250.切断-Cutting-
1991年7月14日(日)PM:12:00 中央区精霊学園札幌校西通

 爆炎に包まれた藤村 畳(フジムラ チョウ)。

「三人とも見たところ大きな怪我はなさそうだな」

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)の言葉に三人は頷く。

「容赦無しかよ? くそが」

 炎に包まれている畳。
 何事も無かったかのように、歩いてきた。

「どうなってるの? ただの人間のはず?」

 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)は驚きの表情だ。
 思わず声に出してしまった。

「あの水の鎧を何とかしなきゃ駄目ってことなのかも?」

 案外冷静に分析する桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
 中里 愛菜(ナカサト マナ)は素直に頷く。
 ふと気付いた時には、畳は四人の眼前に迫っていた。
 即座に反応する黒恋と古川。
 左側からの黒恋の斬撃と、正面からの古川の拳。

≪斥圧≫

 拳が畳の水の鎧に触れる。
 その瞬間に言霊を唱えた古川。
 一瞬水の壁に波紋が出来る。
 斥力が拡がるが瞬時に静まった。
 黒恋の刀での一撃。
 彼の水の鎧を突破する事が出来ない。

 悠斗は愛菜の手を握り、走り出していた。
 その為、背後の状況が見えていない。
 驚きの眼差しの古川、しかし即座に冷静さを取り戻す。
 黒恋を抱きかかえて、距離を取った。

 突然の悪寒に襲われる四人。
 その一瞬が動きを僅かに止める。
 悠斗と愛菜のすぐ背後まで移動していた畳。
 二人を挟み込むように、水の鎧を纏った両手が振られる。
 まるで鋏が閉じられるようだ。

 畳を止めようと走り出す古川。
 彼女の手からおろされた黒恋。
 愛菜を突き飛ばそうとした悠斗。
 しかし、畳の攻撃はそこに現れた五人目に止められた。

「目的を忘れてもらっては困るのだけど? わかってるかな?」

 まるでなんてことないように、畳の攻撃を止めた人物。
 素手で軽く触れているだけだ。
 彼女の登場に、古川は絶望的表情になる。

「黒命冠 科出(コクメイカン シナデ)・・・。いや一級危険種【黎明なる血鬼】・・・。やはり生きていたのか」

「お久しぶりね? 古川さん」

「さっきの悪寒でそんな気はしたけどな」

「そう? 私もまだまだ捨てたもんじゃないってことかな? それで、あなたのお相手するのもやぶさかではないのよ。でもその前に」

 冷酷な眼差しで畳を見る科出。

「畳君。あなた方に頼んだ仕事は何かな?」

 彼女の言葉に、水の鎧越しでも畳が怯えているのがわかる。

「な・中里・・の無傷での捕獲と邪魔者の排除・・です」

「わかってるならいいわよ。でも、次はないと思いなさい」

 何処にでもいそうな普通の服装の科出。
 しかし、彼女が発している無言の重圧。
 悠斗、愛菜だけでなく黒恋をも怯えさせている。

「古川さんの相手は私がするから。あなたは中里さんを丁重に攫いなさいな。くれぐれも丁寧にね。かすり傷でもつけようものなら、どうなるかわかってるわね?」

 彼女の言葉が終わる。
 同時に古川の眼前に移動していた科出。
 古川は、彼女の攻撃により斜め後ろに吹き飛ばされた。
 吹き飛ばされながら、彼女の叫びが聞こえる。
 科出の足止めは必ずする、だから何とか畳を倒してくれ、と。

 科出が少し離れた。
 その事で、完全ではないにせよ重圧から開放された。
 安堵の表情になるのも一瞬、睨み合う黒恋と畳。

「倒したいのは私も同意見なんだけどね。今の私では決定力不足にかける。あの水の鎧を何とかしないと・・・あれをする? でもいまのままじゃ・・」
 自嘲気味に呟く黒恋。

「あの水の鎧を何とか出来れば倒せるんですね?」

 微かに聞こえていた黒恋の声に、悠斗が答えた。
 しばし躊躇した後、黒恋は頷く。

「たぶん可能」

「おとなしく中里ってそっちの娘渡してくれや? そうすれば、嬲り殺しぐらいですませてやるぞ?」

「どっちもお断りだ」

 悠斗は畳を睨みながら、赤石 麻耶(アカイシ マヤ)。
 彼女との会話を思い出していた。
 二日前の測定の結果についてだ。
 自身に宿る霊力とは別の力について判明した事。

 己の中に存在する別の力。
 悠斗自身、把握出来ているわけではない。
 しかし、どうやら無意識化で使い分けているようだ。
 麻耶の話しを聞いて納得してしまった。

「あいつの動きに僕が反応出来ればですけど、あの水の鎧は何とか出来ます」

「わかった。後はタイミングって感じね」

「ちょっとの間でも、動きを止める事が出来ればいいんだけど」

「ゆーと君、それとえっと・・」

「黒恋」

「コクレンちゃん? で言いのかな? 私は愛菜。それでちょっとの間なら動き止めれるかも。ただ実行するのに少し時間かかるけど」

「そう言えば、お互い名前知らなかったな。僕は悠斗。愛菜、危険だぞ?」

「うん、わかってる。でも何もしないでいるなんてやだよ」

 愛菜は真剣な眼差しだ。
 わかったと言うように頷いた悠斗。
 その後いくつか会話をした三人。

「そろそろ命を散らす相談は終わったかよ?」

 三人の会話が終わったと見た畳。
 彼はニヤニヤしている。
 三人の相談が終わるのを待っていたのだ。

「そのにやけた顔をすぐに後悔に変えてやる」

 言い終わると一気に疾駆した黒恋。
 畳の左側に回り、刀を振りぬく。

「学習能力無いのかよ? 効かないってのに」

 余裕の表情の畳は、動く事すらしない。
 先程と同様に、彼女の刀撃は水の鎧に歯が立たない。
 後ろに飛んで、畳の攻撃を躱す黒恋。

 そこに、畳の右側に回りこんでいた悠斗。
 彼の左拳が打ち込まれる。
 悠斗に水の鎧を破壊された。
 その事については、警戒しているようだ。
 畳は彼の拳を防ぐのではなく、躱した。
 更に追撃する悠斗。

 畳の背後からの黒恋の刀撃。
 ここで畳の注意が一瞬前後に分断された。
 畳の頭に炸裂する黒恋の一撃。
 またしても水の鎧を打ち破る事は出来ない。

 しかし、彼女の目的は別だ。
 水の鎧の表面、顔の部分を覆った黒い霊気。
 畳の視界を完全に塞ぐ。

「んな? 前が見えねぇ?」

 刀を打ち込んだ反動を利用。
 悠斗の後方に着地した黒恋。
 右の拳を途中で停止させた悠斗。
 左手で畳の腹部に、拳を打ち込んだ。
 衝突と同時に、彼の腹部の水の鎧が弾ける。
 即座に横に飛んだ悠斗。

 体勢を低くし、準備をしていた黒恋。
 平突きで突進する。
 黒い霊気を纏っている彼女。
 まるで巨大な鎗の穂先だ。

 腹部の水の鎧を修復する間もない。
 彼女の一撃をまともに喰らった畳。
 切っ先が臍の上に突き刺さり、皮膚を貫通。
 更にに内側に進んでいく。

 肝臓と胃の一部を削り取り、背骨をも粉砕。
 背中の皮を突き破る。
 はばきの部分までもが彼の体に減り込んだ。

 内側から畳の体に入った黒恋の霊気。
 他の内臓等の重要器官にも被害を及ぼす。
 腹部に大穴を明けて後方へ吹き飛ばされる畳。

 ほんの刹那の間に起きた出来事。
 しかし、その僅かな間に畳が受けた一撃。
 普通の人間ならば間違いなく致命傷。

 はるか後方まで飛んでいった畳。
 突進力のまま突き進み、悠斗達と少し離れた黒恋。
 彼女は、枯渇気味の状態で霊力を使用。
 その為、片膝をつき呼吸も乱れていた。

「ちょっと使っただけで、はぁはぁ・・この様なんてね」

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1991年7月14日(日)PM:12:26 中央区精霊学園札幌校北通

 藤村 間(フジムラ ケン)の右手は黒い水の膜で覆われている。
 稲済 禮愛(イナズミ レア)の黒風を無理やり握り潰した形だ。
 徐々に表面が溶けていく。
 溶けていくにも関わらず、禮愛は痛みで悶える事もない。

「・・・な・・ん・・で・・さ・・け・・?」

 出血する事もない。
 肘より少し先の部分から、二つに分かれた禮愛の手。
 中は空洞になっていた。

 分かれた瞬間に圧縮されていた霊力が一気に放出。
 巨大な黒い風の刃となった。
 瞬時に放出された黒い風の霊力。
 間の右手がズタズタに切り裂かれる。

 義手だと気付いた間。
 その時には、彼の右手は宙を舞っていた。
 走る剣閃、間の左手が宙を舞う。
 右足左足も足首から分断された。

「あ・・る・・ぇ?」

 自分の体がどうなったのか理解出来ない間。
 一拍遅れて彼の悲鳴が轟き、倒れた。
 だが、その悲鳴もすぐに止む事となる。
 間の頭と体も、首から上下に分断されたからだ。
 もちろん禮愛が手を下した事による。

「あなた、仇は討ちました。いつかあの世で再開した時に、怒られてしまいそうですけど。でも、この男の姿を再び見た時、私は自分の憎悪を止める事が出来なかった。母親としては失格なのかな? 娘が近くにいるのに、こんな事しちゃうなんて」

 自嘲気味に呟いた禮愛。
 ふと、視界に揺らめく火が見えた。
 いつの間にか展開されていた黒い炎の壁。

 炎の壁を見て、禮愛はふっと微笑んだ。
 セセリア・ベナヒデス・アルカラと稲済 禮那(イナズミ レナ)。
 二人に、禮愛が行った光景を見せない。
 その為の、三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)の配慮に感謝しての微笑みだった。

 炎の壁を飛び越えて現れた禮愛。
 禮那は転びそうになりながらも、彼女に抱きつく。
 義彦はセセリアに抱きつかれていた。
 禮愛と禮那を微笑ましげに見ている。
 耳元に飛び込んでくる状況を、彼は並行して聞いていた。