230.号泣-Wailing-
1991年7月13日(土)PM:19:23 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号

「ザンギの上に長ネギを乗せただけにしか見えないけど? ユーリンチーじゃなくて、ザンギじゃ駄目なのか?」

 聞きなれない名称。
 食べるより先に質問してしまった三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

「少し違います。油に淋しい鶏と書いて油淋鶏(ユーリンチー)です」

「淋しい鶏料理なのか」

「刻んだ長ネギを載せた鶏の唐揚げに、酢醤油のタレをたらした料理です」

「華麗にスルーされた」

「はい、スルーしました」

 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)にスルーされた義彦。
 その場の他のメンバーも突っ込まない。
 悲しみに、がっくりと項垂れる。
 しかし、茉祐子は非常にも彼を切り捨てた。

「それでは食べましょう。いただきます」

 先導をきった茉祐子の言葉。
 それぞれがいただきますと言った後食べ始める。
 諦めた義彦も食事を始めた。

 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)は、相変わらずだ。
 居心地悪そうにしている。
 既に、退散出来るタイミングではない。
 諦めの境地の彼女。
 静かに冷やし中華を食べ始めた。

「やっぱりまゆは料理うまいな」

 満足げに冷やし中華を平らげていく義彦。

「うん、凄いよね。私、錦糸卵こんなに綺麗になんて絶対無理」

「ドライも無理です」

「でも一部は黒恋ちゃんだよ」

「――茉祐子の方が上手」

 きょろきょろと視線を彷徨わせる黒恋。

「ザンギも好きだけど、ユーリンチーだっけか? こうゆうの悪くないな」

 冷やし中華からターゲットを変更した義彦。
 一つ箸で取って、齧(カブ)り付いた。
 若干の気まずい雰囲気がある。
 しかし、それぞれがおいしく食事していた。

「冷やしラーメンって呼ぶのは北海道だけらしいな」

 唐突に言い出した義彦。
 彼以外は首を傾げた。

「冷やし中華って呼ぶらしいいぞ。ま、意味が通じればどっちでもいいんだろうけどな」

 感心するような表情の茉祐子。
 リアドライ・ヴォン・レーヴェンガルトも同様だ。
 黒恋は無反応。
 少しだけ微笑んだ銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。
 それぞれ反応は異なった。

「義彦兄様の言うとおりですね。意味が通じればラーメンでも、中華でもいいのかもしれませんね」

 五名全員が食べ終わった。
 その後、茉祐子がいれた紅茶で喉を潤しはじめる。
 黒恋は、ここに来てから、吹雪と一度も目を合わせていない。
 しかし彼女は、その事を特に気にしていないようだ。

 ドライの隣の吹雪。
 茉祐子の隣の黒恋と目があった。
 黒恋が、少しだけ安堵して注意力が緩んでいた。
 その影響もあるだろう。

 何か言いたそうな吹雪。
 まるで何か言われるのを恐れているかのようだ。
 震えた眼差しの黒恋。

「何でそんなに怯えた眼差しで私を見ているのかな?」

 彼女の言葉に首を傾げる茉祐子とドライ。
 義彦は即座に反応した。

「おい、吹雪? やめろ?」

「いえ、やめません。終始目を合わせないようにしていたのは何でかな? 黒恋」

「――そんな事は」

「ないなら何でそんな怯えた瞳しているのかな?」

 吹雪は、別に責めているわけではない。
 口調もどちらかと言えば、優しい。
 語り掛けるようにしていた。
 しかし、黒恋はそう解釈はしなかったようだ。

「――いや、だって」

 どうすればいいか迷う茉祐子とドライ。
 義彦も、ほとほと困り果てた顔になっている。

「吹雪もやめとけ。黒恋も、そんなに怯えなくてもいいだろうに」

「私は、私は自分が許せない。あの時消えるべきだったのに! こんな罪を背負いながら。あんなに私に良くしてくれたのに、私は私は。何も出来なかった。激情に暴れて、もっとするべき事はあったはずなのに。ただただ悔しかった。どの面さげて、楽しめっていうの!? ずっと思ってた! でも、本当は怖かった。誰かに役立たずって文句言われるのが怖かったのかもしれない? だから、義彦にも手離されたんだろうけど!?」

 抑えていた感情が爆発したかのようだ。
 突然声を荒げた黒恋。
 涙目になって捲くし立てた。

 事情がわからなければ、意味不明だろう。
 最後の方は自嘲気味になっていた。
 囁くような声になっている。
 立ち上がった彼女。  
涙を流しながら、部屋から飛び出した。

 黒恋の叫んだ言葉。
 咀嚼して理解しようとした茉祐子。
 咄嗟に反応出来ない。

 吹雪とドライも同様だ。
 爆発した黒恋の感情。
 その発露の原因を理解しようとした。
 なので、即座にその場を動けない。

 唯一事情を理解していた義彦。
 手離されたの意味を考えている。
 追い掛けるべきか先に説明するべきか迷っていた。

 我に返ったドライと茉祐子。
 黒恋を追いかけて部屋を出て行った。
 追いかけようとした義彦。
 突然、吹雪に手を掴まれた。

 立ち上がろうとした。
 そこで急に手を掴まれたわけだ。
 勢いで、体勢を崩す義彦。
 そのまま吹雪に覆い被さるように倒れた。
 彼の顔に触れる柔らかい感触。
 吹雪の小さな胸に、顔を埋める形になっていた。

「義彦兄様、わ・私のむ・胸に興味を示してくれるのは嬉しいのですが」

 赤面している吹雪。

「あ、わ・わりぃ」

 吹雪の言葉で、状況を理解した義彦。
 思わず顔を赤らめている。
 直ぐに立ち上がった義彦。
 手を差し出して吹雪も立ち上がらせた。
 その後で、倒れた椅子を元に戻す。

 追いかけるタイミングを逸した義彦。
 吹雪に言われるがまま椅子に座った。
 吹雪は真剣な眼差しだ。
 義彦を真っ直ぐに見つめる。

 直前に起きたの出来事。
 忘れたかのような表情。
 生真面目な雰囲気を漂わせていた。

「義彦兄様、手離されたとか罪を背負うとか一体何の話しですか? たぶん、半年程前の事件が関係しているのでしょうけど。私は事件の概要しか知りませんが一体何が?」

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1991年7月13日(土)PM:20:16 中央区精霊学園札幌校第八学生寮女子棟屋上

 黒恋を追いかけた茉祐子とドライ。
 彼女の部屋に急いだ。
 だが、残念ながら寮部屋には戻っていない。

 彼女と同室のリアツヴァイ・ヴォン・レーヴェンガルト。
 更には一緒にいたリアヒュント・ヴォン・レーヴェンガルト。
 リアフィーア・ヴォン・レーヴェンガルトは戻る所だった。
 彼女達をを巻き込んだ大捜索となる。

 長時間駆けずり回る。
 そう覚悟していた茉祐子。
 しかし、黒恋のいる場所はあっさりと判明する。
 ドライ達四人が協力したからだ。

 少しだけ疑問に思った茉祐子。
 しかし今は優先する事は別にある。
 そう考え、見つけた方法を聞く事はなかった。

 何とか黒恋を見つけた五人。
 茉祐子、ドライ、ツヴァイ、ヒュント、フィーア。
 現在は生徒数が少ない。
 その為、一切使用されていない第八学生寮。
 屋上の隅っこで仔猫のように蹲っている。

 彼女を見つけた茉祐子達。
 ゆっくりと近づいていこうとした。
 足音で気付いた黒恋。
 立ち上がって真赤な目で茉祐子達を見る。

「――私なんかほっといて。構わないで」

 威嚇するかのようだ。
 茉祐子達五人に、黒い霊気を飛ばした。
 彼女達の側を通り抜ける。
 壁に拳大の穴を穿った霊気。

「皆は左右に離れて動かないでね。私がいくよ」

 覚悟を決めた茉祐子。
 一歩二歩と黒恋に近づいていく。

「いや!? こないでよこだいでよこばいでよおお!?」

 泣き叫んでいる黒恋。
 茉祐子目掛けて放たれる黒い霊気。
 左上腕を斬り裂き、右頬からも血が垂れる。
 それでも、茉祐子はまた一歩と近づいた。

 黒恋が無意識に放っている霊圧。
 プレッシャーにより心が萎えそうな茉祐子。
 彼女は歯を食いしばって耐えている。

 彼女は、右脇腹、左脛に走った痛み。
 無視するかのように、一歩足を踏み出す。
 黒恋の眼前まで辿り着いた。

「な・なんで? そこまでする? 当たり所が悪かったら、死ぬかもしれないのに」

 驚愕と後悔の眼差し。
 茉祐子を見ている黒恋。

「友達だからだよ。友達だから、黒恋ちゃんが友達だから。大丈夫って信じてたから」

 茉祐子は、そう言うと優しく微笑んだ。
 そして黒恋を抱きしめる。
 彼女の抱擁を受けた黒恋。

 まるで堤防が決壊したかのようだ。
 大声を上げて泣き出す。
 その間、茉祐子は何か言う事はない。
 ただただ彼女の頭を優しく撫でていた。