231.写真-Photograph-
1991年1月1日(火)AM:7:22 中央区特殊能力研究所五階

 まだ少し寒い室内。
 椅子に座っている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。
 封筒の中の資料を取り出した。

 事件の概要が記された書類。
 資料の中に含まれていた数枚の写真。
 二枚目を見て、彼女の顔はしかめっ面になった。

「これは確かに酷いな」

 静かにそう溢した古川。
 そこに扉を開けて入室してきた少年。
 フードにファーの付いた、冬用の群青のコート。
 顔は少々不機嫌そうだ。

「元旦そうそう呼び出しとか、勘弁して欲しいんだけどな」

「悪いとは思ってるさ。だがどうせ一人で暇を持て余してたんだろうが?」

「それは去年までの話しだ。今年は柚香お手製のおせち料理にあり付ける筈なんだからな」

 不満げな顔で、古川に文句を言っている。
 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は、口を尖らせていた。

「そもそも、俺じゃなくてもいいだろうに?」

「彩耶と元魏は実家に戻ってるしな。正月休みで直ぐに捕まる戦力はお前しかいなかったんだよ。吹雪はまだコントロールが怪しいし。それにこの写真を見ても、まだそんな事が言えるのか?」

 古川が、七枚の写真を机の上に並べる。
 コートを羽織ったままの義彦。
 手袋を脱いで机の側まで移動した。
 机の写真に視線を向ける。
 写真を見た途端、厳しい眼差しになった。

「これは溶けたのか? しゃれになってないぞ」

「こんなもん吹雪に見せれないだろう。それに魔力、霊力、妖力いずれかわからんが、厄介過ぎる相手のようだからな」

 写真には、溶けたような爛れたような状態の人間。
 骨が露出していたり、内臓が零れたりしているものもある。

「この四枚の被害者は、一昨年手稲区誕生と同時に新設、配属された精霊庁手稲区部隊だ。表向きはここと同じで研究所名目だけどな」

「え? ちょっと待て? じゃぁ全滅したのか?」

「あぁ、ベテラン含む十六名。相手が何者か不明だが、おそらく端から全滅させるのが目的だったのだろうな。十名が死亡。六名も重症だ。重症の六名は、仮に一命を取り留めたとしても戦線復帰は絶望的だろう」

「しゃれになってないぞ。くそ。写真を見るに、酸のような溶解させる能力って事か?」

「たぶんな。私達は手稲区に赴いて犯人を可能ならば捕縛、もし難しいならば殺害する許可も出ている」

「随分判断がはやいな」

「そうでもないさ。この襲撃事件が五日前、その後に大老から直接私に連絡が来たのでな。緊急で手稲区への人員補充もするだろうが、すぐには正直無理だろうし」

「そうか。大老ってことは、【エレメントアイズ】としての指令か」

「そうだ。【漆黒の闇炎】」

「【虹色の六霊】からの指令って事か? 【真黒の攻言】」

「そうだな。しかし、お互いにその名で呼ぶのは久しぶりだ。なんだか違和感があるぞ」

 少し苦笑いになる古川。
 義彦も同じように苦笑した。

「そうだな。え? そういえば私達って言った? ちょっと待て? 私達って?」

「私と義彦の二人だ。なんだ? 私が一緒に行くのでは不満か?」

「え? いや、そんな事はないけどよ。むしろ俺が行く必要あるのかそっちの方が疑問だ」

「相手の能力がわからない以上、魔力しか使えない私では無力の可能性があるだろ?」

「そうか? そうなのかもしれんが? いや、魔力しかってのも語弊がないか?」

「語弊はないぞ。それでだ。この三枚が八日前に発見されたおそらく最初の被害者」

 写真に写されているのは、二人の人間らしきもの。

「まじか?」

 写真を見て、絶句する義彦。

「拷問か? いや、拷問なんて生易しいものじゃないかもしれない」

 目を背けたくて堪らない気持ちの義彦。
 だが、少しでも情報を得る為に写真を見続ける。

「こっちは女性か? これは一回で溶かしたのではない? 何度も何度も時間をかけて少しずつか?」

「私もそう思う」

「しかし、こっちは何だ? たぶん男か? 溶けたのとは違う。何でこんなに脹らんでいるんだ?」

「わからん。状態が状態だからな、身元は警察の方で確認中のはずだ。それでだ。手稲区部隊を直接襲ったのは一人かもしれない。しかし、おそらく単独犯ではなく、複数犯。最低二人はいると思ってる」

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1991年1月1日(火)AM:9:06 手稲区手稲駅前通

 人通りが疎らな中を歩いている二人。
 一人は灰色のダウンコートを見に纏っている。
 マフラーを首に巻いていた。

 少しぷっくりしている。
 それが、コート越しにもわかる体系だった。
 彼は黒髪リーゼントで一見ヤンキー風に見える。
 隣を歩く、似た顔付きの男に視線を向けた。

「畳兄、おもったりあっけなかったね」

 彼に話しかけられた男。
 黒のロングコートに、黒い高そうな革靴。
 ネクタイまでもが黒だというのがわかる。

 何処か厳しい目付きで、茶髪リーゼント。
 両手はポケットに突っ込んでいる。
 だが、がたいが良く、筋肉質のようだ。

「あぁ、そうだな。和口家と言えば、それなりに有名なはずなんだがな。だがどっちもすぐに根を上げた。もう少し頑張るかと思っていたが」

「体の方は年齢の割には中々だったけど」

 下種な笑みになる黒髪リーゼントの男。

「あ?」

「どうした? 間?」

「あれいいな」

「あれか。それじゃ黒いのは貰おうか」

「わかった」

 二人の視線の先。
 ポニーテールの女性とオールバックの男性。
 二人の間で手を繋いでいるサイドテールの少女。

 サイドテールの少女の反対側。
 ポニーテールの女性と手を繋いで歩いている少女。
 黒のフリルのついたドレスコート姿だ。
 全員黒髪黒眼で、お揃いのマフラーをしている。
 家族連れのように見える四人。

「何処かで見た事あるような? 確か稲済。男が一級魔刀師で女が一級魔拳師だったか?」

「ふーん? それ強いの?」

「さっきの二人とは比較にならんと思うぞ。もっともどっちも近距離型だからどーだろうな?」

「とりあえず下調べ?」

「あぁ、貰った資料に情報はあったはずだからな」

 そこで自分達に向かってくる二人組に気付く。

「これまた面白い」

「どうしたの?」

「後で説明する。とりあえず行こう」

「なんだかわからないけど、わかった」

 しばらくして、二人の男とすれ違った古川と義彦。
 古川は、ほんのかすかに鼻につく匂いを感じた。
 若干上の方が匂いが強い。
 だが、背後からもかすかに感じている。

「所長?」

「上か?」

 風の流れで背後にも漂ったのだろう。
 そう考えた古川。
 疑問の眼差しで、古川を見ている義彦。

「いくぞ」

「え? わかった」

 走り出す古川に追従する義彦。
 近くの路地に入った二人。
 建物の外に備え付けられている非常階段。
 何でもないかのように飛び移る。
 その後は一目散に屋上を目指した。

 二人が辿り着いた場所。
 白い雪の中に見える赤に塗れた塊。
 周辺にも飛びって赤く染め上げている。
 ゆっくりと近づいていく二人。
 写真で見たのと同じような光景が拡がっていた。

 そこにいるのはおそらく二人とも女性。
 手足の先は溶解して完全になくなっている。
 辛うじて原型をとどめている顔の表情。
 相当な苦悶と苦痛を、味わっていたと推測出来た。

「ぐっ? きっついな」

「義彦、悪いが私の名でここに連絡して、ここの惨状を伝えてくれ」

 古川にメモとテレフォンカードを渡された義彦。
 頷いて、屋上の縁に立った。
 そのまま躊躇なく飛び降りる。
 風の力を使い、雪を周囲に振り撒きながら着地。
 止まる事なく、即座に走り出した。

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1991年1月1日(火)PM:13:56 手稲区手稲特殊技術研究所五階

「まさか飯を共にする事もなく、ここに入る事になるなんて」

 古川の悲しげな呟き。
 義彦は曖昧に頷くしか出来なかった。
 二人は、手稲特殊技術研究所にいる。
 そこで提供された備蓄食料の缶詰を食べていた。

「それで?」

「あぁ、ここの事務に確認したところ、あの死亡した二人は、和口 七美奈(ワグチ ナミナ)と和口 八美奈(ワグチ ヤミナ)。フリーの魔刀師だな」

 渡された資料を見ながら、説明する古川。
 義彦は、缶詰の鯖の味噌煮を一つ口に入れた。

「最初に殺された二人のうち、女性の方の友人らしくて、協力を申し出たらしい」

「結末があれか」

「あぁ」

 何とも悲しげで空しい表情になる二人。

「闇雲に探しても見つかるわけでもない。後で警察の現場検証の結果を聞く。犯人特定にいたる証拠でもあればいいのだが」

「あるとすれば、指紋ぐらいかもな」

「あぁ、後な。禮愛から電話があった」

「禮愛さんから? 何で?」

「実家が手稲らしいぞ。それでだ。今日は泊めてくれるってさ。黒恋と禮那ちゃんに、是非会いに来てくれって事だ」

「何故俺に言う? そもそも実家って? 邪魔していいのかよ?」

「何でも禮愛の両親は、東京の本家に言ってていないらしい。だからいいんじゃないか? あ、仕事で来てる事は言ってないからな。そこは言うなよ。絶対にだ」

 義彦の瞳を見る古川。

「わかったか? 絶対にだぞ」

 再度念押しまでした。

「はいはい。わかりましたよ。事件が解決したら酒豪二人で、呑むつもりなんだな。それに禮愛さんは俺達が仕事だとわかったら、いろいろと気を使いそうだし」

「あぁ、私が仕事なのに、自分が休暇中なんて知ったら休みを返上しかねない」

「でも何て言うんだ?」

 義彦の問いに微笑む古川。

「適当にごまかすさ」