186.明日-Tomorrow-
1991年7月4日(木)PM:21:30 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟屋上

「状況が全くわからないんだけど?」

 首を傾げている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
 しばらくして、息を整えた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
 座ったまま状況の説明を始めた。

「橙髪が、吹雪のルームメイトの凌霄花 朱菜(ノウゼンカズラ アヤナ)で、あっちが柚香のルームメイトのルラだと、最初に言ってた。簡単に言うと俺が吹雪と柚香に悪いから謝れって話しだな」

「謝れ? どうゆう事ですか? さっぱり話しが見えないんですけど?」

「あぁ、最初から説明するか。吹雪と柚香が、頼んだわけでもないのに一日二日と朝六時に俺を起こしに来てたんだ」

「も・もう何もしないから、い・いい加減どいて欲しいんですが?」

 悠斗と縺れ合った時に、橙色のエネルギーは消失。
 両手を悠斗に抑えられている朱菜。
 なぜかその顔は羞恥に塗れていた。
 彼女の言葉に、反応が遅れる悠斗。
 自分が馬乗りになっている事を改めて思い出した。

「ご・ごめん」

 土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)に目で合図をする悠斗。
 しばらく彼の意図を理解出来ない鬼穂。
 その目線が、自分の刀に何度か向いた。
 その事により把握したようだ。

 鬼穂が、刀を鞘に納めるのを確認。
 少しだけ顔を赤らめながら、朱菜を解放した。
 その後、義彦の隣に腰掛けた悠斗。

 朱菜は何故か悠斗の隣に座る。
 彼が床についている手。
 少し指が重なるように手を置いた。

 彼女の行動に一瞬だけ訝しむ悠斗。
 だが、害はなさそうなので特に触れない。
 義彦の言葉を待った。

「一日目の時は、やんわりとやめるように言ったんだけどな」

 体の何処かが痛むのであろう。
 時折、苦痛の表情になる義彦。

「予想はしてたけど、次の日も起こしに来た。だから二日目は強くやめるように言ったんだよな。そこの橙髪の話しから推測するに、その後、吹雪が泣いていたらしい。柚香も落ち込んでたって所だろうな? だから謝罪しろって俺に言ってきたんだが、誠意のない謝罪は意味が無いって突っ撥ねたら、その橙髪が殴りかかってきて、今に至る。たぶんだが、力付くで俺を捻じ伏せて謝らせようとしたんだろ? だがその前に感づかれてしまったって感じか?」

 義彦の吐き出した言葉。
 少しだけ悔しい顔になる朱菜。

「でも強くやめるようにって、どんな言い方をしたか知りませんけど、それだけで吹雪さんが泣きますかね? 二人に話しを聞いた方がいいかもしれないですよ。鬼穂ちゃん、悪いけど吹雪さんと柚香さんを呼んできて貰えるかな?」

 頷いた鬼穂。
 その場を後にする。
 一人屋上の出入口に消えていった。

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1991年7月4日(木)PM:21:39 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟四階四○五号

 姿勢正しく椅子に座っている少女。
 彼女はサリナ・ニージャル・フィンフ=ヴァン・エルフィディキア。
 テーブルを挟んで、少女が対面で座っている。
 イリナ・ニージャル・エルフィディキアだ。
 二人は紅茶を飲みながら、会話を続けている。

「サリナ様、何故何も言わなかったのでしょうか?」

 紅茶を一口飲んだイリナ。
 そう口にして問いかけた。
 少し微笑んでいるサリナ。
 俯いていた顔を上げた。

「イリナ、ここでは様は必要ないわよ」

「そうでした。申し訳ありません」

「注意して下さいね。もちろん言わなかった理由はありますわ」

「失礼ながら理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「イリナ、ここは王宮でも何でもないですし、誰かが咎める事もありません。雑な言葉で話しをしてもよいのではないかしら?」

「もちろん重々承知しております。しかしながら、どうしても意識しないと出てしまいます。こればかりは」

「そうよね。そう言われてみれば、わたくしも下々の者達のように言葉を使おうとしても、意識しながらでなければ、どうしても堅苦しくなってしまいますわ。それで理由ですわね」

 ティーカップの取っ手に手を置いたサリナ。
 愛しい者を愛でるかのようだ。
 指先で撫でている。

「一つは、古川理事長が信用に値するかどうか、わからないからですわね。レインは古川理事長を信頼されているとも取れる発言をしていました。でも、今日のお話しで、古川理事長もレインからは何も聞いてないと判断出来ますわ。何故レインが彼女に何も話さなかったのかわかりませんの。本当は信用していなかったとも考えられます。だからこそ、古川理事長が信用に値する人物かは、わたくし達が自分で判断するしかありません。わたくしは彼女が信用に値するとはまだ判断してませんの」

「だから、何も話す事なく、問題の無さそうな質問にだけ答えていたという事でしょうか?」

「その通りですわ」

 紅茶で喉を潤したサリナ。

「現状、わたくし達はほとんど何の情報も持ち合わせておりません。レインの話しから、襲撃される可能性があるという事はあなたも理解はしていると思いますけども」

「はい。もちろんでございます。私はサリナ様をお守りする為に常に付き従っております」

「道中で襲撃してきた人語を解する狼。あれも何者かさえわかりませんでしたわ。誰が味方で誰が敵なのか、正直判断出来ませんのよ。だからこそ、見極める時間が必要なのですわ。味方を見極めた上でなければ、協力をお願いする事も出来ませんから。国で何かが起こり始めている。いえ、もしかしたらずっと前から起こっていたのかもしれません。しかし、ここからでは状況を知る事もままなりませんわ。だからこそ、慎重に見極めた上でなければ、情報を収集する事もままならないと思いますの」

 しばらく、無言になる二人。
 そこに、扉の鍵が解除される音が聞こえる。
 扉を開けて現れた幼女。
 鉄紺色のロングヘアー。
 ライラック色の瞳だ。

「サリナさん、ただいま。イリナさん、こんばんわ。いらっしゃってたんですね」

「薺ちゃん、おかえり」

「的鞠さん、お邪魔しています」

「イリナさん、薺でいいですって」

「いえ、しかし」

「二人のこの遣り取りも三度目ですわね。イリナ、本人が良いと仰っていますのだから、気兼ねする必要はないですわよ」

「しかし・・」

 サリナに見つめられたイリナ。
 それ以上言葉を続けられない。

「な・薺ちゃん・・」

「はい。やっと呼んでくれました」

「サリナ、ま・・薺ちゃん、本日はそろそろ時間ですし、戻ります」

「ええ、イリナ、おやすみなさい」

「はい。サリナ、な・薺ちゃん、おやすみなさいませ」

「イリナさん、おやすみねぇ」

 こうして部屋を辞したイリナ。
 残っているのはサリナと的鞠 薺(マトマリ ナズナ)。

「薺ちゃん、先にシャワー入りますかしら?」

「うーん? サリナさん先にどうぞなんです」

「わかりましたわ。それではお言葉に甘えさせて頂きますわ」

 黒のベールと黒のドレス、下着を脱いだサリナ。
 浴室の蛇口を捻った。
 シャワーヘッドから噴出すお湯。
 浴室や、サリナの体にぶつかっていく。
 響き始める音。
 彼女の独り言は、水の音に掻き消されていった。

「お父様もレインも、何故誰も何も話して下さらなかったのかしら? 何かがおかしいという事は、わたくし達も感じている事ですのに」

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1991年7月4日(木)PM:21:41 中央区精霊学園札幌校第二学生寮女子棟三階三○一号

「ドライちゃんもおにぃの事知ってるんだ?」

「はい、茉祐子ちゃんがおっしゃっているおにぃが三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)という人物で相違ないという事ですよね? それであれば知っております。一緒にいたのは、一週間程度ですけど。手料理を振舞ってもらったりしました」

「おにぃ、料理出来るんだ? 知らなかったなぁ」

「得意では無いとおっしゃってましたが、美味でした」

「そうなんだ。あぁ、でも一人暮らしって言ってたし、ある程度は出来て当然なのかもね」

 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)はベッドに寝転がっている。
 黒髪を完全に下ろしている茉祐子。
 ピンク色のパジャマ姿だ。

 濡れた向日葵色の髪。
 鏡台で、ヘアドライヤーで乾かし始めたリアドライ・ヴォン・レーヴェンガルト。
 彼女はバスタオルを体に巻いただけの姿。

 ドライがヘアドライヤーで髪を乾かしている。
 茉祐子はベッドの上から、じっと彼女を見ていた。
 乾かし終わったドライ。
 視線に気付いて振り向いた。

「茉祐子ちゃん、どうかしましたか?」

「ううん。綺麗な向日葵色の髪の毛だなぁって思って」

「そんな事はないと思います。茉祐子ちゃんだって、綺麗な黒髪だと私は思うのです」

「そうかな?」

 自分の髪の毛を、手で掬い始めた茉祐子。
 ドライは、下だけ下着を穿いた。
 その上で、巻いていたバスタオルを取り払う。
 水色のパジャマを身に纏った。

「ドライちゃん、明日はちょっとだけ手の込んだツインテールにしてみよっか?」

「手の込んだ? それは構いませんが、明日は金曜日です。学校の後、おにぃに逢いにいきませんか? 私も彼の話しをして逢いたくなりました」

「え? でも、きっと忙しいと思うし、悪いよ。暫定とは言っても風紀委員なんだし」

「私はもう行くと決めました。茉祐子ちゃんは来ないですか?」

「え? えっと・・でも・・うーん」