172.恐慌-Consternation-
1991年6月29日(土)AM:0:04 中央区精霊学園札幌校第二学生寮一階

「とりあえず落ち着け。状況の説明の前に落ち着くんだ」

 すぐさま玄関に戻った三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
 土御門 鬼那(ツチミカド キナ)も彼に従っていた。
 その間も、ヘッドホンからは、声が聞こえている。
 しかし、支離滅裂で説明になっていなかった。

「鬼那は、合流して落ち着かせた上で、あそこに連れて行け。その上で必要なら所長に連絡しろ」

「了解しました。義彦様は?」

「先行して周囲を警戒する」

「わかりました」

 鬼那は俊足で、男子棟側の階段を駆け上がっていく。
 義彦は玄関の外に出て、周囲の風の動きを探る。
 しかし、フェンスがある事。
 自生している木々の影響等で干渉を受けた。
 自身の限界範囲までは、うまく探る事は出来ない。

「くそ、駄目か。一度落ち着かせに行くしかないか」

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1991年6月29日(土)AM:0:12 中央区監察官札幌支部第三倉庫一階

「あの方は何処へ?」

「何でもまだやる事があるとかで、終わった後すぐにいってしまいました」

「そうか。まぁいい。これがあれば特殊能力研究所も恐れるに値しない。てめえら!! 行くぞ」

「いや、君達は残念ながらここからは出れないよ」

 半開きの扉から出てきた少年。
 色黒で彫りの深い顔だ。

「鬼 闇海(グゥイ アンハイ)!? 何故貴様がここに?」

「折角見逃して上げたのにね。よりにもよってここでのスポンサー。蘆菜の娘を狙うとは。大方、娘の命を引き換えに、【十三黒死鬼(シーサンヘイスーグゥイ)】を裏切るように、仕向けようとしたんだろうけど」

「ぐっ!? い・いくら貴様でも、この数に勝てると思ってるのか? 貴様の能力は強力ではあるが、特性上、発動してから効果が完全に現れるまでは時間がいるはずだ」

「そうだね。その点は言う通りだよ。弼 一坤(ピル イルゴン)君」

 闇海は、腰に差している剣を抜いた。
 柄から切先までが青い両刃の直剣。

「青雲偽剣一型(セイウンギケンイチガタ)での初実戦。楽しませてくれるかな?」

「ふざけんな!? 全員手加減無用だ」

 その場にいるのは十八人。
 全員が獣の姿に変わって行く。

「熊に猿に犀? 彼は猪か? そこの女は豚なのかな? 兎女もいるね。見た限りだと十五種か。まるで動物園だ」

 獣化した彼等、十八人。
 全員が、まったく同じ形状の防具を身に着けている。

「面白い装備をしているね。見た感じだと、身に纏う式神って所か? まぁいいか」

 一足飛びに、猿顔をしている敵。
 その目の前に飛んだ闇海。

 彼の横一文字に振られた剣撃。
 猿顔の右の小手によって防がれた。
 しかし、猿顔の左手を切断する。
 荒れ狂うように、血が噴出した。

 何が起きたのか理解出来ない猿顔。
 自身の左手に視線を移し、やっと理解する。
 彼の叫び声が木霊した。
 しかし、次の瞬間には彼の首が宙を舞っていた。

 目の前で起きた光景。
 怒りに満ちた豚顔の女。
 闇黒に殴りかかって来た。

 彼は優雅に、彼女の攻撃を躱した。
 そして、二度剣を振るう。
 彼女の防具を纏っていない部分。
 そこから手足が斬れ飛んだ。

 激痛にのた打ち回る豚顔の女。
 闇海が突き立てた剣。
 彼女の声も途絶えた。

 現実に起きている事実。
 把握出来ない一坤一味。
 実際に正面から衝突した場合。
 闇海自身、ただではすまないと考えていた。

 ただし、それはお互いが同じ条件での場合。
 100%全力の力を出して、ぶつかった時の話しだ。
 恐慌に陥っている彼等。
 冷静さを取り戻す前に、次々に斬り裂いて行く闇海。

 誰も、剣撃とは別に放たれる斬撃。
 その正体を掴む事も出来なかった。

 恐怖に、その場から逃亡しようとした鼠顔。
 扉の外から放たれた風撃。
 縦一文字に斬り裂かれる。
 頭の天辺から、胸のあたりまで斬れていた。

「これが打神偽鞭一型(ダシンギベンイチガタ)の力なのね。範囲の拡大なのかな?」

 現れたのは鬼 山紅(グゥイ シャンホォン)と雷 橙蘭(レイ チォンラン)の二人。

「哥哥じゃなかった兄様だけずるーい」

「闇々ではなく闇海、ごめんなさい。止めれませんでした」

「二人共まったく。日本語で呼ぶようにするのは、いい事だけどね。折角だし弼 一坤(ピル イルゴン)以外は殺していいよ。そこの黒い毛のでかい熊顔だからね」

「わかりました。では莫邪炎剣一型(バクヤエンケンイチガタ)で参ります」

 二本の橙色の短剣を抜いた橙蘭。
 放たれた剣撃。
 斬り裂かれた傷口から、血が出る事はない。
 黒く炭化しているからだ。

 短剣の刃部分。
 本来の刀身から更に延長されている。
 刀身の半分程度の、輝く橙色のエネルギーの刃だ。

「焼き斬る、という事ですかね?」

 華麗な剣舞を繰り広げる橙蘭。
 奇声や怒声、叫び声や泣き声や嗚咽。
 木霊する中で、踊るように舞う死神の三人。

 扉の前には山紅が立っている。
 逃げようにも、近付く事もままならない。
 しかも、既にほとんどが死に掛けている。

 その場に崩れ落ちている一坤。
 彼のの周囲は鮮血に塗れていた。
 彼の前に立ち、見下ろす闇海。

「ジ・エンドだね。でも黒熊君、君はすぐには殺さないよ。どなたかはわからないけど、奥に吊るされている女性は、さぞかし地獄だったろうから」

 苦い顔の山紅と橙蘭。
 その視線の先。
 吊るされている、ほぼ全裸の女性。

 顔も含めた体中痣だらけだ。
 体の至る所からは、血や贓物が滴っている。
 嬲り殺しにされた、としか思えない状態だ。

「蘆菜の娘の分も含めてね」

「ふざふざふざけるけるけるなああああ」

 徐々に異形の姿に変化を始めた一坤。
 黒いエネルギーの奔流が、皮膚を覆い始める。

「あらら。一坤君、人間やめちゃったんだね。あ、もともと人間じゃないか。橙蘭、山紅、本気出していいよ」

 彼の言葉に真先に反応したのは橙蘭。
 短剣の刀身が倍の長さになる。
 振られた刃が、一坤の手、その指を斬りおとした。

 頭上に跳んだ山紅の風撃。
 足の指を断ち、床をも抉る。
 中途半端な姿で、痛みにのた打ち回る一坤。

「一坤君、何をしようとしたのかはわからないけど、君に与える罰は、まだまだこれからだから」

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1991年6月29日(土)AM:0:14 中央区特殊能力研究所五階

 何人かが酔い潰れている休憩室。
 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)は片付けに勤しんでいる。
 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)や白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。
 他にも数人が、手伝っていた。

 そこに一度、所長室にもどった古川 美咲(フルカワ ミサキ)。
 彼女が、戻って来た。

「後片付けは、明日でもいいんじゃないのか?」

「美咲姉、駄目。片付けはちゃんとしないとだよ」

「しかし、時間が時間だしな」

「駄目。片付けはするの!!」

「そ・・そうか? わかったよ。それじゃ私も手伝うよ。何をすればいいか指示してくれ」

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1991年6月29日(土)AM:0:15 中央区精霊学園札幌校第二学生寮男子棟四階四○四号

「四方向から、侵入者がいるって事でいいのですか?」

 タオルケットに包まっている彼女。
 その要領の得ない説明。
 何とか噛み砕いている鬼那。

 突然開いた扉。
 そこに入ってきたのは義彦。

「鬼那、どうだ?」

「現状わかっているのは、四方向から侵入者がいる事だけですね。正確な数を把握するには、ここでは難しいようです」

「わかった。鬼那は護衛に残って、全員あそこに連れていけ。その後は敵の排除だが、正確な情報がわからないと、どうしようもない。後、古川所長にも連絡しろ」

「はい」

「おい、一番数が多いと感じるのは何処だ?」

「い・・い・・・」

「い?」

「It’s・・・・・・・・・正面」