| 241.爛痕-Keloid- |
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1991年7月14日(日)AM:11:36 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号 「黒恋か。過去に捕われているのは俺も同じだ。そんな俺に何が言えるっていうんだ」 ベッドに寝転がる三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。 握り締めた拳のまま、自虐的に口元を歪めた。 そこへ突如鳴ったインターホン。 「誰だ? 茉祐子なら鍵を借りてるそうだから、勝手に入ってくるだろうしな。吹雪か?」 独り言を溢して立ち上がった。 受話器を取り、訪問者に答える。 「誰だ?」 訪問者は、全く予想もしていない人物だった。 答えるのも忘れている。 驚きの表情になっている義彦。 苦笑しているらしい相手の声。 思い出したかのように反応を返す。 「いま、開けます」 義彦は、玄関の鍵を開錠し扉を開ける。 そこに立っていたのは、稲済 禮愛(イナズミ レア)。 黒いスカートに灰色のブラウス姿。 黒髪のポニーテールで、左側の前髪を伸ばしている。 顔を隠す為だが、隙間から皮膚の爛れた痕がわかった。 「お久しぶりね」 「はい。退院したとは聞いてましたが。手と足は?」 「その辺も含めて話しがあるの。お邪魔してもいいかな?」 「あぁはい。どうぞ」 義彦は、彼女を部屋に招きいれた。 椅子に座った禮愛。 「コーヒーと紅茶がありますが、どちらがいいですか?」 「紅茶もらおうかな? でもどうしたの? そんな他人行儀で?」 苦笑している禮愛。 「あぁ、いや。まぁ、いろいろありましたからね」 「どう接していいかわからないってところかな?」 「まぁ、そんなところですかね」 ティーカップに、ティーパックを入れた義彦。 電気ポッドからお湯を注ぎながら答える。 紅茶を二つ入れた後、テーブルに置いた。 一つを禮愛の前、もう一つは向かい合う椅子の前だ。 禮愛と向かい合うように椅子に座った義彦。 紅茶を一口飲んだ。 「禮愛さん、退院おめでとうございます。禮那ちゃんには?」 「この手と足を装着してからはまだ会ってないんだ」 「実の娘なのに? いや、装着?」 「そうなんだけどね。そうよ。装着」 何か口篭るような彼女。 義彦は理由がわからず首を傾げる。 「この手足はね。義手と義足。朝霧さんが提供してくれたの。まだ試作品らしいし、使い慣れてないから、力の加減もまだうまくいかないんだけどね」 右手でティーカップを持つ禮愛。 「禮那は私が目覚めた事は知っているけど、今日ここに来ている事も知らない。お義父さんとお義母さんはね。私が退院するまで目覚めた事はあえて伏せてたみたいなんだ。実際何度も危なかったらしいから、無駄に希望を持たせたくなかったのかもね」 俯いて言葉を紡ぐ禮愛。 義彦は、時折紅茶を飲んでいる。 ただ聞いているだけだ。 「佑一さんはね。私の目の前で、負傷した私を庇って死んだわ」 悲しさと悔しさと憎しみ。 瞳が徐々にに彩られていく。 「私はあいつらを許せない。それと同じくらいに、自分を許せない。復讐は何も生み出さないかもしれないし、復讐したって佑一さんは戻ってこない。そんな事はわかっている」 掛ける言葉も見つからない義彦。 ただただ耳を傾けるだけだ。 「だからね。復讐心に凝り固まっているままの私が、娘と、禮那と二人だけの時間を過ごしていいのかなって今でも思っているの。今日は本当は、二人だけで会う予定なんだけどね。怖いんだ。だから、義彦君、一緒に来てくれないかな? あの娘もたぶん会いたいと思うしね。ここに来てから一度も、まともに話しをしていないって聞いたわ」 彼女の言葉に、少し考え込む義彦。 「わかった。ただし、大丈夫だと俺が感じたら二人だけにして抜ける」 頼りなさげな表情。 それでも微笑んだ禮愛。 「それでいいわ。ありがとう」 ----------------------------------------- 1991年7月14日(日)AM:11:47 中央区精霊学園札幌校西通 「やっぱり広いよね」 「うん、そうだね。大分慣れたけどさ」 「うん、私も」 黒と白のボーダーのシャツ。 グリーンジーンズの桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。 隣の中里 愛菜(ナカサト マナ)。 彼女はフレアスカートにデニムシャツ。 二人並んで歩いている。 「不思議だよね」 「うん?」 愛菜の言葉に、少し首を傾げた悠斗。 「だってさ。小さい頃、村にいた頃は皆遠巻きに見てただけで、私と普通に接してくれるのはゆーと君だけだった。パパとママですら、まるで腫れ物を扱うみたいに私にもゆーと君にも冷たかった。でも今は違う。ううん、あの出来事の後、札幌に引っ越してからは違った。学校の皆は普通に接してくれてたし、パパとママも少しずつだけど、私やゆーと君への態度が軟化していった」 「確かにそうかもしれない。あの頃とは違って何もかも良い方向に変化したのかもしれない」 「本当、ゆーと君が側にいてくれた事感謝してるんだよ」 悠斗の前に立ち、真っ直ぐ見つめる愛菜。 「ゆーと君だけが、私をただの女の子として見てくれていた」 「それは僕だって同じさ。捨て子で余所者だった僕と普通に接してくれたのは、愛菜と先生だけだった」 お互いに微笑み会う二人。 突如、顔を違う方向に向けた悠斗。 「あの娘は」 悠斗の視線にも気付かない。 早足で歩いていくのは黒恋。 「ゆーと君、どうしたの?」 突然、違う方向を向いた悠斗。 首を傾げている愛菜。 「あぁ、いや。前に義彦をじっと見ていた娘だなって思ってね」 「そうなんだ? 何で見てたんだろうね?」 「さぁね? 義彦も色々とありそうだからな」 「そうだね。いろいろありそう」 「そう言えばさ。昨日ルラちゃん達にあの後説明したんだよね?」 「うん、ご飯の後ゆーと君が部屋に戻ってから説明したよ。でも、理解してくれたのかな? たぶんしてないと思うな」 「そうなんだ?」 苦笑いの悠斗と愛菜。 「ねぇ、ゆーと君。ゆーと君もやっぱり――」 「ん? 何?」 昨日の事を思い出した悠斗。 若干顔を火照らせている。 愛菜も、思わず言おうとした言葉。 その事に顔を真っ赤にしていた。 「や・やっぱり、な・なんでもない」 ----------------------------------------- 1991年7月14日(日)AM:11:53 中央区精霊学園札幌校時計塔五階 FAXで届いた報告。 一人目を通している。 ラフな格好の古川 美咲(フルカワ ミサキ)。 コーヒーを一口飲み、首を回した。 「頭の痛い報告だな。まさか過去に捕らえていた者達が、収監されていなかった可能性があるなんて。もし事実だったとすれば、大問題に発展するだろうし」 そう溢した彼女。 深い溜息を付いた。 突如脳内に聞こえてくる声。 特に驚く事もない。 彼女は心の中で相手に答える。 『どうした? まだ慣れていない精神感応で呼び掛けて来るって事は緊急事態か?』 『はい。侵入者です。正面に複数。西通上空に三、一つは南へ。二つは北へ移動開始です』 『何? 馬鹿な? 結界を突破したという事か? どうやったんだ? ともかく制御室へ急げ。遠隔で防御フィールドを展開は出来るか?』 『少し時間かかりますが可能』 『頼む。後はヘッドフォンで指示を出す』 『はい』 机の横に掛けてあるヘッドフォン。 手に取り装着した古川。 窓際に設置してある学園内放送用マイク。 躊躇う事なくオンにした。 「こちらは理事長。理事長の古川だ。緊急放送だが、慌てず騒がず聞いてくれ。不審者が園内に侵入した疑いがある。現在寮部屋にいる生徒は、玄関は必ず施錠した上で、別途指示があるまで外に出ないように。また学園敷地内で外に出ている学生は、至急近くの建物に入り、先生又は職員の指示に従ってくれ」 古川が放送している。 その最中に扉を開けてはいってきた。 ファビオ・ベナビデス・クルスだ。 彼女の放送が終わるまで待っている。 二人は言葉を交わす事もない。 視線を交錯させただけで走り出す二人。 古川は、ファビオと併走しながら指示を出す。 「ファビオ、正面玄関から複数と、西通に三だ。私は直ぐ側の西通に急行する。全体の指示は任せた」 「馬鹿な? 結界を突破したんですか?」 心底驚いた顔のファビオ。 「あぁ、そのようだ。どうやったかはわからんが、詮索は後だ」 「わかりました。至急制御室へ向かいます」 「頼んだぞ」 古川は、一階でファビオと分かれた。 西通を南に向かって走る。 そして彼女が目にした光景。 予想外の人物達が激闘を繰り広げていたのだ。 |