155.決意-Determination-
1991年6月16日(日)PM:18:47 中央区特殊能力研究所五階

 小さめのビニール袋を二つ持つ竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。
 古川 美咲(フルカワ ミサキ)が大きめのビニール袋を二つ。
 二人は所長室に戻ってきた。

 中には途中の肉屋で購入した。
 すき焼き用の肉や、白菜や春菊等の野菜類が入っている。
 しかし、二人で食べるにはかなり多い。

 茉祐子が研究所の人にも振舞おうと提案。
 白紙 彩耶(シラカミ アヤ)や山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)に居て欲しい。
 茉祐子が古川にこれから話す事に、必要だと思ったからだ。

 特に何の疑問も持たずに、賛成した古川。
 しかし茉祐子の願いとは裏腹に、所長室には誰もいなかった。
 そのことにショックな茉祐子ではあった。
 だが、古川に悟られるわけにはいかない。

 コンロや包丁、まな板や鉄鍋、更には紙皿が常備されている。
 彩耶が待機日の時に、よく皆に料理を振舞っていた。
 それで必要なものが、徐々に増えていったのだ。

 古川が自腹で購入した鉄鍋。
 彩耶が持ち込んだ包丁とまな板。
 誰が手に入れてきたも不明なコンロ。
 入手経路は様々だ。

「力仕事は私がやるからな」

 茉祐子がテーブルの側に置いた二つのビニール袋。
 それも含めて、四つのビニール袋を手に持つ。

「美咲姉、重くないの?」

「これぐらい何ともないぞ。手伝いは何一つ出来ないし、これぐらいは手伝わせろ」

「はいはい。わかりましたよ」

「それじゃ行こうか」

「うん」

 古川に連れられて休憩室に移動した二人。
 彩耶が厨房に改造した。
 そう言っても過言ではない様相だ。

 そこで茉祐子は、材料を切り始める。
 古川は鉄鍋とコンロを一番中央のテーブルに設置。
 休憩室の窓を全部開けた。
 入口の扉も、ストッパーで閉じないように固定。

 着々と進んでいくすき焼きの準備。
 そこに銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)とエルメントラウト・ブルーメンタールが通りかかる。

「古川所長、茉祐子ちゃん、こんばんわ」

「こんばんわです」

「吹雪さん、エルメントラウトさん、こんばんわ」

「吹雪とエルメか。流子のところか」

「はい」

「ところで何してるです?」

 興味津々に鉄鍋を見つめるエルメ。

「これからすき焼きをするんですよ」

「ふぶきん、すき焼きって何です?」

「えっと何と言われても。何て言えば良いんだろう?」

 助けを求めるように二人に視線を向けた。
 そこで古川が一蹴。

「食べればわかる」

「確かに所長の言う通り・・です?」

「もう、美咲姉ってば。確かに食べれば一目瞭然かもしれないけど。エルメントラウトさん、簡単に言うと、お肉や野菜を浅い鉄鍋で焼いたり煮たりして調理する料理ですね。地域にもよるかもしれないですけど、味付けは醤油と砂糖かな? 後、溶いた生卵にからめて食べるんですよ」

「溶いた生卵? 日本人、卵生で食べるのがよくわからないです。おいしいのです?」

「茉祐子ちゃん、さすが料理得意だけあって説明もわかりやすいね。でもさエルメ、それこそ好みもあるだろうし、食べてみないとわかんないんじゃない?」

「確かにふぶきんの言う通りです・・です?」

「私は明日学校あるし帰るけど、気になるなら食べてみればいいんじゃない?」

「えっと・・う・・うんです?」

「エルメ、約束あるんだから私は行くよ」

「準備にもう少しかかるので、気になるようであれば、他の皆さんも連れて是非来てくださいね」

「え? あ、はいです。あ、ふぶきん待ってです」

 その場を後にした吹雪とエルメ。

「まさかあの二人が仲良しになるとはな。エルメが吹雪にくっ付いて行ってるだけな気もするが」

 その後も、通りかかり、興味津々に鉄鍋について絡んで来る人多数。
 準備も整い、すき焼きを食べ始める。
 準備を目撃していたメンバー、更にそこから聞いてきた人達。
 たまたま休憩に来た人達がすき焼きを堪能する事になる。

 その中にはエルメやブリット=マリー・エク、濁理 莉里奈(ダクリ リリナ)も混じっていた。
 他にもルラ、クナ、ラミラ、レミラ。
 小鬼(ゴブリン)の四人や、多数の研究員も休憩室に顔を出した。

 予想以上の盛況ぶりだ。
 途中で近藤 勇実(コンドウ イサミ)と倉橋 元哉(クラハシ モトチカ)の二人が、借り出される。
 古川と三人、材料の補充に二度、買出しに奔走。

 すき焼きパーティーが終わるまで、彩耶と惠理香は戻らなった。
 茉祐子の試みは見事に失敗に終わる。
 後片付けにはエルメントラウト、ブリット、濁理の三人が協力。
 そんなに時間はかからずに終わった。

 解散後、古川と茉祐子は自宅に戻った。
 二人だけの時間になる。
 居間でオレンジジュースを飲んでいる古川。
 ソファーにだらりと座っている。
 正反対に正座で座っている茉祐子。
 茉祐子は意を決して古川に話しかけた。

「美咲姉、お話しがあります」

 突然の茉祐子の真面目な表情。
 だらりとしていた古川も、居住まいを正した。

「突然、改まってどうした?」

「はい」

「何で急に改まってるんだ?」

「率直に言うね。私も学園に通いたいです。駄目でしょうか?」

 咄嗟に駄目だと言葉に出しそうになった。
 だが古川は何とか思い留まる。
 まずは理由を聞こうと、理性が僅かに働いたからだ。

 自分を落ち着けるために、しばし無言。
 無言の時間というのは、長く感じるものだ。
 二人は至極真面目な表情で、視線を交錯させている。

「理由を聞こうか」

「う・・はい。私は今まで何も知らないまま、知ろうともしないままだった。でもそれじゃ駄目なんだって気付いたの。おにぃがそのきっかけをくれたんだと思う。それに、せめて、自分の力で戦うことは出来なくても、身を守る為の技術や、知識は必要だと思うんだ」

 茉祐子が話す間、一切口を挟まない。
 相槌だけで話を聞く古川。

「今までずっと私は誰かに守られているだけだった。これからも守られているだけでいるわけにはいかないと思うの。おにぃ、美咲姉、研究所の皆みたいに、悪い事した人達を捕まえるような事は無理だと思う。でも知っているのと何も知らないでいるのとでは知っている方がいいと思うんだ」

「そうか。自分の言ってる事はわかってるのか? 仲良くしていた同級生達と別れるという事になるんだぞ?」

「そうだね。今まで見たいに一緒に遊んだりする時間は少なくなると思う。でも同じ市内なんだし、遊ぼうと思えば遊べるでしょ。だからいいの。それに何も出来ない私のままだと、いつか美咲姉やおにぃに迷惑を掛ける事になりそうな気がする。自分がいつまでもお荷物のままなのは嫌。今は美咲姉とか惠理香さんとか、誰かが側にいてくれてるから良かった。でもこれからも必ず誰かが側にいてくれるという保障はないでしょ? だから私も戦う為ではなく、自分の身を守る為の、技術と知識を身に付ける必要があるんだ。だから」

 茉祐子がそこまで考えていた。
 その事に思い至らなかった古川。
 状況次第ではある。
 だが、確かに常に誰かを側にずっといさせる。
 それは、難しくなる可能性も有り得た。

 まだ少女という年齢の彼女。
 そこまで考えさせてしまった。
 自分を叱りたい気分になった古川。

「そこまで考えているならば、何も言わないさ。茉祐子が自分でそう決めた。ならば、心配な気持ちが無いと言えば嘘になるが、尊重したい」

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1991年6月16日(日)PM:18:52 中央区監察官札幌支部庁舎五階

 図書館の管理者の所在及び現警護者。
 一班が独断で調査していた事実。
 本来であれば処罰するべきだった。

 だが、鳥澤 保(トリサワ タモツ)は、その事を不問にする。
 湯上 正克(ユカミ マサカツ)を責めなかった。
 長く経験のある人物というのは、重要な人材だからだ。

「鳥澤支部長、念の為、監視させましょうか?」

「雁来君、君の心配もわからないではないが、仮にも十年以上監察官として現場にいる男だ。そこまで愚かな事はしないだろうさ」

「そうだといいのですが」

「あいかわらずだね。だからこそ補佐として有能なわけなんだが」

「有能だなんて。補佐として当然の事をしているだけです」

 雁来 弓(カリキ ユミ)支部長補佐。
 前支部長から補佐として支部長に仕えている彼女。
 鳥澤支部長も、その有能ぶりと細やかな配慮に感謝している。

 補佐というよりは秘書に近い立場。
 しかし、彼女がいたからこそ、一部の部下は友好的だ。
 それなりに、うまくやれている部分はあるだろう。

 今も鳥澤が喉が渇いている。
 その事を見透かしたようだ。
 コップに麦茶をいれて、持ってきてくれた。

「本当、雁来補佐は私の心を読んだかのようだ。喉が渇いたのがよくわかったね」

「いえ、これぐらい当然です。それでは麦茶の残りが少ないので、給湯室にいってまいります」

「わかった。補佐なのにすまない」

「いえ、お気になさらないで下さい。自分が飲む為でもありますし。それでは」

 麦茶入れのポットを手にした雁来。
 支部長室を後にする。
 鳥澤は監視は必要ないと言っている。
 だがが、彼女は不安を感じていた。

 鳥澤と話しをしていた湯上。
 何故そこまで、不安を感じたのかはわからない。
 女の直感と言ってもいいだろう。
 だからこそ、彼女は咎められるのを覚悟している。
 独自に監視させるつもりだった。