| 235.霧散-Disperse- |
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1991年1月1日(火)PM:16:55 手稲区藤村鉄工場一階 「そんなに怖い顔で睨むなよ? ぶるっちゃうじゃないか」 ニヤニヤした顔の藤村 間(フジムラ ケン)。 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)を見る。 黒恋の頭の先から足先までを、嘗め回すように見た。 稲済 禮那(イナズミ レナ)も同じように眺める。 黒恋と禮那は動けない。 鉄製の錠のついた鎖。 頭上にある金属製の柱に繋がれていた。 爪先立ちする程、きつくはない。 なので、少し手を動かす事は出来る。 震えて怯えた眼差しの禮那。 黒恋は敵愾心丸出しの眼差しだ。 「禮那、絶対助けるから」 「え? 黒恋ちゃん?」 「おいおい。その状態でどうやって助けるつもりなんだよ? お前の大事な刀はここにあるんだぞ」 馬鹿にするような表情の間。 「敵愾心まるだしな眼差しだけど、抵抗するつもりはないのかもな。勝てないって理解しているのかね? そうでなければ、車で暴れていただろうからな」 冷静に分析する藤村 畳(フジムラ チョウ)。 「そういえば、さっきの奴どーなったんだろうね?」 「あの速度で落とされたんだ。その上で間、お前のあれを喰らったんだからな。生きてたとしても五体満足ではあるまいさ」 「禮那、走ってね」 「え? でも? 私達」 「私を信じて」 禮那の返事は待たなかった。 体内に残されている闇の霊力。 振り絞って集める黒恋。 「おいおい? その状態でどうやってってえ? 鎖が? なんだ?」 宙空で刃状に形成された黒い霊力。 禮那と黒恋の鎖を断ち斬る。 即座に刀の元へ飛んだ黒恋。 刀を手に取ると、後ろに跳び退る。 自身と刀に残されている霊力を全開放。 禮那と自分の間に、黒い壁を作り出した。 更に、鞘の中の刀、その刃。 そこに残りの霊力を注ぎこむ。 直後、間の眼前に飛び込んだ。 即座に抜刀。 瞬時に刃と共に放たれる濃密な黒い霊力。 直後吹き飛ばれた黒恋。 畳の水に絡め取られた刃。 斬り裂く事は出来ていない水の壁。 霧散していく黒い霊力を纏っていた。 水の壁に、刃が減り込んでいる。 「間、危なかったな。しかし、こんなものなのか? 拍子抜けだ」 重い体で立ち上がる黒恋。 吹き飛ばされた黒恋に走りよる禮那。 「禮那・・なんで?」 「黒恋ちゃんを置いてなんていけないよ。いても足手纏いにしかならないかもしれないけど」 「全く。鎖もただじゃなのに」 「まだ在庫はあるけどさ。一応鎖はやめといた方がいいんじゃない?」 「そうだな。間、まかせた」 「はーい」 二人に向けられた間の手。 水が形成され、四本の蔓となる。 鎖を繋いでいた金属製の柱に纏わり突いた。 その後、黒恋に二本、禮那に二本向かっていく。 「え? 何? いやぁぁ」 「禮那・・く」 禮那と黒恋の手首に纏わりついた水の蔓。 辛うじて爪先立ち出来る高さ。 そこで持ち上げられた二人の体が止まった。 「さて、これから何をされるかわかるかな? 壊したものは弁償して貰わないとね。もちろん体でね」 嫌らしい微笑みで二人を見る間。 「畳兄、後で俺にもさせてくれるよね? 式神とかいうのなんでしょ?」 「どうだろうな? だが頸動脈部分を押さえて意識を失ったって事は、存在としては霊体かもしれんが、肉体としては人間と変わらないのかもしれないぞ。流れてるのは血液じゃなくて霊力かもしれないがな」 「なるほどー。楽しみだなー。それじゃまずは目を楽しませて貰わないとね」 禮那と黒恋に向けられた手。 左手は禮那に、右手は黒恋だ。 彼の両手から放たれた四発の水の弾。 二発は禮那の右肩と左脇腹に着弾。 残りの二発は、黒恋の左肩と右脇腹に着弾した。 「一体何?」 重い唇で、思わず溢した黒恋。 着弾しても、さしたる衝撃もない。 痛みさえもない事に訝しむ。 かすかに肌に触れているはずの着物。 その感触が、左肩と右脇腹から薄れた気がした。 「ネタ晴らしした方がいろいろと絶望してくれそうだから、そうしようかな」 「え? 絶望って?」 今にも泣き出しそうな禮那。 「ただ水を着物に含ませたわけじゃないんだよ?」 床に無造作に置かれている鉄骨。 水を無造作にぶつけた間。 鉄骨の上に付着しただけの水 禮那と黒恋は、彼の動作をじっと見ている。 二人の視線が注がれた鉄骨。 最初は何が起きているのか理解出来なかった。 徐々に鉄骨の、水が付着した部分が凹んでいく。 「え? 何? そんな? 穴が?」 驚愕の眼差しで、口を開けたままの禮那。 同じように驚きの眼差しの黒恋。 「何で? 何が? 徐々に? 陥没?」 溶けたんだというところまで、思考が進んだ。 そこで、黒恋は間を怒りの眼差しで睨み付けた。 「水の溶解度を操れる。実際どんな化学変化が起きてるのか? そもそも化学変化なのかさえ、わからないけど。そんな事は別にどうでもいいんだよね。さて佑一と禮愛だっけ? 禮那ちゃんの両親。何で助けに来ないと思う?」 「何?」 「えっ?」 怒りの形相の黒恋。 禮那は思考が追いつかない。 「この酸水を浴びせてあげたんだよね。こんな風にさ」 鉄骨の上に覆い被さる水の壁。 水の壁に覆われる。 すると即座に溶け始める鉄骨。 「き・きさまぁ!?」 歯を食いしばった黒恋。 重い体で詰め寄ろうとする。 「佑一の方はまともに喰らったからね。禮愛も五体満足ではないだろうな。運が良ければ一命は取り留めるかも」 馬鹿にしたような眼差しだ。 黒恋を挑発する間。 「ぎざまぁ? 絶対に許さない。ゆるざない!」 体を支えてるだけでも厳しい状態。 黒恋と禮那の足は徐々に震え始めている。 無理やり爪先立ちをさせられているのだ。 二人の足はずっと震えたままになる。 「え? 嘘? だよね?」 間の話しに理解が追いついた禮那。 そこで、絶望の眼差しに陥り始める。 魚が死んだような眼差し。 間を見ているが、見えてはいない。 「そういえば、畳兄の車に傷つけてくれたあれ。今頃、溶ける体に苦しんでるんだろうな」 「義彦?」 黒恋の呟きを目敏く聞いていた間。 「ヨシヒコって言うんだ?」 「私がもっと早く目覚めて・・・」 佑一と禮那を失った。 助けにきた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。 彼まで巻き込んでしまった事実。 黒恋の瞳からも光が失われ始める。 「ヨシヒコさんも死んだ?」 禮那の呟きにも、黒恋は答えれなかった。 変わりに答えたのは間。 「死んだんじゃないかな? 時速六十キロ近い車から振り落とされ、その上でこの水を浴びたんだからね」 「え? いやいやぁぁぁぁぁぁぁぁ。パパもママも死・・ん・だ。義彦さんも・・?」 徐々に着物が溶けている。 半裸になりつつある禮那と黒恋。 彼女達は、その事に気付く余裕もなかった。 「着物は下着はつけないって本当なんだね」 「あぁ、そうだな。しかし間よ。絶望させすぎじゃないのか?」 「うーん? でもきっと本番になれば泣き叫んでくれるんじゃないかな?」 「そうだな。それにたまにはこうゆうのもいいものだ」 柔らかそうな肌が露出し始めている。 溶けていく着物、半裸の二人。 間と畳は心底楽しそうに眺めていた。 「楽しむ前の余韻ってのは大事だね」 「そうだな。今後はこの方向性で行くのも悪くない」 「ところでさ。禮那ちゃんに黒恋ちゃん、着物が溶けてあられもない姿になって来ているけどいいのかな?」 ----------------------------------------- 1991年1月1日(火)PM:16:57 手稲区北五条手稲通 「あぁ、わかった。今向かっている」 Uターンした乗用車。 後部座席の古川 美咲(フルカワ ミサキ)。 左手で持っている札。 描かれている文字や図形が淡く点滅している。 運転席のスーツ姿の男。 何も言う事はない。 古川の指示に従って車を走らせていた。 「禮愛は意識不明の重体だ。佑一は苦しまなかっただけ良かったのかもしれない」 沈痛な面持ちで告げる古川。 「溶かす力に水の拳か。すまない、急いでくれ」 彼女の声に反応した、助手席のスーツ姿の男。 窓を開けて、着脱式赤色回転灯を装着する。 装着された着脱式赤色回転灯。 その事を横目で確認した運転手。 アクセルを踏み込み、更に速度を上げる。 「だが大丈夫なのか? それならいいのだが?」 彼女は何処か心配そうな声音だった。 「私もすぐ到着する。無茶はするなよ」 唇を噛み締める古川。 「私がもっと早く血を止めていれば」 気遣わしげに古川を見たスーツの二人。 しかし、彼らには掛けるべき言葉が見つからない。 ただただ、無表情を装っていた。 けたたましく鳴り響くサイレンの音。 それだけが、静寂が支配する車内を切り裂くだけだ。 |