182.情緒-Mood-
1991年7月3日(水)PM:21:45 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階

「アホじじぃ・・・」

 炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)を抜いた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
 背中を向けた土御門 春己(ツチミカド ハルミ)。
 その鎧の背中の出っ張り部分。
 切っ先で焼き斬った。

 義彦の炎を纏った一閃。
 背部の出っ張りを切断された鎧。
 全身甲冑状態から、上半身の甲冑状態に戻った。
 そして片膝をついた春己。

「硬化した元々の鎧部分は、増加した重量がそのままなんじゃな。だからこんなにもほぼ無傷の鎧が残っているんじゃな」

 何とか鎧を脱いだ春己。
 息も切れ切れにそう言った。

「なるほど。確かに何で脱いでいくのかは疑問に思っていたけど」

「破壊する方法を見せてやろうかのぅ。義彦、お主が今度は鎧を着るのじゃ。刀は儂が預かる」

 息を整え終わった春己。
 鞘毎、刀を受け取った。
 鎧を着用し、全身甲冑になった義彦。

「確かに魔力が吸われているな。何でこんなもんをこんなに作ったんだか?」

「さぁのぅ? だからこそお蔵入りで秘蔵されてたんじゃないのかのぅ? 盗難されても、こちらが報告するまで防衛省は気付いてなかったそうじゃしな」

「まじかよ」

 全身甲冑になった義彦。
 少し体を動かしてみた。

「おっけー。準備出来たぞ。どうやって破壊するのか知らないけど、一応怪我人なんだからお手柔らかにな」

「もちろんじゃ。手加減はするつもりじゃ」

 言うが早いか、義彦の眼前まで辿り着いた春己。
 彼の腹部に片手で掌底を一撃叩き込んだ。
 掌底がぶつかった。
 その瞬間、義彦の体を、腹部を中心に衝撃が走る。

 無意識に後ずさった義彦。
 苦悶の表情でその場に膝をつく。
 腹部の鎧はひび割れ砕け散っていた。

「まじで・・壊しやがった・・・くそ・・じじぃ・・何しやがった・・・」

「遣り過ぎたかのぅ? これは馬鹿弟子、お前が基礎を終えた後で、教えるつもりじゃった黒神流武術の技の一つじゃ」

「まじ・・・かよ?」

「すまぬ。手加減はしたのじゃが、遣り過ぎたようじゃな」

「ふざ・・け・・」

 言葉を最後まで発する事は出来ない。
 義彦は、その場で意識を失った。

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1991年7月3日(水)PM:22:44 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階

 医務室のベッドで寝かされている義彦。
 その側で土御門 鬼那(ツチミカド キナ)は、汗を拭っている。
 椅子に座っているのは土御門 鬼都(ツチミカド キト)。

 床に正座したままの春己。
 何か言葉を発しようとした口を開く。
 だが、二人にきつく睨まれて、何も言えなかった。
 再びそのままの状態で、縮こまるだけだ。

「義彦様は、先日のダメージも残ってたというのに」

 再び鬼那に睨まれる春己。

「主様、今回の事は、私も情状酌量の余地は無いと考えます。反省して下さい。は・ん・せ・い・し・て・く・だ・さ・い!」

 鬼都に凄まれて、ますます縮こまる。
 使役者であるはずの彼。
 だが、まるで立場を無くしていた。

「――す・・すまぬ・・」

「愚かなる春己様、謝る相手が違います。私に謝られても意味がありませんよ」

 蔑むような眼差しの鬼那の視線。
 蛇に睨まれた蛙状態の春己。

「春己様、ここにいらっしゃっても正直役立たずです。いえ、むしろ邪魔です。義彦様は私達が看病いたしますので、お戻り下さい」

 鬼都の辛辣な言葉。
 しばらく右往左往していた春己。
 二人に再び一喝される。
 がっくりと肩を落として、医務室を出て行った。

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1991年7月3日(水)PM:23:12 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階

「・・・こ・・ここは?」

 重い瞼をゆっくりと開けた義彦。
 眼に降り注ぐ蛍光灯の光。
 少し目を細めながらそう呟いた。

「お目覚めになられましたか」

 本当に心配そうな表情。
 義彦の顔を覗き込む鬼那。

 彼は上半身を起こそうとした。
 腹部に走った痛みに顔を顰める。
 徐々に何があったかを思い出す義彦。

「あぁ、そうか。じじぃに一発喰らって意識を失ったのか」

「はい、阿呆主様は、職員寮の自室に戻って頂きました」

「阿呆? 鬼那がそんな事言うなんて珍しいな」

 苦笑する義彦だった。
 再び腹部の痛みに苦悶の声を上げる。

「元魅様は、一週間は安静にしてなきゃ駄目と仰りました」

 義彦の汗を拭っている鬼都。

「とりあえず、本日はお休みになられて下さい」

「委員の方は他の者達にお任せ下さいな」

「桐原様、中里様が協力して下さいましたし」

 鬼那と鬼都、交互に発せられた言葉。
 義彦は感謝の気持ちで一杯になる。
 そして、素直に従う事にした。

「そうするよ。おやすみ」

 再び目を瞑る義彦。
 その言葉に安堵した鬼那と鬼都。
 おやすみの言葉を義彦にかける。
 その後、部屋を静かに出て行った。

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1991年7月4日(木)AM:7:24 中央区精霊学園札幌校第一学生寮一階

 数えるぐらいしか人のいない食堂。
 もう少し時間が過ぎれば、人で溢れるだろう。

 一人で無表情に食事を取る少女。
 蒲茶の髪を、短いポニーテールにしている。
 黄髪の少年は、少し寂しそうだ。

 赤褐色の髪で横に髪が盛り上がっている少女。
 他にはリーゼントの少年がいる。
 他にも数名が食堂内に散っていた。

 ほとんどの生徒は、一人で食事を取っている。
 義彦もそんな中の一人。
 時折、苦痛に顔を歪めながら食事を続ける。
 そこへ走ってくる足音が聞こえた。

「義彦様!?」

「何をしていらっしゃるんですか?」

 そう声を掛けて来た二人。
 鬼那と土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)。

「朝飯を食ってる」

「いや、そうじゃなくてですね。昨日の言葉を聞いてなかったんですか?」

 反射的に詰め寄る鬼那。
 しかし義彦は、何処吹く風の顔だ。

 声に気付いた陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。
 少し離れた場所その様子を見ている。
 唇を噛み締めた彼女。
 少しだけ悲しい顔になり、その場を後にした。

 普段の義彦ならば、彼女の存在に気付いただろう。
 しかし、今の彼にそんな余裕はない。

 鬼那と鬼湯が、説得し始める。
 おとなしく医務室に戻るようだ。
 だが彼は聞き入れなかった。
 諦めた二人。
 義彦にある約束をさせる事で折れる。

 彼女達が朝食を取りにいった。
 その後、現れたのは桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と中里 愛菜(ナカサト マナ)。
 食事の載ったトレーを、義彦のいるテーブルに置いて座った。

「大丈夫なんですか?」

「あぁ、一応な」

「でも、三井さん、少し辛そうですよ?」

「大丈夫だ。それより昨日手伝ってくれてたらしいな。ありがとな」

「いえ、気にしないで下さい。こちらこそ、昨日は忙しいのにありがとうございました」

「しばらくは勝手に手伝わせてもらうので。よろしく」

「そうか? 悪いな」

 そこで食べ終わった義彦。
 トレーを持って席を立った。
 彼の様子をしばらく見ている悠斗と愛菜。

「無理してるっぽいなあ?」

 悠斗の言葉通りだ。
 動きは少し緩慢。
 冷や汗も出ているようだ。

「ゆーと君、大人しく休ませた方いいんじゃないかな?」

「そうしたいけどさ。さっきの鬼那ちゃんと鬼湯ちゃんとの遣り取り考えると、説得は無理じゃないか?」

「う・・うん。確かにそうかも?」

 そんな光景に、立ち上がろうとした愛菜。
 だったのだが、動きが止まる。
 赤褐色髪の少女が、何かを義彦に話しかけている。
 そのた後、トレーを受け取り、替わりに片付けていた。

「意外な展開だな」

「そうかな? たぶん三井さん、有名人だと思うよ? いろいろと」

「え? そ・そうなんだ?」

「うん、最もそれはゆーと君もだけどね」

「え? それはどうゆう事?」

「え? それは秘密だよ。うふふふ」