259.粉々-Smash-
1991年7月14日(日)PM:12:53 中央区精霊学園札幌校北中通

 豪快に斧を振り回すサリナ・ニージャル・フィンフ=ヴァン・エルフィディキア。
 イリナ・ニージャル・エルフィディキアは両手剣で薙ぎ払っている
 黒いベールとドレスを身に纏っている二人。
 手に持つ武器は、刃の部分が半透明だった。
 既に、服も含めて、かなりの部分が植物体の緑の血で染まっている。

「中心にある結晶みたいなのをちゃんと狙って下さいね。じゃないとまた再生しちゃうようですから」

 周囲で同じように、植物体の相手をしている生徒達。
 助言するかのように声を掛けるサリナ。

「それにしても、早く終わらせてお風呂入りたいですわ」

「サリナっち、私もだよ」

「っちって何ですか? また変な呼び方して」

「えぇ? かわいいじゃないか? サリナっち」

「イリナっちって呼びますよとお返ししても、了承するんでしょうね」

「もちろん了承します」

 思わず苦笑いになるサリナ。
 軽口を叩き合う二人。
 だが、動かす腕は止めない。

『園内で事態収拾に従事している職員及び、協力してくれている生徒達』

「ファビオっちの声だ」

「さすがに先生にそれはどうなのです?」

「本人の前では言わなければいい」

「そうゆう問題なのですか?」

 振り切った斧を、同じ軌道で戻したサリナが応じる。

『既に気付いているかもしれないが、植物体は二種類。そのうちクリスタルを内包しているタイプは、クリスタルを破壊するかクリスタルから分離しない限りは再生を続けるようだ。既に植物体を生み出している原因には人員を向かわせている』

 両手剣を下から上に振り上げたイリナ。

「誰が何が目的なんだろうね?」

「何でしょうね? とりあえず戦争でも始めたんですかね? それにしても先遣隊にしては、面倒臭いのを送ってくれたものですね」

 至極軽い調子だが、言葉の内容は物騒なものだ。

『クリスタルがどれだけ存在しているのかは不明だが、原因を取り除くまで、申し訳ないのだが今しばらく協力をお願いしたい』

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1991年7月14日(日)PM:12:59 中央区精霊学園札幌校東通

「よくわからないけど、わかりました」

「それじゃ離れるねー」

 困惑の声の中里 愛菜(ナカサト マナ)。
 クラリッサ・ティッタリントンは何でもないかのような気安い声だ。

≪Dei duratus spiritus≫

 翳された彼女の手に持つ杖、サンクトゥムクリペーウズ。
 その先端から前方に吹き荒れた白い風。
 向かってくる蔓の一部を徐々に凍結させていく。
 今までの激しい動きが嘘であるかのようだ。

 蔓の動きが完全に停止した。
 止まった蔓の群れに、満足そうだ。
 満面の笑みのクラリッサ。

 余りにも予想外の展開。
 彼女の背後の四人は間抜けな顔だ。
 蔓の獣の上にいる山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)。
 彼も同様に、間抜けな顔をしていた。

「今のうちに離れよーよ」

 クラリッサの嬉しそうな声。
 その言葉に、四人は現実に引き戻された。
 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)が陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)をお姫様抱っこ。
 悠斗を、愛菜が補助して歩く。

 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)が左側を警戒。
 右側は白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。
 クラリッサが最後尾を歩く。
 三人が護衛という形で、その場から少し離れた。

 身軽な動きで躱し続けていたアイラ・セシル・ブリザード。
 彼女は、時折、視線を悠斗達に向けている。
 彼等が離れたのを確認したアイラ。
 時に横回転や側転、バク中バク転等も交えている。
 同時に詠唱開始という離れ業を披露し出した。

≪Duratus frigore≫

 通常、詠唱魔術は言葉に魔力を込める。
 その為、集中力がいるのだ。
 詠唱が長くなればなる程、難易度は跳ね上がる。
 動きながら集中するというのは非常に難易度が高い。
 だが、アイラは動き回るのを止める気配はなかった。

≪Ymir Besutora Cujuscumque manifestatio gelu saeclisque anima≫

 突然動きを止めたアイラ。
 向かってくる数多の蔓の群れ。
 歪に嬉しそうに口の端を釣り上げた山本。
 それでも、彼女は動く気配は無い。
 目前に蔓の群れが迫る。

≪Suspirio jotunn≫

 彼女の詠唱が完了。
 同時に周囲の気温が極端に下がり出した。
 離れた場所にいる伽耶達。
 その吐く息が徐々に白くなっていく。

 アイラの詠唱と同時。
 彼女の両手から前方に吹き荒ぶ純白の風。
 その風に触れた蔓は、瞬時に動きを完全に停止する。
 まるで液体窒素でも浴びたかのようだ。

 動きを停止したのは、蔓の群れだけではなかった。
 蔓で出来た魔獣が動き出そうとしている。
 左前足を少し上げた所、不自然な体勢。
 まるで石化したかのように動きを止めている。

 眼前に繰り広げられる光景に満足したアイラ。
 瞳の直ぐ側まで近づいていた蔓。
 体を刺し貫こうとしていたのだろう。
 触れるか触れないかの所で停止している蔓。
 その存在を気にする様子もない。
 凍結していく微かな音だけが響く。
 その場に居合わせている面々の耳に聞こえている。

 あっさりと動きを止められた。
 その事に、茫然としている山本。
 何か反応する事も出来ない。
 数十秒の沈黙の時間。

 我に返った彼は、何が起きたか理解できない。
 蔓の魔獣の、止まった左前足を無理やり動かそうとした。
 動かないものを動かそうとする。
 だが、そう簡単に動くわけが無い。

 凍結している状態で動かそうとしている。
 自然そうなるのは必然だった。
 静かに響き渡る凍結音。
 それとは別の音が聞こえ始める。

 無理やり前に動かそうとしていた蔓の魔獣。
 その左前足の付け根の部分。
 罅が入る音だった。

≪Frigida mors indueris Falle nullo vico Confossi absoluta nulla≫

 再び、凛としたアイラの声が再び響く。
 詠唱完了と同時に、彼女の前に展開された巨大な魔法陣。
 そこから一本の巨大な氷の刃が放たれた。

 凍結した無数の蔓を、何の痛痒もなく打ち砕いていく。
 突き進む氷の刃は、蔓の魔獣の頭の部分に突き刺さった。
 罅割れていく頭。
 氷の刃が進行する。
 その度に、頭から罅が拡がって行く。

 山本は何の反撃も防御も出来ない。
 そのまま、愕然と見ているだけだ。
 貫通し、粉々に砕け散る蔓の魔獣。
 氷の刃も、貫通した所で、砕け散った。

 落下してゆく山本も、損傷を受けている。
 右の足首の先と、左手の指先が砕けた状態だ。
 驚愕と痛みによる叫び声。
 共に氷の中に埋没して埋もれていく。

「奥にあるであろう植物体の発生源も潰すつもりでしたが、持ちませんでしたか。もう少し本気でも良かったですわね」

 白い息を吐き出している。
 独り言を呟いたアイラ。
 彼女の瞳が見ている存在。
 遠くで蠢き、群がってくる植物体が見えている。

「義彦を連れて来る」

 黒恋を再び寝かせていた悠斗。
 アイラや愛菜の反応も待たずに、走り出した。
 その動きに驚きの声をあげたのは愛菜。
 しかし彼女だけではなかった。

 彼を見送りながら判断に逡巡したアイラ。
 止めても無駄と判断。
 即座に彼女は思考を切り替えた。

「クラリッサ、あなたは愛菜さんと少女の護衛、不足の事態が起きた場合の対処を。エレアノーラは、まだ戦闘中のようですわね」

 中等部の建物の近くで戦っているエレアノーラ・ティッタリントン。
 ちらりと視線を向けていたアイラ。

「私は植物体の発生源を潰してきますわ。氷に埋もれた山本がどうなったかはわかりません。駄目押しはして行くつもりですが、もしまだ戦うつもりのようであれば、伽耶ちゃん、沙耶ちゃん、時間稼ぎをお願いね。あなた達が、彼に鉄槌を下すべきかと思いますし」

 彼女の言葉に、一瞬ぽかんとした伽耶。
 沙耶は言葉に詰まっている。
 すぐに意味深に笑いの形に口角を釣り上げた伽耶。

「倒しちゃってもいいんだよね?」

 彼女の発言に、複雑な感情を瞳に浮かべている沙耶は驚く。

「ちょっと伽耶?」

 伽耶の言葉に、一瞬きょとんとしたのはアイラ。
 直ぐに普段の表情に戻った。

「もちろんですわ。でも、人ならざるものになっているようです。注意してくださいませ」

「わかった」

「・・・わかりました」

「それでは、行って参りますわ」

 優雅に、一礼すると走りだしたアイラ。
 大小様々な氷が積み上がっている正門を飛び越える。
 下向きに翳した右手。

≪Displosa glaciem≫

 詠唱完了と同時に、打ち出された。
 無数の親指大の氷の球だ。
 結果を確認する事はない。
 彼女は走り去っていく。

≪Duratus hastam≫

 遠くなるアイラの詠唱の声。
 クラリッサはその声を聞きながら、氷の山をじっと見ていた。