トナカイロ
 
しあわせ運ぶ トナカイロ

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  アメリカ ・ ロッキー山脈を流れる清流が、ある地点で2つにわかれ、
一方は太平洋へ、もう一方は大西洋へ注ぐという。この分水嶺は
『Two Ocean Pass (ツー・オーシャン・パス)』と呼ばれている。 
  健康を考える時、身体的要因はもちろんのこと、精神的要因が深く関わっており、どちらもないがしろにしては根本的解決には結びつきません。
「こころ」と「からだ」の両面から健康を探究し、その合流点である本当の
健康 ―Two Ocean Pass(T・O・P)― に到達すること。
 T・O・P健康増進研究会は、それを旗印に身心共の健康を目指す会です。
   


NPO法人日本手技療法協会会員

                                                                    
       


日本カイロプラクティック師会認定 カイロプラクティック師 (昭和62年10月)

       厚生労働大臣許可
       
(財)全国療術研究財団認定 療術師 (平成13年3月)

 
          院長  鹿門 遊森 (ろくもん ゆうしん)




 山形市あかねヶ丘2丁目15−45  201 
西バイパスあかねヶ丘競技場を南へ40m、コスモ遠藤商事向い、 「きらく」さん 北となり2F ☆


                              

 
恩師、白水雅人先生直伝の理論と技術をベースに、20年の
      研究と経験により完成したナチュラル・カイロプラクティックです。

                   

       
○ カイロプラクティック療法
      ○ 細微エネルギー療法 (ハンド・ヒーリング)

 

                     
  
        「ファースト・アジャストメント」
           1895年9月18日、カイロプラクティック創始者 D.D.パーマーの
           オフィスで行われた最初のアジャストメント(矯正)を描いた絵                                                      

          ※ 当方では着衣のまま、施療いたします。



         営業時間           
           (月)〜(土) AM10:30〜PM8:30 (予約制)
             
 ※ 尚、休日は不定休とし、ご要望に応えられるよう努めますので
                     まずは遠慮なくお電話下さい。

                       
090−5351−0944

       ◎ 料金
                
 男性 3,500円  女性 3,000円
                
 月1会員 2,500円 
                
           
                     
 ジュニア(18才まで) 2,000円        


                                                                               

   
   これまでの治験例

     ○ 突然足に痛みが出て、歩くことも困難になり、目前に迫った運動会で「走るのは無理」と診断された小学3年女児が

       1回目の施療で痛みが取れ、念のためもう1度施療に訪れ運動会で走ることができた。

     ○ 数年前にスキーで足首を複雑骨折し、以来足首がほとんど動かなく、日常生活にも支障をきたしていた30代男性が

       1回目の施療で足首の動きを取り戻し、今後の回復の可能性を確信した。

                                                他にも多数あります
                                                                                  

※ 施療の目的は各人の持つ自然治癒力を活性化させる為の
お手伝いであり、症状を改善させるのはその人自身の力であると
考えています。


お困りの症状のある方は
      気軽にご相談下さい!

          

訪問施療  山形市内 4,000円
      
         事務局  023−679−4121      
  

腰痛、肩こり、 からだの不調改善に「抜苦与楽」を提供します!


            

[私がカイロプラクティックの技術を身につけたいと思った理由]

 20才の頃、私は空手家への夢をあきらめきれずにいた。「もっと強くなりたい」といつも思いながらウェイト・トレーニングetcしていて、気がついたら右足の親指がいつもしびれているような感覚の症状があり、とりあえず整形外科で腰のレントゲンを撮ってもらったところ「椎間板ヘルニアになりかけの状態」と診断され、「運動もダメ」と言われ、目の前が真っ暗になった。
そして医師の指示通り、けん引と電気がけ、静脈注射に通院したが、症状の改善が見られず、だんだんあせりが出てきた。
 そんな折、ふとしたきっかけで、カイロプラクティックを体験(実際は商売のためにカイロプラクティックの名称を利用した、とてもカイロとは言えないようなものだった)したところ、その場で足指のしびれが無くなった。「なんだ、これは!!」と興味を持ったのが1984年頃のこと。
当時のカイロ業界はタウンページにも広告なしでの掲載が数件程度。
「カイロプラクティック」と言っても私の廻りでは、ほぼ
100%の人が名称も知らない時代だった。

 
 さて、私は空手を続けながら将来に向け、自分の個性を活かして、より社会のためになれる仕事を探していた。
条件として@自分の興味のあること A実現可能なこと B一時だけでなく将来に亘って有望なこと とした。
カイロプラクティックはその3つをクリアしていると思えるものだったので、迷った末 勤めていた会社を辞め、業界団体(全国療術師協会)に入会、続いて、より専門的な日本カイロプラクティック師会に入会し、資格取得(※カイロには日本では民間資格しかない)に向け1985年の年明けと共にカリキュラムに従い、勉強を開始した。

今、改めて私のカイロの技術と経験を、多くの方の健康と幸福の為に生かしていきたい。

                                          2010.10



 ガラッと変わって

 特筆すべき 、とっておきのエピソード

 あれは、1999年7月某日、某音楽イベンター会社マネージャー氏より、午前中 突然オファーが入り「今日の夕方、県民会館 楽屋に来てもらえないか」との問い合わせ。
誰が来るのか聞いても教えてもらえず、空想は膨らむばかり。
「中島みゆき だったらどうしよう」 「YAZAWA や松山千春、浜 省ならサイン貰えないだろうか」・・・・
等々考えながら 万難を排し、とりあえずO・Kの返事。
 
 即座に県民会館の職員である知人のSさんに電話すると「ソフィアのコンサートがある」とのこと。
「ソフィア ?」と訊くと「ソフィア知らないの、うわぁー、おじさんだー」と、大げさなリアクションで
僕よりおじさんのSさんに言われてしまった。
当時、女子中・高生に絶大な人気だったらしいが、まだテレビには出ておらず、「ミュージック・ステーション」やドラマに出ている松岡を目にするようになるのは、もう少し後のこと。


 猛暑の中、カイロのポータブルベッド片手に楽屋へ。さすがにチェックは厳しかった。
(その時渡されたPASS ・BACK STAGE ステッカーは今も大切な宝物!?)
リハーサル前、音合わせやメイクをしているメンバーを横目にM氏ともう一人、つごう二人、話題に困りながら、必死に話しかけナチュラル・カイロを施した。ちなみにM氏は、私と同じ身長。(鼻はすごく高かった)

 代金を受け取り、領収証を切って外に出ると、まだ開場まで だいぶ時間があるというのに、溢れるばかりの
女子中・高生の人だかり。
あの時ほど「皆に言いふらしたい!!」という衝動に駆られたことはない。

父さん(? いきなり何だ!)
僕は まだまだ未熟です。                      
                                     北の県民会館から’99 夏
                                        
                                            終      
  
  PS 1999年の7の月とは、今考えるとスゴイ

                                         
                                        






                                     









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