227.虚勢-Bravado-
1991年7月13日(土)AM:11:23 中央区特殊能力研究所五階

「今のところは、連絡は無いわ」

 受話器を手に持っている白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。
 不安げな声でそう零した。
 カタカタと音を立てて吐き出している。
 FAXには、目も暮れない。

「ええ、探索に行かせようか迷っている。もちろん本人達は行きたがってるわ」

 ティーカップの縁を、彼女は指でなぞった。

「そうね。わかったわ。そうする。ええ、第八報までは見たわ」

 所在なさげに宙を彷徨う視線。

「わかった。何かわかったら連絡する。心配してくれてありがと。またね」

 受話器を戻した彩耶。
 深い、とても深い溜息をついた。

「美咲には見透かされていたわね」

 自嘲気味に彼女は呟いた。
 FAXに届いた紙を手に取った彩耶。
 第九報が先ほど排出されていたのだ。

 十一時十四分。
 姓名マユ・ヒリュ、通名【バリュルンヒルデ】、合流。
 十一時二十一分。
 一級魔刀師、和口 七兵衛(ワグチ シチベエ)、死亡確認。
 二級人形師、恋月 多祁磨(コイヅキ タギマ)。
 二級人形師、恋月 多祁深(コイヅキ タギミ)。
 両名、依然消息不明。
 他にも死亡者や消息不明者の姓名が羅列している。

「恋月? たしか有名な人形術の家系だっけ」

 とりとめもなく、そんな事を考えていた彩耶。
 過去に面識のある恋月家の人間。
 何となく思い浮かべていた。
 突然開かれた扉に、びくっとして視線を向ける。

「おいおい、どんだけびっくりしてんだよ?」

「彩耶、驚かせて申し訳ありません」

 扉の前にいるのは、クリーム色の髪に茶色の瞳。
 褐色肌で優しい表情の藤原 王華(フジワラ オウカ)。
 柑子色の髪に黒眼、色白の肌。
 生真面目な表情の藤原 楠季(フジワラ ナビキ)。

 二人は彩耶の式神であり、友人でもある。
 王華は、スーツを着崩して着用。
 楠季は漆黒の巫女服だ。

「さすがに漆黒の巫女服で、外を歩くと奇異の目で見られたぜ」

「やはり着替えるべきでしたか」

 快活に笑っている王華と、申し訳なさそうな楠季。

「奇異の目で見られてたのは、楠季、お前だから気にするな」

「そんな事・・・」

 ますます申し訳なさそうな表情になる楠季。

「いろいろなところに問い合わせてみましたが、それらしい情報はありませんでした」

「そうか」

「それで、彩耶。どうするか心は決まったか?」

「ええ、あなた達の言う通り、どちらかを探索にいかせるわ。本当は私が行くべきなのだけど」

「彩耶が気に病むことではありません。私と王華をいかせるつもりだったのに、あの二人に行かせて欲しいと頼んだのは私達二人です。責任というのならば、私達二人にこそあるのです。それに今、彩耶がここを離れるわけにはいきませんよ」

 生真面目に答える楠季。
 彼女の瞳は、何処か後悔している。
 そのような雰囲気を感じさせた。

「わかってる」

「王華はここに残って下さい。私が向かいます」

「おいおい? 心配なのは俺も一緒だぞ?」

「もちろん知っています。しかし、万が一の事態に、私よりもあなたが彩耶の側にいた方がいいと思います」

「いや、そりゃそうかもしれんが?」

「お願いします。私に行かせて下さい。あの娘達を、最初にいかせようと言い出したのは私なんですから」

 真っ直ぐ王華を見つめる楠季。
 彼女の瞳を真っ直ぐに受け止める王華。
 楠季の苦悩を悟ったように答えた。

「わかった。行ってこい。こっちは俺にまかせろ」

「王華、ありがとう」

「それなんだが、同行者を一人つける。それと楠季、その格好は目立ちすぎるから着替えてもらうよ。道中での補充用の魔力石を用意するから、出発は十五時以降で」

「わかりました。ではその間に準備して着替えてきます」

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1991年7月13日(土)PM:13:11 中央区精霊学園札幌校第一学生寮一階

 鶏の唐揚げ見つめる中里 愛菜(ナカサト マナ)。
 箸で一つ掴んだ。
 美味しそうに小さな口で頬張る。

 反対側に座る桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
 嬉しそうな彼女を見つめている。
 同時に、過去の記憶を思い出していた。

 彼の隣にいる雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)。
 親子丼を美味しそうに食べていた。
 口の中で、咀嚼している。

「愛菜ってば、凄い美味しそうだね。料理得意でしょうに」

 愛菜の隣の雪乃下 巫(ユキノシタ ミコ)。
 微笑を浮かべている。
 そんな彼女は、解(ホグ)した焼き秋刀魚。
 小さなその身を口に入れた。

「美味しいものは美味しいんだもん。それに美味しく食べて貰えるのは嬉しいけど。自分じゃない人のも食べたいの」

 口の中に入っていた鶏の唐揚げ。
 しっかり咀嚼して飲み込んでから答えた愛菜。
 彼女の意見には悠斗も賛成のようだ。
 何度も頷いている。

「ザンギって実は、自分であんまり作った事ないものなんだ」

 ザンギとは北海道で用いられる呼称だ。
 唐揚げとザンギはイコールである。
 かと言うと、難しい問題であった。

 境界が非常に曖昧なのだ。
 明確な線引きも出来ない。
 ただ、唐揚げに比べてザンギの方が味が濃い。
 そのような見解もあるようだ。

「ゆーと君、食べないと冷めちゃうよ」

 愛菜の咎めるような言葉。
 手元の竜田揚げ定食を見た悠斗。
 竜田揚げ定食はほとんど減っていなかった。

「そうだね。冷めちゃうね」

「何か悩み事があるみたいだけど?」

 食べる手を止めた愛菜。
 じっと悠斗の目を見る。
 彼女の瞳に、諦めたようだ。
 徐に口を開いた悠斗。

「愛菜には勝てないな。なぁ、愛菜、日本ランキングに【冬の聖光母】って通名の人がいたの覚えてる?」

「うん、覚えてるよ。やっぱりその事なんだ」

「え? う・うん」

「確かにいろいろと教えてくれたあの人、先生は、冬さんとかコーボさん、セーコーボさんとか呼ばれてたよ。でも同一人物かどうかはどうだろね?」

「そうだよな。正直、冬さんって冬って名前か苗字だと思ってたし。当時は光母とか聖光母とかいまいち意味気にしてなかったしな」

「うん、そうだね。それにもし漢字で書けるとしても、漢字が同じかどうかは私達は知らないんだよ」

「まぁ、そうかそうだよな」

「だから、そのゆーと君の疑問を解消するなら、直接本人に会ってみるしかないんじゃないかな?」

 愛菜の言葉に、確かにその通りだ。
 納得してしまった悠斗。
 嚇と巫は、話しの流れから何となく理解する。
 しかし、一切口を挟む事なはない。
 黙々と食事を続けていた。

 背後のテーブルで交わされる会話。
 耳に入っている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
 気にする様子もなくチキンカツを口に放り込んだ。

 中途半端に左利きの彼。
 食べるときに箸を持つのは左手なのだ。
 逆に文字を書いたりするのは右手。
 とっても中途半端な具合。

 右手で箸を持ったり、左手で文字を書く。
 それも不可能なわけではない。
 しかし、食事時間は倍増。
 文字も読むのが一苦労な有様になる。

「中途半端に利き手が違うと、大変そうですよね」

 義彦の対面に座っている十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)。
 彼女の言葉だ。
 右手に箸を持っている彼女。
 冷やしとろろそばを食べていた。

「それに対面で食べるのは、初めてではないですけど、やっぱり不思議な感じです」

「不思議な感じとかは良く言われる」

「それで怪我の方がどうなのですか? 義彦兄様」

 柚華の隣の銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。
 冷やし納豆うどんを食べる手を止めた。

「あぁ、やっぱり左脇腹と右胸、右手の上腕の傷だけは全然回復しないなって、食事中にする会話じゃないだろ?」

「そもそもあの時に怪我を隠さなければ。もっとまともな治療も出来たはずですよ」

 カレーライスを食べている土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。
 一度スプーンを置く。
 咎めるような目で、隣の義彦を見た。

「鬼那、何もそんな目で見なくても」

「いえ、咎めたくもなります。隠してた為に、どれだけの方々に心配をさせてしまったか? 義彦様はご理解してらっしゃいますか?」

 鬼那の言葉に、たじたじになる義彦。

「鬼那ちゃんの言う通りだよ。まったく」

「本当そうですね。何を思って隠したりしたんだか? 何となく予想は出来ますけど」

 彼女の言葉に同調する吹雪と柚香。
 反論する事も出来ない義彦。
 萎れてしまう。
 申し訳ありません。
 謝る事しか出来なかった。

「でも何で鬼那ちゃんは気付いたの?」

 吹雪の何気ない疑問。
 義彦は口を噤んでいる。

「疑問に思ったのは一度目の襲撃の後です。刀を普段は右手なのに左手で持ってました。上腕に包帯が見えてましたし」

 再び咎めるように義彦を見る鬼那。

「でもその後は普段通りでした。なので気のせいかと思ってました」

 頷いている吹雪と柚香。
 鬼那の話しに耳を傾ける。

「大怪我をしていると確信したのは、二度目の襲撃の後です。中々お戻りにならないので見に行くと、酷い顔で蹲ってました。虚勢を張って痛いのを我慢して過ごしてたのだと思います」

 罰の悪い顔のままの義彦。
 三人の視線を一身に受ける。
 突如、鬼那が素っ頓狂な声を上げた。

「あ、忘れてました。義彦様、茉祐子ちゃんが本日夕飯を作りに伺うそうです」