244.不敵-Fearless-
1991年7月14日(日)PM:12:08 中央区精霊学園札幌校北中通

 まともに相手にすらならなかった。
 その事に悔しそうに口を噤んでいる土御門 深春(ツチミカド ミハル)。
 彼女の表情を見た二人。
 土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)と土御門 茅秋(ツチミカド チアキ)は苦笑した。

「深春姉様、立てますか?」

 乙夏の慮るような言葉。
 立ち上がろうとする深春。
 しかし、余りの痛みに彼女は顔を顰める。

「乙夏姉様、無理そうだよ」

「そうですね。手間の掛かる姉なんだから全く」

 彼女の左側へ乙夏が、右側へ茅秋が移動する。
 深春が手に持っていた刀。
 茅秋があっさり奪い取った。

 鞘を彼女の腰から抜いた乙夏。
 茅秋は彼女から鞘受け取る。
 刀を鞘に戻した茅秋。
 自分の右腰に差した。

「それじゃ、茅秋行くよ。あ、左手骨折してるかもしれない」

 深春の左手を肩に掛ける。
 その為に触れた乙夏。
 触れた直後に、深春の顔が変化する。
 その事に目敏く気付いたのだ。

「運ぶのは難しいかも。どうしよう?」

「乙夏姉様、あれ」

 突然の茅秋の声。
 彼女が指を指した方向を見た乙夏。
 片手で担架を持っている黒神 元魅(クロカミ モトミ)。
 刀を握り締めて赤石 麻耶(アカイシ マヤ)が見えた。
 麻耶はヘッドフォンもしている。

「春季は?」

 三人の近くに到着した途端、麻耶が問い掛けた。
 元魅は、担架を深春の側に下ろす。
 麻耶の言葉を気にする事もない。
 即座に深春を触診し始めている。

「競技場の方へ行きました」

 痛みで顔を顰めている深春。
 彼女の変わりに答えた乙夏。

「元魅、深春の怪我は?」

「この程度の怪我で済んだのが奇跡ね。乙夏ちゃん、担架に載せるの手伝ってくれるかな」

「はい、わかりました」

「茅秋ちゃん、一応担架押さえててね」

「うん」

 元魅の指示に動き出す二人。

「元魅、治療は任せた」

「了解。麻耶、そっちは任せた」

「わかってる」

 短い二人の遣り取りを、三人は黙って聞いていた。
 一度強く刀の柄を握り締めた麻耶。
 その後、彼女は振り向く事無く競技場へ向かった。

 見送りつつ、痛みで顔を顰める深春を担架に載せる。
 載せた後は、元魅が前、乙夏と茅秋が後を持ち上げた。
 ゆっくりと運び始めた三人。
 運ばれていく深春。
 その間、先程の男の事を考えていた。

 彼女は一番近い第一研究所。
 そこの医務室へ運ばれた。
 本来は元魅の担当する場所ではない。
 彼女はここが今現在無人なのを知っていた。
 その為、勝手に運んだのだ。
 準備してあった備品で深春の手当てを始める。

「あの男は一体?」

 上半身裸で、元魅の治療を受ける深春。
 麻耶と元魅の何処か不可思議な態度。
 かなりやっかいそうな相手だと感じとっていた。
 だからこその質問だ。

 乙夏と茅秋は、元魅の指示で処置を手伝っている。
 その表情は深春と同じだ。
 興味があるように見える。

「春季の言葉が正しければ、黒命冠 九十九(コクメイカン ツヅラ)という名前よ」

「誰だろう? そんな人聞いた事無いけど?」

 元魅の言葉に、首を傾げる深春。
 乙夏と茅秋も同様の表情だ。

「かつて【左緑眼の豪鬼】と呼ばれていた男。あなた達の両親二人が、十年程前に何とか倒した一級危険種扱いの男ね。生きている可能性はあったけど、まさかここに現れるなんて」

「一級危険種扱い!?」

 驚愕の表情の深春。

「殺されなかったのが奇跡なんじゃないんですか!?」

 茅秋は若干青褪めた表情だ。

「お父さんとお母さんの二人で何とか倒した!?」

 絶句して、乙夏はその後の言葉を続けれなかった。

-----------------------------------------

1991年7月14日(日)PM:12:08 中央区精霊学園札幌校東通

 続々と侵入しようとする植物体。
 三十本の氷の剣で応戦する山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。
 巨大な植物の蔓までもが動き出す。
 参戦しようと近づいてくるのだ。

 蔓に突き刺さった氷の剣。
 貫通させる事が出来なかった。
 その為、引き抜いた上で再び操作している。

 咄嗟に背後に飛んだ惠理香。
 音から、何かが地面に衝突したのが判断出来る。
 問題は、衝突したのが何なのかだ。

「あれ? 外したや」

「じゃ、次、俺な」

 声の先、学園外壁の上。
 そこに視線を向けた惠理香。
 顔ははっきりとわからない。
 だが、二人の少年が立っているのがわかった。

 直後、道路の側溝の隙間と外堀。
 そこから吹き出した大量の水。
 惠理香は、嫌な予感に即座に対処する。

≪ソード オブ フレイム モード ワン エクスカリバー≫

 彼女の眼前に現れる炎の剣。
 両手で柄を持ち、水を薙ぎ払うように奮う。
 瞬時に蒸発していく大量の水。

 更に、巨大な植物の蔓目掛けて振り下ろした。
 射程距離十メートルの炎の斬撃。
 瞬時に植物体と巨大な植物の蔓を炭化させていく。

 壁の上から、下を見下ろしているの二人の少年。
 眼下の光景を楽しそうに見ている。
 その証拠に、二人の口元は愉悦を感じて笑っていた。

「すげーな」

「あぁ、あの先生を壊すの楽しそう」

-----------------------------------------

1991年7月14日(日)PM:12:10 中央区精霊学園札幌校東中通

「しかし、まさか君だったなんてね」

「その割には驚いてないようだが?」

「もちろん生きている可能性は考えてたさ。しかし、君がいるって事はもしかして相方もいるって事かな?」

「さて、どうだろうな?」

 不敵な笑みを浮かべている男。
 土御門 春季(ツチミカド ハルキ)は常に警戒している。
 先頭を歩いている春季。
 北側出入口から競技場の中に入っていく。

「十年前に一緒にいた女は? 確かお前の妻だったか? よもや死んではいまいな?」

 至極真面目な顔で問いかける黒命冠 九十九(コクメイカン ツヅラ)。
 彼の表情に、苦笑いの春季。

「ちゃんと生きてるよ。今日は出かけててここにはいない」

「そうか。それは残念だな。春己の爺様もいないんだったか?」

「そうだけど、何故知っているのかな?」

 訝しげな眼差しになる春季。

「俺の依頼主がそんな事を言ってた気がする。爺様の式神達と遊びに行くとかなんとか? お前の奥さん、小夜莉だっけか? 彼女も一緒にって聞かされた気もする」

「依頼主は誰かな?」

 九十九の話を聞き、詰問調になる春季。
 しかし、九十九は意にも介していない。

「俺を倒せたら教えてやるよ」

「そりゃまた難しい注文してくれるね」

 手に持つ鎗を回転させる春季。
 彼の表情には一切余裕が無い。
 最後に鎗を逆手に持ち替えた。

 九十九も、手に持っている金砕棒を回転させる。
 その上で、握りを確かめるように持ち直した。
 彼は心底楽しそうに、口元を歪める。

「それじゃ、精々俺を楽しませてくれよ」

 同時に前に踏み出した二人。
 右手で鎗の後端ぎりぎりを持った春季。
 最大射程範囲直前で横薙ぎに振った。
 九十九は、金砕棒で弾く。

 弾かれた勢いを利用した春季。
 瞬時に一回転した。
 九十九に、逆側から迫る鎗の穂先。
 しかし、彼はあっさりと金砕棒で弾いた。

「そんなのは温いぞ!? ウォーミングアップにしても、温すぎる!!」

 二連撃をあっさりと弾かれた春季。
 その顔は非常に真剣だ。
 対して、九十九は余裕の表情。
 微笑さえ浮かべている。

「だよね。そう簡単には、倒せないよね」

 再び打ち合い始める二人。
 金属と金属がぶつかり合う音が響く。
 楽しそうな表情の九十九。
 春季は、額から汗を流し始めている。

 鎗の連撃を幾度も繰り出す春季。
 しかし、その悉くが弾かれている。
 九十九は本気を出していない。
 その事は、春季も理解していた。

 徐々に加速していく二人の攻撃。
 幾度もぶつかり合い、火花が散っている。
 武器の間合は春季の方が有利だ。
 にも関わらず、彼は攻めあぐねていた。