274.波及-Influence-
1991年7月15日(月)AM:11:38 中央区精霊学園札幌校時計塔五階

「異装器は、武器とは限らないかもしれんがな」

 苦々しい表情になる古川 美咲(フルカワ ミサキ)。
 高ぶった気持ちを落ち着ける。
 その為に、コーヒーを一口飲んだ。

「儂の弟弟子でもあった石黒は、理由は不明ながら黒異装器を蒐集しておったようじゃ」

「今回の三本の霊装器とは別にという事ですか」

「そうじゃな。じゃが、厳密には闇善(ヤミゼン)一本だけじゃったようじゃがな。おそらくじゃが、善の醸し出す負の感情と、取り付いていた【白銀狐】の漏れ出る妖力が交じり合っていた為、誤認したのじゃろうな」

 一度言葉を止めた土御門 春己(ツチミカド ハルミ)。
 湯呑から一口茶を啜った。

「という事は、善は現状重篤であり、刀本体にもかなりのダメージが見られますが、回復すれば再び黒異装器と化す可能性もあるのでしょうか?」

「ふむ。どちらとも言えぬじゃろうな。最後の最後で娘を守る為に、【白銀狐】とか言うの諸共自害したと聞いておる。それが一時的なものかどうかはわからぬな」

「そうですか」

 春己から書類を受け取り、目を通し始める古川。

「石黒は、石黒 法笙(イシグロ ホウショウ)は一級陰陽師の資格まで取得したのじゃがな。実家の寺を継ぐと寺の仕事を最優先にして、趣味程度にたまにしか仕事は請けなくなっておった。実際現役にいた頃、奴が寺を継いだ後はほとんど会う事もなかったからのう」

 遠い昔を思い出すかのようだ。
 視線を彷徨わせる春己。
 古川は、再び話し始めるまでじっと待った。

「何がどうなって黒異装器を集め始めたのかはわからん。長谷部の事件で殺される事がなければ、おそらく表に出る事はなかったのじゃろうな。儂も今回の花と黒についてしか知らなかったからのう」

「何故その二本だけは知っていったのですか?」

「儂に回ってきた仕事じゃったが、あの時は手が回らなくてな。石黒に仕事を譲ったというか頼んだのじゃ」

「なるほど。そう言えば彼女達は?」

「学校も休校状態じゃしな。好きにさせておるよ。もっとも鬼那や鬼都あたりは、遊ばずに律儀に護衛やらをしてそうじゃが」

「確かにあの二人は真面目過ぎるきらいがありますからね」

 少しだけ笑い合う二人。

「今頃くしゃみでもしているかもしれんな」

「そうかもしれません」

「後不可解な事なんじゃが、石黒が殺された時、一緒にいたのはどうやら家族ではないようなんじゃ」

「どうゆう事なんですか?」

「石黒は寺とは別にいくつかマンションを保有しておってな。奴の家族は別のマンションに居ったようじゃな」

「それでは一緒に殺されたのは?」

 頭に疑問符をいくつも浮かべている古川。

「不明じゃな。どうやら警察でも身元を特定出来ないようじゃ。損壊が激しすぎる為なのかもしれんが」

「家族だという先入観で見ていたという事ですか」

「そうじゃな。儂等は基本的に協力者という立場じゃ。事件についても、警察からは必要最低限な情報しか知らされぬ。まあ、犯人を行動不能にさせるのが仕事じゃから当然じゃがな」

「どうゆう事なんでしょう?」

「わからんな」

 険しい表情で、瞳を細める春己。

「関係性があるかどうかはわからぬが、色名計画と琴田計画というのは覚えておるか?」

「確か秘密裏に行われた、異能力を持った人造兵士育成計画でしたか?」

「そうじゃ。結果的には計画の途中で頓挫させたわけじゃが」

「確か大老や春己様もその事件の解決に関わっていたはずですね」

「うむ。記録等は凍結抹消されたはずじゃが、どうやら抹消されずに保管されていたようじゃ。そしてその計画から頓挫までの記録全てが何処かに漏れていたようでな。その事を知ったのは、儂も昨日だったがの」

「どんな計画だったのかは私は詳しくは知りませんが、いくつかの機関にわけられて子供達は保護されたんでしたね。特殊技術隊の一部隊として引き取られた子供達が、生徒としてここに来ているのは不思議な縁ではありますが」

「そうじゃな」

 コーヒーを一口飲んだ古川。

「春己様、見て貰いたいものがあります。あなたならもしかしたら何者かご存知かもしれません」

「【白銀狐】かの?」

「はい。本題はそうです。ですがもう一つあります」

「もう一つはとんと検討がつかぬが、【白銀狐】については、確かにその名称は聞き覚えがあるはずじゃな。それが何だったかまではちと思い出せぬが」

「ここでは設備がないので、移動をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「構わぬよ。それで美咲ちゃんが案内してくれるのかの?」

「はい、私でよろしければ」

「いやいや、怪我人に鞭打つようですまぬのう」

「お気になさらないで下さい。休んでばかりでは私も体が鈍ってしまいますし」

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1991年7月15日(月)AM:11:51 中央区精霊学園札幌校時計塔地下三階

 大画面の前の椅子。
 座しているのは古川と春己。
 その画面には、【白銀狐】が表れた。
 そこからの映像が流れ始める。

「こやつか」

「はい。高等部屋上からの撮影なので、距離が少しありますが」

 彼女の言葉の通り距離がある。
 映っている者達の表情。
 そこまでははっきり確認は出来ない。
 映像が終わるまで、じっと見ていた春己。

「これだけでは断言は出来ぬ、出来ぬのじゃが、一級危険種のうち、存在が不明確と言われておる【白眼の金乙女】の記録上の特徴と似ているようじゃの」

「はい。私も同じ事を思いました」

「じゃが断言する材料としては難しいのではないか?」

 険しい顔をして答える春己。

「やはりそう思いますか。現時点での実害度も実質はほぼ無しですし、ただ目的が不明という危険さはあります。もし【白銀の金乙女】と同一であれば、問題のレベルが異なって来るでしょうけど。【白銀狐】という異名も記録にはありますが、同じ異名を持つ別個体という可能性も考えられますし。少なくとも今現在の情報だけで同一個体と考えるのも早計なのかなと」

「そうじゃな。おそらく精霊庁としても同一個体という見解にはならないじゃろうな」

「という事は、事前に何かしら手を打つのは簡単ではないという事ですね」

「そうじゃな。精々三級扱いじゃろうな。それに見解が出るのにも少し時間がかかるじゃろうしな」

「そうですね。わかりました。それでもう一つの方ですが」

 手元にあるマウス。
 画面のボタンをいくつかクリックする古川。
 そして現れたのは札幌の全体地図。
 画面の所々には、赤や紫。
 その他いくつかの色で円が描かれている。

「これはなんじゃ?」

「簡単に言えば、市内の霊力魔力妖力の測定値ですかね。先日の日曜日に機能試験で行ったのですが。赤青黄緑黒白は霊力とその属性、紫は魔力、灰色が妖力です。そしてそれ以外の色の円ですが、黒異装器が存在すると思われる場所になります。測定者達の言葉で言えば、何かとても嫌な感じのものが渦巻いてるとの事です。うち小さい点のような二箇所は黒異装器が封印されている場所なのを確認しました」

「なるほど。二箇所が黒異装器の封印場所ならば、他の一際大きい円の場所にも黒異装器が存在する可能性があるという事じゃな」

「はい。もちろん断言出来るわけではありません。ただ、仮に存在するとして、探索するにも円の範囲が広すぎるんですよね。何かもっと範囲を特定出来るような方法をご存知ないかと」

「ふむ」

 顎髭を摩りながら思案に耽る春己。
 古川は、彼の言葉を待つのみだ。

「式盤を応用すれば出来るかもしれぬが、試して見ない事には何とも言えないのう。じゃが、もし黒異装器が存在するのであれば、周囲に何かしらの悪影響を及ぼしている可能性が考えられるのではなかろうか? この地域の事件の発生箇所を辿ればあるいは、範囲を狭められるやもしれぬ」

「そうですか。お手隙の時で構いませんので、お願いしてもよろしいですか? 私は事件の発生箇所の確認をしてみます」

 画面をじっと見ている春己。

「円の数からいくと、現時点で野放しが最低四箇所。封印されている二箇所の状態はどうなのじゃ?」

「どうと言いますと?」

 春己の突然の質問。
 その意味を即座に理解出来ない古川。

「これは儂の推測なだけなんじゃがな」

「はい」

 そこで続けるのを躊躇した春己。
 結局やめることはなかった。

「六月頭の事件じゃがな。あれの目的は通信障害と歪曲点の生成じゃと最初は儂は思っておった。後迷宮の活性化かの?」

 同意するように首を縦に振る古川。

「じゃがな。それ以外にも目的があったのではないかと最近思うのじゃ」

「それ以外?」

 考え込む古川。
 春己は更に言葉を続けた。

「残されていた石黒の日記には、殺される前日までは、封印の結界は問題なかったようじゃな。日記の言葉を信じるのであればじゃが」

 彼の言葉に、眉間に皺を寄せた古川。

「封印に綻びを与えたかもしれないという事ですか?」

「意図していたかどうかはわからん。じゃが石黒は、儂よりも結界による封印に関しては得意じゃった。定期的に確認もしていたようじゃしな。それが自然に綻ぶとは思えぬのじゃよ。考え過ぎなのかもしれぬが、非常識が常識な仕事じゃからな。石橋は叩いた後も、安全だと確証を得てからじゃなければならぬのではないか?」