202.激情-Passion-
1991年7月8日(月)AM:11:26 白石区ドラゴンフライ技術研究所地下二階

「私の事を、存じ上げてくれて嬉しい限りだよ、鳥澤 保(トリサワ タモツ)君、日本ランキング四位は敵にはしたくないからね。君はこれから私達の手駒になるのだよ」

「何を言っている? 手駒?」

 彩耶から預かっている式神。
 その繋がりを感じている鳥澤。
 相手の言ってる言葉を表面上しか理解出来なかった。

「そもそも、俺は異能者専用刑務所へ護送されるはずだった。それが何故?」

「だーかーらー言ってるじゃなーいの? 僕達の手駒になーるんだーよ? あ、僕はアラシレマ・シスポルエナゼム。ねぇイーノム? 本当に少し遊んでいいの?」

「殺さない程度にな。このままでも出来るが、弱らせた方が私の疲労も少なくてすむ」

 そう言いながら、鳥澤に近づいてく形藁。

「さっきから何を言って?」

 鳥澤と形藁は指呼の距離になった。
 そこで、鳥澤の異能力封印の手錠に鍵を差し込む。
 続いて足錠も彼は外した。

「さて、アラシレマまかせるよ。でも欠損とかは勘弁してくれよ。手駒にならなくなるからな」

「わーてますよー」

 百八十度回転した形藁。
 出てきた扉の前に腰を降ろした。
 状況が飲み込めない鳥澤。
 アラシレマと対峙する。

「ぼーくーのこーえーに聞きおーぼえなーいかい?」

「声だと?」

 指摘されて考えた鳥澤。
 直ぐに相手の声に気付いた。

「まさかあの事件の時の?」

「そーそー、君に第三倉庫に行くよーに言ったのはぼーくさー」

 鳥澤は、いつでも反応出来るように身構えた。

「もう一ついい事教えてあーげよーか? 雁来 弓(カリキ ユミ)に最初に突き刺したのはぼーくだーよ? そーしてー、そうなーるように仕向けたのーはー、後ろのイーノじゃ通じなーいや。形藁だーよ。きーみーがばーかーな考えおーこさーなーいで、東京にーいれーば雁来ちゃーんは、いーまも生きてたーかもねー。十年以上恋人としーて一緒にすごーして、結婚も視野にいれてーたーんだっけねー?」

 アラシレマの言葉を聞いた鳥澤。
 頭の中で意味を咀嚼し終わった。
 眠っていた様々な感情が一気に溢れ出す。

 守る事が出来なかった無念、絶望。
 手を下した相手と自分への怒り。
 彼女を失った悲しみ。

 彼は後先考える事もなく憤怒に吠えた。
 霊力を開放し一直線に突っ込んだ。
 元々やる気だったアラシレマ。
 口の端を歪めて嬉しそうに微笑む。

 赤、黄、緑の三色のエネルギーの奔流に包まれている鳥澤。
 徒手空拳での応酬を繰り返すアラシレマ。
 アラシレマの左のストレートは空を切った。
 直後、彼の顎を衝撃が襲う。

 何とかこらえたアラシレマ。
 左側頭部にヒットした鳥澤の回し蹴り。
 吹き飛ぶ事は免れたものの、膝から崩れ落ちた。
 更に頭の上に鳥澤の踵落としが炸裂。
 アラシレマの体の、攻撃を受けた部分は焼け爛れていた。

 倒れたまま動かないアラシレマ。
 距離を取った鳥澤。
 人間の頭程の尖った岩を三十個作りだした。
 更に炎を纏わせる。

 瞬時に熱せられた岩。
 高温を宿していく。
 赤熱している事からわかった。
 いまだ動かないアラシレマ。
 遠くで眺めている余裕の表情の形藁。

「いけ!」

 炎の勢いがましていく。
 視界を埋めるようにアラシレマと形藁に半分に分かれて降り注いだ。
 先が鋭利な刃物のように尖った氷の槍。
 三十個生成されていく。

 振り下ろされた鳥澤の手。
 同時にアラシレマがいるはずの場所へ降り注いだ。
 水蒸気で真っ白な空間へと陥る視界。
 アラシレマさえ見えない真っ白な世界。
 水蒸気はしばらく晴れる事はなかった。

 室内の水蒸気が徐々に晴れていく。
 痛みに耐えているかのような顔の形藁 伝二(ナリワラ デンジ)。
 彼の前には燃え燻っている十五個の岩石。
 施されている結界はかなり強力なようだ。
 床や壁には傷一つなかった。

 アラシレマ・シスポルエナゼムはいまだ倒れている。
 彼の背中には複数の刺創が出来ていた。
 両足もズタズタに引き裂かれている。
 左手も肩から千切れていた。
 頭も右耳から上、四分の一が喪失している。

 そんな状態ながらも右手で体を起こすアラシレマ。
 腹部の貫通した傷。
 血に塗れた小腸や大腸らしきものが、ベロンと垂れていた。
 生きているのが不思議な状態。
 にも関わらず、彼は微笑んでいる。

「それで生きてるとか? やはりただの人間じゃないのか」

 言葉とは裏腹に、額から汗を流す鳥澤。

「やはーりぃ、たぅたかうぃはこぅーでなくちゃ」

 声帯にもダメージがあるようだ。
 アラシレマの声が若干おかしい。
 立ち上がる事さえままならないアラシレマ。

 砕け散っている肉片が凄まじい速度で集結し始めた。
 まるで巻き戻しを見ているかのような光景だ。
 鳥澤が極大の炎を投げる。

 アラシレマは吸い込むように、大きく裂けた口で炎を食い尽くした。
 耳まで裂けた一口で丸呑みだ。
 その光景に、目を大きく見開く鳥澤。

「食った・・?」

「さぁーすがにぃ、まともぅにぃくらぅーとものすごーく痛いぃーねぃ。だかーらこそぅ、生きてる実感をぅ感じられるぅーんだけどぅー」

「あいかわらず、その思考だけは私にはわからんな」

「不死ってわけぇーじゃなーいよー、たぶぅーん」

「本当に死んでたらどうするんだか?」

「そーのとーきはそーのぅとーきぃだよー」

「それでは俺が困るではないか」

「えぇー? そーかなぁー? その力なーらー手駒はいくーらでもー」

「とりあえず、私もそんなに時間があるわけではない。そろそろ終わらせもらえないか?」

「そーだねぃー。お楽しーみぃーはまださーきぃーだもーんねぃ」

 完全に回復したアラシレマ。
 二人の会話を聞いている鳥澤。
 少し冷静になった頭で対策を考える。

 しかし、彼は更に驚きにその目を見開く事になった。
 アラシレマの姿が徐々に変わっていくのだ。
 完全に姿が変わったアラシレマ。
 しばらく見ていた鳥澤。
 彼はある一つの考えに辿り着いた。

「異能を食う力、それに四つ目の黒いウェアウルフ? まさか? いや、そんな馬鹿な」

 巨大な鏃状の岩塊を十個生成。
 アラシレマに射出した鳥澤。
 射出された岩塊。
 そのうち、三個は彼の両手と左足にに弾かれた。

 それでもほぼ同時に高速で射出された岩塊だ。
 防御が間に合うわけがない。
 岩塊の残り七個。
 アラシレマの体に突然現れた口。
 その歯に噛み止められ、貪り喰われた。

「その姿、その禍々しい突然現れる口。やっぱりお前は、十年前に東京に現れた一級危険種の【四赤眼の黒狼】か?」

「あぁー? そーいえばー、東京で暴れたのってー十年前だっけねー? イーノム?」

「そうだな。十年前だったはずだ」

 三種の色が混じったエネルギーの奔流。
 そこに黒が加わり変化していく事に気付いたアラシレマ。

「へぇー? まーだ上があったんだーねぃ? 本当は遊びたーいところーだけどもぅー」

 冷や汗を垂らしている鳥澤。
 アラシレマと相対している。
 白紙 彩耶(シラカミ アヤ)の式神達。
 無事脱出出来ている事を彼は願った。

 真っ直ぐに歩いて来るアラシレマ。
 黒い炎の弾や黒い岩塊、黒い風の刃。
 いくつも幾度も射出する。
 しかし悉くが、現れる口に食べられていく。

 突如、縦横無尽に鳥澤の周囲を飛び回るアラシレマ。
 目で追い駆ける事もままならない速度だ。
 気付いた時には、鳥澤は両手足をアラシレマに押さえ込まれていた。
 動くのもままならなくなっている。

 床に押し付けられるように押さえられている鳥澤。
 アラシレマの体中に現れる無数の口。
 徐々に迫り出してきた。
 鳥澤の体を覆っているエネルギーの奔流を貪り始める。

 目の前の光景に恐怖しながらも、憤怒の炎により抵抗する鳥澤。
 しかし、押さえつけているアラシレマの力は凄まじい。
 打開策を模索する鳥澤の意識が朦朧とし始めた。

 エネルギーの奔流を貪る。
 同時に、鳥澤の体内にある霊力、魔力をも吸収しているようにも見える。
 鳥澤は、数分も持たずに意識を手放してしまった。