カナダ、ユーコン準州の町・ドーソンから陸路アメリカ合衆国、アラスカ州へと入国。フェアバンクスを経てデナリ国立公園へたどり着きました。かつてはマッキンリーと呼ばれていた場所です。デナリ国立公園は地元先住民の言葉で「偉大なるもの」を意味する北米大陸最高峰デナリ山(6194m)を含む24,585 km²にも及ぶ広大な自然保護区です。2009年7月23日から8月30日まで滞在しました。目的はバックカントリーエリア(決められたトレイルではなくツンドラや氷河の大地)の探索です。もちろんすべてがテント泊でした。

デナリの入り口
 お土産物屋やレストラン、高そうなホテル、ラフティングや遊覧飛行まで様々なアクティビティ会社・・・ ここはたくさんの観光客が訪れるリゾート地です。僕のようにバックカントリーに入る人間は全体からすればほんのわずかでしょう。

バスに乗って
 公園の奥地には専用のバスを予約し入っていきます。一番奥のキャンプ場「ワンダーレイク」までは130㎞以上。朝出て夕方に着きます。砂埃を巻き上げてバスは砂利道を進みます。
 運転手はマイクをつけていて何やら英語で解説しながら進んでいきますが、悲しいかな雰囲気でしか理解できませんでした。英語がもっと解ったらきっともっと得るものもあったのでしょうが・・

デナリ山は曇っていてなかなか見えないと聞いていましたが、初日から観れました。

ワンダーレイク
 ワンダーレイクへ。まだこの頃(7月末)はお馴染みのファイヤーウィドウ(ヤナギラン)が咲いていました。

ワンダーレイクだけではありませんが、国立公園内にはいくつかキャンプ場が整備されていて、どこも僕にとってはホテルのような快適さでした。すべて予約制で、人気のあるキャンプ場は時期によっては満席で入れないこともあるそうです。
 この頃になると徐々に夜がかえってきました。

またこれらのキャンプ場では毎日レンジャーによる自然解説が行われています。もちろん無料です。テーマは日替わりで飽きることがありません。この回はオオカミに関するもので本物の毛皮や頭骨などを使い、実際の調査から得られた行動域のデータなどを使い専門的な解説がされていました。英語ができれば聞きたいことは山のようにあったのですが、いつも言葉の壁が・・・(泣)

偉大なるもの
 本当に運よくこの景色を観ることができました。デナリの絵葉書や紹介写真では必ずと言っていいほど使われる、ワンダーレイクに映るデナリ山です。

 いよいよバックカントリーエリアへ入っていきます。これもやはり申請と許可が必要です。公園内はたくさんのユニットに区切られていて、このユニットに入れるのは1日何人とそれぞれ決まっています。最初に入り口のビジターセンターでバックカントリーでの諸注意のビデオ(日本語の字幕を出してくれる)を観てから入ります。
 ポリクロームパス(極彩色の峠)という素晴らしい名前の意味はこのあと知ることになります。

ムルドロウ氷河。僕の家。

ムルドロウ氷河、黒い岩と氷の世界がどこまでも続きます。まるで別の惑星に来てしまったかのようでした。
 森林限界はとうに越え、氷が岩肌を削る無機質な大地です。
 しかし、場所によっては灌木が密集して生え、それに依存してナキウサギが住んでいました。

ところどころに巨大な湖(氷河の上にある)が出現します。時折音をたてて湖へと氷が崩れ落ちていきます。
 冷たい雨に閉じ込められて、ただ寝袋にくるまって寒さに耐える日が何日か続きました

食べ物はクマ対策としてベアコンテナと言われる頑丈な容器にいれ、テントから100mほど離れたところに置いておきます。
食事をしに外に出るのも寒くてしんどい。
晴れ間が覗くと少し暖かくなり、虹がでたりすると生きていることを感謝する気持ちが湧きあがってきました。

冠雪
やたら寒い雨の日が通り過ぎると、山の上は粉砂糖を振りかけたように冠雪していました。
夏があっという間に遠のき、目まぐるしいスピードで秋が訪れようとしています。

実は今この上の文章たちを書いていて、デナリのキツかったことをたくさん思い出して、書くのがしんどくなってきました。すこし、話題を変えたいと思います。
 アラスカに行ってぜひとも観てみたいものがたくさんあったのですが、その一番がオーロラでした。オーロラは英語でNorthern lights(ノーザンライツ)といいます。あら? 僕の屋号ですね。
 8月20日深夜、とにかく寒くて目が覚めました。なんの気なしにテントの入り口を開け、空を見上げると久しぶりの星空です。もしかしてと思い時々テントを開け空を眺めていました。
 すると北側の空に不思議な白い霞がうっすらと柱のように天に向かって伸びているのがみえました。なんだろうと思い目を凝らしていると、やがてそれは意志を持ったように動き始めたではありませんか!! 色はうっすらと白いままでしたが、その光は時に渦を巻き、カーテンのようにたなびき・・・
 これがオーロラ!? ついに観ることがことができました! 結局、オーロラが観れたのは3か月のアラスカの旅でただ一度この時だけでした。曇っていたり、寝てしまったりで。でも確かに観れました。死ぬんじゃないかってくらい嬉しかったです。
 いまでもまたいつかオーロラを観てみたいと思いながら日々暮らしています。実際にたどり着くことはなかなかできませんが、そういう世界があると知り、意識できるということはとても大切なことだと思います。アラスカだけの話ではなくて、です。
 さて、気をとり直してデナリ後半戦へと進みます。

デナリの見える丘
 この場所で最後の1週間キャンプしました。
 デナリの変わりゆく季節をこの場所からゆっくりと眺めてみたいと思ったのです。
 バックカントリーでは人に会うことはめったにありません。動物にはよく会いますが・・・

染まる大地
 ツンドラの大地が一気に色づきました。ほんの数日でここまで変わるのです。まるで魔法がかかっているようです

ついに雨もみぞれに変わりました。
デナリはこの時期に天候が崩れると、とにかく寒く、そんな日はテントの中で寝袋にくるまってただただ耐えるのみでした。その分、晴れた日の陽射しの暖かさやデナリ山の姿を仰いだときの感動や感謝の気持ちはひとしおです。

ツンドラの大地はブルーベリーの大地でもある。
 クマやジリス、ここに生きるどれだけ多くの動物たちが、この広大な土地を埋めつくす小さな実に命を支えられているのだろう。

紅葉のツンドラがさらに夕陽に照らされて、金色に燃えるようでした。

そして、一つのとてつもなく巨大な氷の隆起にも見えるデナリも夕陽に照らされて、刻々とその色を変えてゆきます。
 僕は頭をわずらわせることをすべて忘れて、ただ眺めることしかできませんでした。

極彩色の峠
紅葉のポリクロームパス。
僕がこのデナリ国立公園を去ろうとする頃、紅葉はクライマックスを迎えました。

どこまでもつづくツンドラの大地は一面に赤く染まり、低くなる気温は迫る冬を感じさせます。
デナリに滞在した1か月で半分は寒く雨が降っていました。
テントで人間が生きていくのは本当につらく厳しい場所です。 
でもだからこそ、自然は美しく、生命は光り輝くのでしょう。

アラスカ鉄道
 アラスカの大地を南北に繋ぐアラスカ鉄道。デナリからアンカレッジまで利用しました。デナリ最後の朝はやはり涙雨でした。

テント張って、おちついて、ゆったりとツンドラの上に腰を下ろす。デナリと向きあって深呼吸。 なんでデナリを見つめていると心が穏やかになるんだろう。不思議な感覚。素晴らしい自然を見つめる、その中に身をおくってことは、何か見えないエネルギーを分けてもらうって効果があるのか? 何とも言えない心の充足感がわいてくる。 
 ~8月21日の日記より抜粋~

1か月間、ユーコンに続き、あまりにも濃密な自然の中に身を置き、ひたすら自然とそして自分自身と向き合う時間でした。
 自然はあるがままで素晴らしいものです。対して人間はなかなか素直になれませんが、目の前に広がる景色をただ愛せたならそれはどんなに素晴らしいことでしょうか。
 雨と寒さのテントの中に3日間閉じ込められ、テントの外の世界はいっさい消えてしまったんじゃないかと思うほど孤独感にさいなまれ、4日目の青空のもとデナリを見つめたとき、そんな気持ちになりました。
 探していたもの、何かがまた見えてきたような気がしました。
 アラスカの旅はまだ続きます・・・