252.昏睡-Coma-
1991年7月14日(日)PM:12:16 中央区精霊学園札幌校競技場

 ぶつかり合う金属音。
 十文字鎗を操る土御門 春季(ツチミカド ハルキ)。
 巧みに連続攻撃を行っている。

 対するは黒命冠 九十九(コクメイカン ツヅラ)。
 双棒状の金砕棒を器用に操る。
 繰り出される槍撃をいなしていた。

「久しぶりに楽しいぜ!」

 心底嬉しそうな九十九。
 春季の攻撃に正面からぶつかっていく。
 お互いが勢いをつけた一撃を放った。
 その反動と衝撃により距離を取る。

「さっきの深春への一撃だけど、本気じゃなかったわけだ」

「おっとばれたか。俺だって好き好んでこれからの成長が楽しみな小娘を殺したくはないからな。お前達が接近しているのはわかってたし、一芝居打たせてもらったぜ。名乗った名前と刀の扱い方で、土御門に関係しているのはわかったしな。まあ、もし真実を知ったらあの嬢ちゃんは激怒するんだろうけどよ」

「確かに激怒するかな? そして今もまだ本気ではないわけだ」

「それはお前もだろ? だがそろそろウォーミングアップは終わりにしようぜ。そっちにも援軍が来たようだしな」

 春季の後方に視線を移動させた九十九。
 視線の先には刀を抜いた赤石 麻耶(アカイシ マヤ)。
 歩いて近付いてきていた。

「これで相手は違うが、十年前と同じ二対一だ。即席の相棒で何処まで戦えるか楽しみだぜ」

 突如、九十九から膨大な妖気が放たれる。
 春季の隣に並んだ麻耶。

「足止めさえ出来るのかな?」

「どうだろうね? でもここで止めないとね」

 額に汗を浮かべている二人。
 しかし、その瞳は恐怖に怯えてるわけではない。
 死を覚悟して戦いに望む戦士の眼差しだった。

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1991年7月14日(日)PM:12:18 中央区精霊学園札幌校第三研究所屋上

 辛うじて致命傷は避けてはいる。
 しかし、血塗れで片膝をついている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。
 黒命冠 科出(コクメイカン シナデ)はあいかわらず笑顔のままだ。

「古川さん、強くなってるじゃない? 正直驚いたわ」

「はぁはぁ・・この状況で・・・はぁはぁ、言われても嬉しくはないが・・」

 左目は血で視界が確保出来ていない。

「【黎明なる血鬼】・・・はぁはぁ、十年前に勝てたのも奇跡だが・・・はぁはぁ、今は尚更勝てる気がしないぞ・・・」

 科出の頭には角が三本存在。
 肩口からも二本生えている。
 更に、体の表面にはどす黒いエネルギーの奔流。
 彼女を覆うように渦巻いていた。

「謙遜しなくてもいいわ。正直私も本気にならざるを得ないとは思わなかったから」

 一気に科出の懐に飛び込んだ古川。

≪紫電牙≫

 手刀状で振るう左手に形成された紫の雷の刀。
 しかし、科出が振り下ろした右手。
 彼女の攻撃により呆気なく切断された。

 更に彼女の左手が古川の腹部を狙う。
 後方に飛びながら直撃を避ける。
 しかし、古川の右脇腹が裂け、血が飛び散った。
 なんとか着地するも、足をもつれさせて倒れる古川。

「はぁはぁ・・血の流しすぎか・・・?」

 既に古川の意識は朦朧とし始めている。

「古川さん、割と楽しかったわ。でもそろそろ私達の目的を果たさないとね。安心しなさい。今回はこの学園の誰にも手出しはしないから」

「ま・・待て!?」

 角もどす黒いエネルギーの奔流も無くなった科出。
 背後から聞こえる古川の掠れた声。
 構う事なく彼女は屋上から飛び降りた。

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1991年7月14日(日)PM:12:20 中央区精霊学園札幌校競技場

「ちっ? 二人でこんなもんかよ? 興ざめだな。所詮付け焼刃の連携って奴か」

 不満満載で顔を顰めている九十九。
 頭には三本の角、肩口にも二本の角が生えている。
 その体にはどす黒いエネルギーの奔流が渦巻いていた。
 軽く金砕棒を回すと、肩に担いだ。

 彼が視線を向ける先で血塗れの二人。
 服もボロボロで刀を取り落とし、動く気配の無い麻耶。
 春季は鎗を垂直に立てて、膝を付いている。

「安心しろや。そっちの女も死んではいないぜ。意識を失っているだけだ」

 九十九の言葉にも春季は答える事すら出来ない。

「今回俺達はお前らに何か害をもたらす為に来たわけじゃない。表の目的はあの三人の監視、いや違うな。戦闘力の確認だが、そんなもん別に俺達が見なくたって問題ない。犠牲は出るかもしれないが、お前らなら倒せるだろうしな。だから本来の目的を果たしに行かせてもらうぜ。まぁ、安心しろ。この学園にいる誰かを殺しにいくわけじゃない。無論だれかを攫うとかでもないぜ。運悪く遭遇した奴は気絶ぐらいはしてもらうかもしれないがな」

 角もエネルギーの奔流もなくなった九十九。
 その場を離れる為歩き始める。
 しかし、春季は立ち上がる事も出来なかった。

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1991年7月14日(日)PM:12:21 中央区精霊学園札幌校西通

 ボロボロの服で、若干ふら付いている。
 中里 愛菜(ナカサト マナ)の側まで歩いた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

「折角の服がボロボロだな」

「うん。でも二人とも無事みたいで良かった」

「うん、そう見たいだね。黒恋ちゃんも無事みたいだ」

 刀を支えに立っている陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。
 彼女は意識を朦朧させている。
 予想以上に霊力を放出を出来た。
 その事に少しだけ違和感を感じている。

「茉祐子・・に・・謝りたかった・・けど・・・」

 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)の前で霊力を暴発させた。
 その事により、一気に体内に残留していた霊力を消耗した黒恋。
 彼女は既に日常生活を送るのさえも危険な程霊力が残っていない。
 それでも、予想していたよりも多かった。

 眠っている間の出来事だった。
 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)が彼女にした事。
 少し霊力を補充したのは知らない。
 ただ無意識に夢の中で、感じた感覚はある。
 何か暖かいものが流れ込んで来ている気がしたのだ。

 黒恋はふと眠っている時の事を思い出した。
 あの暖かい何かが流れてくる感じ。
 誰かが霊力を補充してくれたのだろうか?

 義彦は私をもう必要としてないはずだし。
 でも、この学園で補充出来るのって義彦以外に誰かいたっけ?
 しかし、考える力さえも、彼女から失われていく。

「あの・・・二人に・・せめて・・おわ・・び・・と・・お礼・・言わな・いと・・でも・・・もう・・・意識さえ・・たも・・てな・・い・・か・・」

 刀を支えに立っていた黒恋。
 突然、何の前触れもなく倒れる。
 その光景に驚く悠斗と愛菜。
 愛菜は、即座に倒れた黒恋の側まで走った。

「ゆーと君、どうしよう!?」

 座り込み、愛菜は黒恋を抱きかかえている。
 視界の端に入る光景も、今の彼女には見えていない。

「体温が凄い下がってる? どうしよう? どうすればいいの? わかんないよ。どうすれば助けれる?」

 焦り解決策を探ろうとする愛菜。
 動揺してどうしていいかわからない。
 ただただ、悠斗に問いかけるだけだ。

「愛菜、とりあえず落ち着くんだ。焦ってもどうしようもない」

「でも、そんな事言われても焦っちゃうよ。どうにかしないと!? 黒恋ちゃん死んじゃうかもしれない!?」

 遅れて歩いてきた悠斗。
 愛菜の問いに必死に考える。
 悠斗は黒恋の手に触れてみた。
 愛菜と同様に、彼女の体温が低下している。
 その事を瞬時に理解した。

「どうする? 見たところ掠り傷とかはあるけど、深い傷はないみたいだし。彼女に何が?」

 しかし、二人ともおろおろするばかりだ。
 どうするべきか、皆目検討が付かない。
 その間も、瞼を閉じたまま、ピクリとも動く事のない黒恋。
 彼女の体温が徐々に下がっていくだけだった。