男は黙ってカヌーでユーコン
 この旅はカナダのユーコン準州から始まります。州都のホワイトホースから上流側の支流であるニサトリン川、テスリン湖、テスリン川を経てユーコン川に入りかつてのゴールドラッシュの町であるドーソンを目指す約1000キロに及ぶカヌーでの川旅です。

出発地点までアウトフィッターに車で送ってもらい、カヌーや旅道具をすべておろし、ただ一人森林に囲まれた流れる河の前に残されたときの心細さたっらなかったですね・・・でももう置いてかれてしまったのでカヌーで進むしか道はないのです。

まず驚いたのは日の長さです。6月のユーコンは日没が10時、薄暗くなったと思ったらそのまま夜明けです。1日中明るいのでいつでも漕ぎ進むことができ、好きな時間に休むことができました。 6月といえど朝はまだ凍えるほどの寒さでした。ただし日が昇ると晴れてれば暑いくらいです。

これ、何の動物の足跡かわかりますか? 川沿いの砂地の上に残ったオオカミの足跡です。オオカミの遠吠えは毎日のようにどこかで聞こえ、キャンプの時は毎回ビビッていました。人を襲うようなことはないと聞いていましたが。 僕はオオカミには今でも強い憧れをもっています。日本にもかつてはいた動物ですが、100年ほど前に絶滅してしまいました。かつては知床の森にもいたであろうオオカミ。もし、知床の森を歩いていてオオカミの遠吠えが響いてきたら、どんなに素敵だったろうと思うことがあります。まだこのユーコンには神話の時代がそのまま残っていると感じました。

 

川岸にいた若いムース(ヘラジカ)。後で確認したら小さな角があるので若いオスですね。大きいものは体重800キロにもなる巨獣です。寝ているテントのすぐ近くまで来ることもあり、これもかなりビビらされました。踏まれたりしたらひとたまりもないので。


音もなくたたずむハクトウワシ。静かにカヌーを見つめる視線にドキリとさせられます。アメリカの国鳥ですが、アメリカ本土では絶滅が危ぶまれているそうです。

支流をふさぐ枝樹で造られた巨大建造物。これ、なんだかわかりますか!?  実はこれビーバーの作り出したダムです。カヌーに気付いたビーバーはしっぽで水面をバシャン!!と叩き、潜って逃げていきます。ユーコンではいたるところにビーバーが暮らしています。

旅は基本的には野営(キャンプ)しながら進みます。1週間に1回くらい小さな小さな町に出て食料などを買い、また無人の森林を貫く川へと漕ぎ出します。どこに上陸するのか、水は確保できるのか、テントを張れる安全な場所はあるか、火を熾し、ご飯を炊き、風を観て、また出発し・・・この旅は常に自然のことを考えている時間でした。ウサギのように細心の注意を払いながら。なんせなにかあったとしても誰かが助けに来てくれるような場所ではないし、水温は身を切るどころじゃない冷たさです。沈(転覆)=リタイヤ(死)がつねに隣り合わせなのです。

テスリン湖、神様がご褒美をくれたような瞬間。  流れのない湖はひたすら漕がなくては進まない。漕いでも漕いでも出口が見えない。テスリン湖4日目、最後の日にこの景色が見れました。水を漕ぐパドルの音だけが聞こえていました。

東藻琴の芝桜公園ではありません。ピンクのじゅうたんはファイヤーウィドウ(ヤナギラン)の花です。山火事の後に咲く花の時期でした。ユーコン川に入ると山火事の跡だらけで、実際山火事が近くで起こっていて煙や灰が降ってきたりしました。山火事など日本では見たこともないのでこれもかなりビビらされました。

ユーコン川へホワイト川が合流する地点。川の左端はユーコン川の水なので色が違います。ここから下流はユーコンは茶色の濁流と化します。川岸にカヌーをつけて、山火事後の斜面を登って撮った写真です。

ゴールであるドーソンの町が見えてきました。100年ほど前この近辺で金鉱が発見されゴールドラッシュが起こります。ありとあらゆる形の筏や船が金を目指す荒くれ者を乗せユーコンを下ったといいます。中にはこの町までたどり着けずにユーコンの藻屑となった者もいました。

ドーソン上陸。ユーコン川の藻屑になることもなく無事到着。27日間の川旅でした。毎日驚かされることばかりで、危ない場面も多々ありましたが・・・  ハクトウワシやワタリガラス、オオカミやクマ、100年前の人たちもきっと彼らに見つめられながらこの川を下ったのでしょう。

ユーコンの旅はひたすらに自然と、そして自分の心と向き合う時間でした。小さな舟は大きすぎるユーコンに簡単に飲み込まれてしまいそうで、いつも不安でいっぱいでした。その小さな舟が本当にたくさんの素晴らしい出会いを運び、ドーソンまでたどり着くことができました。
 旅の途中、テスリン川でたまたま日本人2人組に追い抜かされました。(2人とも僕と同様に仕事を辞めてユーコンに来ていました。歳もわりと近かった) 川旅を初めてまだ二日目だという彼らの顔は明らかに緊張と不安が浮き出ていました。たぶん僕もその時は同じ顔だったでしょう。彼らとはドーソンで会えたらいいねと言ってそのまま別れました。
 2週間後、ドーソンに無事にたどり着き、上の写真はその日本人の友人に撮ってもらいました。先に着いていた彼らとこれまた偶然上陸直後に会えたのです。その時の彼らの顔を見て驚きました。めっちゃいい顔になってる!! 2週間でこんなに人の面構えは変わるのかというくらい。不安や緊張は、自信や達成感に変わり、何か一つ大きなことをやり遂げたという成長のあとが溢れていたのです。
 カヌーは「水上の禅」と言われます。何かわからない答えを求め苦しい旅をし、その最中はひたすら自然や自己と向き合っていました。苦しいと時に思い浮かぶのは今までお世話になった恩人の顔であったり、友人の顔であったり・・・
 たどり着いてみて、なにか少し見えたものがありました。自分にとって大切なものはなんなのかということが。
 アラスカの旅はまだまだ続きます・・・