248.無駄-Useless-
1991年7月14日(日)PM:12:30 中央区精霊学園札幌校東通

「でも、日本語にも慣れないと駄目ですわ」

 囁くようなアイラ・セシル・ブリザードの言葉。
 誰にも聞こえていない。

「すげぇ」

 厚さ四メートルはあろうかという氷の棺。
 見事にに閉じ込められた遠崎 正也(トオザキ マサヤ)と西崎 佑一(ニシザキ ユウイチ)。
 何かを口に出しているようだ。
 だが、氷に阻まれ聞こえない。

 敷地内に侵入した植物体。
 殲滅し終えたエレアノーラ・ティッタリントン。
 アイラの隣に立った。

「アイラさ・・アイラ、あれがもしかして?」

「おそらくですわね。話しだけは聞いていましたが。さしずめパグコビルとパブコビルとでも言うべきでしょうか?」

「グとブの違いは一体?」

「スパクルのカラーですわ」

「アイラさん、あれは一体?」

 状況についていけない四人。
 その中で一番最初に正気に戻った沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。

「一体何が?」

「あの二人は、どうやって入手したのかは定かではありませんが、人ではない力をその身に宿したようです。あなた方の近くで言えば、三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と同種の力を人口的に取り込んだという事ですわ。そして彼等二人は間違いなく、力に取り込まれてしまうでしょう」

「そんな事が可能なんですか?」

「可能不可能で言えば可能なようです。私は報告でしか知りませんけどね。最も成功率は二十パーセントを下回るそうですが。しかし彼等から感じる力は、かつて遭遇したパレコビルに比べれば格段に低いです。なので全く同じものではないかもしれません」

 そこでヘッドセットの相手と何か言葉を交わし始めたアイラ。

「仮判定が出来ましたわ。暫定二級危険種と判定。最悪殺害も止む無しだそうです。ただ、出来れば情報を取得する為に、生存したまま捕縛して欲しいですって」

 アイラの言葉に唖然とする正嗣と有紀。

「殺害ってここは日本だぞ?」

「ええ、わかっていますわ。それでもこんな非現実な世界です。殺さざるを得ない事もあるのですよ。そしてその為のライセンス、資格も存在しますわ。私とエレアノーラ、クラリッサはその資格を持っております。もっとも突発事態なので、後処理が面倒なのも含めて、出来れば私達も執行したくはありませんが」

 遠崎と西崎を覆っていた氷。
 徐々に亀裂が入り始めた。
 音に目敏く気付いたアイラとエレアノーラ。
 正面玄関を封鎖した氷の棺。
 気付けば、徐々に敷地内に移動し始めている。

「アイラ、戻りました」

 いつの間にか現れたクラリッサ・ティッタリントン。
 エレアノーラとは反対側に並んだ。
 破壊音とともに砕け散る氷。
 その瞬間に、軽く手を振りかざしたアイラ。
 周囲が濃い水蒸気に覆われていく。

「エレアノーラは、植物体の殲滅。クラリッサはパグコビル、グリーンの方を任せます。捕縛予定ですが殺害も止む無し。判断は任せます」

 アイラの言葉に同意の返事を返す二人。
 水蒸気で視界が塞がれている。
 その中、三人はそれぞれ行動を開始した。

 視界を確保出来ず、水蒸気でしっとりし始めている。
 動けないでいる二人。
 ミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 河村 正嗣(カワムラ マサツグ)と有紀も、その場を動かない。
 じっと水蒸気で覆われた空間を見つめていた。  何かが水蒸気の中で激しく動き回っている。
 二人にわかるのは、それだけだ。
 影の動きだけを見れば、近接戦闘をしているように見える。

 そして、しばらくして水蒸気が晴れた。
 その後、彼ら四人の視界に入った光景。
 再び、氷の棺に閉じ込められている遠崎と西崎。
 意識を喪失しているらしい。

 クラリッサは、氷の棺の上で女の子座りをしていた。
 杖を握り微笑んでいる。
 アイラは優雅に、氷の棺の上に立っていた。

「思ったよりもあっけなかったですわね。力に慣れていないというのもあったでしょうが、そもそもの個体戦闘力が余り高くは無かった為、扱いきれなかったのでしょう。どうやらエレアノーラは氷を飛び越えて奥に進んだようですね」

 アイラとクラリッサが、遠崎と西崎を圧倒。
 氷に棺に閉じ込めた。
 その頃、エレアノーラは、氷の塊を押していた植物体を殲滅。
 植物体の発生源を求めて直進していた。
 そして、辿り着いた先。
 発生源を視界に納めていた。

 巨大な片刃の剣、サンクトゥムグライ。
 重さなど感じさせないかのように振り回している。
 何でもないかのように植物体を薙ぎ払い続けていく。
 そこには、巨大な茎からいくつもの蔓を伸ばしている花。
 花弁が紫と黒で、交互に色分けされている。

 あらかたの植物体を殲滅したエレアノーラ。
 一直線に発生源の花に突き進む。
 後一歩というところで、彼女は後方に身を翻した。

 刹那、彼女がいた場所に走った斬撃。
 即座に追撃してきた。
 互いの獲物で打ち合う二人。
 どちらも決定的な一撃を与える事は出来なかった。
 同時に後退し、距離をとる。

「強い。お侍さんなのかな?」

「侍などと高尚なものではござらん。落武者がいいところ。女剣士殿」

 エレアノーラに答えるように、言葉を発した相手。
 深編み笠で顔を隠しており、灰色の着物の着流している。
 しかし、その手に持つ刀からは禍々しい力が迸っていた。

「某は、百子兼光村正 実光(モモジカネミツムラマサ サネミツ)作が一刀。刀名は兼光村正黒(カネミツムラマサコク)、姓名としては兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)を名乗らせて頂いている。お主のような手練に不意打ちは無意味でござったな。名を名乗ってはもらえぬか?」

「私は聖女騎士団所属、エレアノーラ・ティッタリントン」

 お互い、獲物を構えなおした。
 徐々に新しい植物体が育まれていく。
 巨大な蔓も再生していた。

 エレアノーラは、気付いている。
 視界の端にその光景を収めていた。
 しかし、正面に立つ黒の存在。
 彼がいるために、動く事が出来ない。

「黒、予定変更。手足ぐらいはもいでもいいけど、生かしといてね」

 震えるような空気が支配する空間。
 聞こえてた場違いな声。
 発生源の裏側から歩いてくる。
 黒の背後まで進んだ声の主。
 彼と手を繋いでいる少女。

 黒いフレームの眼鏡に、半袖のポロシャツ。
 ジーパン姿の山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)。
 黒紫色の肌で、人間の肌には見えない。
 ところどころが黄色の斑点模様だ。

 黒色地に花模様の小袖。
 二本の刀を腰に差している闇 花(ヤミ ハナ)。
 彼女はあいかわらず人形のよう。
 感情が存在しないのではないかと思うほど無表情。

「どうしたのかな? はやくしないとまたこいつらが、学園に侵攻するよ? もっとも黒を先に倒さないと駄目だろうけどね」

 陰湿に微笑む山本。

「もっとも君一人でここまで来たのは無謀としか言い様がないと思うよ」

 山本の言葉に言い返そうと思ったエレアノーラ。
 しかし、別の言葉が口を出た。

「あなたも人間をやめたのですね。そこまでさせた理由はわかりませんが哀れですね」

 哀れみの言葉を掛けられた山本。
 一瞬唖然とした後激昂した。

「哀れだと? なんで哀れだなんて言える? 俺は純愛を貫く為なら何だってする。邪魔するあいつ等を黙らせる為だ。人間だって捨ててやった! なんで何処か哀れなんだ? なんで哀れだなんて言える? ふざけるな? 俺は哀れなんかじゃないぞ!!」

「人間を捨てるという選択をする程、追い詰められた。それを哀れと言わないなら何と言うのでしょうね? 私には哀れとしか思えません。あなたがどうお考えになるかは知りませんがね。山本氏、何があなたにそこまでさせたのかはわかりません。あなたの事を私はほとんど知りません。なので、哀れに思いますが、それだけです。ゆえに全力で止めるです」

 口元を怒りで振るわせる山本。
 何か言おうとするが中々言葉が出てこない。
 しかし突如、全く違う事を口にした。

「へぇ? それが学園の制服なのか? いいねぇ。制服を着た伽耶さんを嗅ぎたいよ。触りたいよ。嘗め回したいよ。制服を切り裂いて愛を確かめ合いたいよ。でも、その前に君は前菜にしてあげる」

「三井さんの言うとおり、話しても無駄なのですね。何故あなたのような実力者が、あのいかれた男に従っているのかはわかりませんが、全力でお相手します」

「一つだけ訂正する。某は、あの男に従っているわけではない。ただ・・いや何でもござらん。いざ尋常に勝負」