284.同族-Congener-
1991年7月20日(土)PM:15:17 中央区精霊学園札幌校第三学生寮女子棟四階四○三号

 既にお互いの自己紹介は終わっている。
 対面で椅子に座っている少女達。
 アティナ・カレン・アティスナとアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。
 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)はアティナの隣だ。
 この場をセッティングした彼が座っている。

 アルマと同室のラミラはいない。
 中里 愛菜(ナカサト マナ)と銅郷 杏(アカサト アン)。
 二人に連れられて出かけている。
 アティナに気を利かせたのだ。

「アルマ様、突然の不躾なお願いにも関わらず、お話しをする機会を設けて頂きありがとうございます。改めて御礼申し上げます」

「様なんてつけなくていいし、そんな畏まらなくていいよ。私は今じゃ野良夜魔(ハグレヴァンパイア)なんだからさ。アティナって呼び捨てにするけど、私の事も呼び捨てでいいから」

 この場に同席する必要があるのだろうか?
 そう思いながら、二人の会話を聞いている悠斗。

「それではアルマさんと呼ばせて頂きますね」

「顔は何度か見た事あったけど、まさか同族だとは思わなかった」

「私も同じ夜魔族(ヤマゾク)の方がいるとは思いませんでした」

 少しだけ微笑みを交わす二人。

「それで、悠斗の話しだと、吸血の衝動と快楽について知りたいんだったかしらね?」

「はい。知識としてある程度は理解していますが、私は実際に吸血をした事がありません。兄であるヴラド・エレニ・アティスナの起こした事件の事もありますので、ちゃんと知るべきだと考えました」

「ヴラド・・・三井と吹雪を襲撃した事件の事でいいかしら?」

「はい、そうです」

「兄って事はそのヴラドも同族という事か。それで吸血ね」

 何となく状況を理解したアルマ。

「そうね。吸血の衝動に抗うのは、正直気が狂いそうになるわ。どんなに理性的であろうと、知ってしまえば病み付きになるでしょうね。中毒性があると言ってもいいのかも」

 アルマの言葉を真剣に聞いているアティナ。

「血を吸うという快感。力を奪うという快感。同時に訪れる快楽。私は自慰行為も男性と体を重ねるという行為もした事がないけど、たぶんそーゆー類の快感なんだろうなと思ってる。私はまだ純潔なんだから。あくまでもそうなんじゃないかって思ってるって事だからね。二人とも、そこ勘違いしないようにお願いね!!」

 この場に悠斗がいる為なのだろう。
 発言しながら若干顔を赤らめたアルマ。
 複雑な感情を篭らせた眼差しで悠斗を見た。
 しかし、突然見られて彼は困惑している。
 当の本人は何故見られているのか理解していない。

「通常は耐性を養う為に、小動物から始めていく。そして徐々に慣れさせていくもの。少なくとも私た・・私はそうやって慣らされてきた。だから今でこそ余程の飢餓状態じゃない限りは、吸血衝動にも耐えられるかな。小さいものよりも大きいもの、その中でも人型の生物が一番美味しい。象とか大きいのは吸血した事ないからわからないけど、たぶん生物として近い方が美味しいんじゃないかな?」

 アルマの言葉に、少し思案するアティナ。

「それでは、もし吸血した事の無い者が、いきなり人の血を啜るとどうなります?」

「あくまでも自分の吸血衝動の体験からだけど。たぶんどんなに理性が強くても、どんなに聖人のような人物でも耐えられないんじゃない? 本能に支配されるか、精神が壊れると思う。それだけ吸血衝動に耐えるってのは辛い。耐性を養う為とは言え、あんな体験二度としたくないもの」

 過去を思い出しているようだ。
 アルマは顔が今まで見たことが無い程に青褪めた。

「ヴラドだっけ? 今何処に隔離されているのか知らないけど、もし話しをしようと思ってるなら無駄かもしれない。あの事件から結構日数経過しているから。たぶんだけど、会話が成り立たないと思う。私に言える事はそれだけかな」

 今まで聞くだけだった悠斗。
 疑問に思った事があったので口を開いた。

「夜魔族(ヤマゾク)だっけ? 良くわからないけど、普通の食事でも生きていけるんだよね? 定期的に血の摂取はもしかしたら必要なのかもしれないと思ったけど」

 彼の疑問に最初に答えたのはアティナ。

「余り人様に言うのはどうかとも思いますが、私は定期的に血液パックを届けて貰って、それを頂いてます」

「私も今は同じよ。私達の上部組織が手配してくれてるみたいね。血を飲まなくても生きてはいけるけど、血を飲まないと老化していくからね」

「そうか。でも、なんで耐性を身に付ける必要が?」

「人間社会と友好関係を維持したいんじゃないかな? 過去がどうだったのかは知らないけど」

 彼女はそこで少しだけ悩むような表情になった。

「私達の上位の者達は確かに途方もない力を持っている。だけど、絶対数が少ないからね。下手に人間を敵に回せば、数の差で敗北すると考えてるんじゃないかな? だから無闇に吸血してしまわないように、耐える事を覚えさせるんだと思う」

 アルマの言葉を、二人は真剣に聞いている。

「私は夜魔社会については詳しくは知らないから、過去に聞いた話からの個人的な推測だけど」

「そっか。そうなんだね。アティナさん、聞きたいことは他にあるかな?」

 悠斗はアティナに顔を向けると問い掛けた。
 彼女は目尻に皺を寄せて少し考える。

「いえ、大丈夫です」

「他に何もなければ今日は終了でいいのかな?」

「はい、アルマさん、ありがとうございました。何となくではありますが理解出来ました。兄と話しをするべきかどうかは迷っていますが、もう少し考えて見ます」

「少しでも何かの参考になったのなら、私も話した意味があるわ」

「また時間があれば、お話ししてもらっても?」

「もちろん。今度は何処か外でスイーツでも食べながらなんていいかもね」

 視線を交差させ、微笑みあう二人。

「はい。その時は是非」

 立ち上がったアティナ。
 悠斗に顔を向けた。

「桐原さん、突然の頼みにも関わらず、場を整えて頂きありがとうございました」

 彼女は深々と一礼した。

「あーいや、そんな気にしないで下さい。とりあえず頭を上げてもらいますか」

 反応に困り、おろおろする悠斗。
 彼の言葉に頭を上げたアティナ。
 再びアルマに向き直る。

「ありがとうございました」

 またもや深々と一礼する彼女。
 アルマも若干困った表情になっていた。

「畏まらなくていいのに。育ちの差かな? 何はともあれ、同族としてこれからよろしくね」

 アルマの言葉に頭を上げたアティナ。
 微かに微笑んでいる。

「はい、本当にありがとうございました。今日はこれで失礼しますね」

 立ち去ろうとするアティナ。
 悠斗も着いて行こうと立ち上がった。

「悠斗、あんたはまだ駄目。話しがある」

 アルマの言葉に、一度立ち上がった悠斗。
 渋々椅子に座リ直した。
 彼の行動に満足したアルマ。
 アティナを玄関まで送って戻ってくる。
 今度は悠斗と対面するように座った。

「悠斗、あのさ」

「うん? 何?」

「私の事怖くないの? 私・・あなたの事一度殺しかけた。いや、たぶん殺したんだと思うよ」

「んー? まぁ、怖いって感情かはわかんないけど、蟠りみたいなのは確かにあったかな。でも実際に接するようになって、徐々に消えていった感じかなぁ?」

「そう。そうなんだ? 正直、愛菜さん達とかにはもっと辛く当たられると思ってた」

「まぁ、愛菜や有紀は心が善人だからね。正嗣も文句言いながらも、ある程度は仲間として認めてるんだと思うよ。義彦が素っ気無いのは、別にいつもの事だし。さてと、アティナさん待ってそうだし、僕もお暇するよ」

 「皆お優しいのね。馬鹿みたいに良い人じゃないの」

 悠斗とアティナが去った後の室内。
 アルマは一人座っている。
 その表情は凄く嬉しそうだった。