいけない」となんの脈絡もないまま言ったり、いじめを行った人間だけを責めるのは、
全く無意味なことです。

いじめは、地震や火事などの災害と同様で、誰でも受ける可能性があり、人間は嫌なことがあったら
「逃げる」ことも大切であるという認識を、大人が知っている必要があります。
多くの場合、いじめに遭った子どもは極度の自己否定、自己嫌悪に陥っており、周りの大人がどのような
姿勢を持っているかによって、子どもの回復度合いはかなり違います。

また、特に近代の特徴として、自分の言葉に責任を持たず、軽率に相手が傷つくようなことを発することが
できてしまう手段が、いじめを、無意味に被害拡大させている状況があります。
ケアを行う場合、そういったことも考慮して行う必要があります。

いずれにしても、心の被害の大きさやケースは様々で、中には大人になっても何年も後遺症が残り、別の
発症の引き金になっていたりすることもあります。
何よりも優先すべきは、いじめに遭った子どもを「守る」ことです。