286.眼鏡-Glasses-
1991年7月20日(土)PM:15:55 南区特殊技術隊第四師団庁舎三階

「わかった。どの程度準備出来るかはわからないが、掛け合ってみよう。早急に準備するようにする。あぁ、よろしく頼むぞ」

 受話器を置いた後藤 正嗣(ゴトウ マサツグ)。
 同じ部屋にいる二人。
 彼等を気にする素振りは特に無い。

「通常兵器か。確かに試してみなければわからないか。おそらく過去の記録にどの程度効果があったのか情報はあるのだろうが、情報開示を求めても許可されぬのだろうな」

「いいのかね? 一応あんたの部下なんだろ?」

 白髪の男の言葉に、少しだけ考える素振りの後藤。

「部下だな。いや部下でしかないな。あの者達はお前達とは違い、私の目的を知っているわけではない。全員がそうだとは言わぬが、我々は日本という国の平和と独立を守り、国の安全を保つ組織だからな」

「目的を知ったら、その時点で反旗を翻すかもって事か?」

「いや、どうだろうか? 可能性があるとは言えるが、命令と言う形で命じれば、疑問は持つと思うが従う可能性が高い。だが、私の個人的な目的の為に部下を国賊にはしたくないというのもある。ただの偽善なのかもしれぬがな。それに、本体の所在を特定出来たとしても、あいつ等では足手纏いにしかならぬであろうさ」

「確かにそうかもな。数百年数千年単位の怨嗟の溜まり場と化してるんだろうからな。生半可な覚悟で行っても狂うだけか」

「私達でさえ実際に行って体験してみなければ、耐えれるかどうかすらわからぬのだからな。無駄に人数を増やしてもどうしようもなかろう」

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1991年7月21日(日)PM:13:11 中央区精霊学園札幌校時計塔五階

「お返事に時間かかって申し訳ありませんでした」

 テーブルを挟んでソファーに腰掛けている二人。
 古川 美咲(フルカワ ミサキ)とアティナ・カレン・アティスナ。
 コーヒーカップは古川の前に、アティナの前にはコップ。
 置かれているコップの中身は橙色に染まっている。
 飲み物を配膳した間桐 由香(マギリ ユカ)。
 彼女は既に退室してこの場にはいない。

「いや、気にするな。あの男がいつこっちに来るのかわからないのもあって、そんなに急いでるわけでもなかったから」

 一度右手でコーヒーカップを持った古川。
 少しだけ薫りを楽しんだ後に口を付けた。
 コップに注がれているオレンジジュース。
 二口飲んで喉を潤したアティナ。
 決意した眼差しで古川を見た。

「・・・・・兄に。ヴラド・エレニ・アティスナと話しをしてみようと思います」

 彼女の言葉を聴いていた古川。
 ゆっくりとコーヒーカップをテーブルに置いた。

「そうか。してくれるか。ありがとう」

 一度瞼を閉じた古川。
 まるで何かの迷っているかのようだ。

「会いにいけばわかる事だからな。今のうちにヴラドの状態を伝えておく。覚悟して欲しい」

 アティナは動じなかった。
 視線も逸らさない。
 覚悟なら既にしている。
 そう言わんばかりに見つめていた。

「ある程度は覚悟しているという事か。そうだな。そうでなければ受けないか」

 自分に言い聞かせるかのように呟く古川。

「はっきり言って、ヴラドの精神は半ば壊れていると言ってもいい。意味不明な事をひたすら呟いているか、じっと一点を見つめて微動だにしない。そんな状態だ。何度か話しを聞きにいったが、会話のキャッチボール以前の問題だった。一応それでも状態のよさそうな時に会って貰うつもりだがかまわないかな?」

「はい。わかりました」

 即答したアティナ。

「ありがとう。いつになるかはわからないが、午前中の状態を見て、午後の授業終了後に頼む事になると思う」

「はい。それでは、ご連絡お願いします」

「ああ。ところでアティナ、昼御飯は食べたか?」

「え? はっ?」

 予想もしない古川の問い。
 アティナは口を開いたまましばしフリーズした。

「いや、もしまだなら、明日から学園内にオープンする予定の喫茶店で食事するつもりだからな。どうかなと」

「あ? え? はい。まだですけど、明日オープンなのに今日? 理事長だからですか?」

「いや、店長とは顔見知りなんだがな。あいつ、オープンの前祝いに知り合いに振舞いたいらしいんだよ。茉祐子はドライを連れて先に行っているしな」

「そうなんですね。あの銅郷さんにも声を掛けてもかまわないでしょうか?」

「あぁ、同室だったか。構わないと思うぞ」

「ありがとうございます」

 立ち上がるアティナ。
 彼女は自室に戻るつもりだった。
 だが古川に止められる。

「そこの電話で連絡するといい」

 古川の言葉に感謝を述べたアティナ。
 電話の側に移動する。
 受話器を取り、自室に電話を掛け始めた。

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1991年7月21日(日)PM:15:21 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟屋上

 まるで黄昏れているように空を眺めている二人。
 緑髪緑眼で、緑のドレスとベールに身を包んでいる。
 キーナ・ヴィーリディス・リィドヌ=ヴィン・エルフィディキア。
 シーナ・ウィーリディス・エルフィディキア。
 二人は優しい風に撫でられている。

「まさかあんな際どい水着とは思わなかった。シーナに一任したのが間違いだった」

 責めるような眼差しを向けるキーナ。
 だが、隣のシーナは何処吹く風だ。

「でも男性も女性も、結構な頻度でキーナに熱い視線を送ってたよん」

「そんな視線は求めてないから。自身はパレオの水着で控えめとか信じられない」

 優しい風が二人の頬を再び撫で始めた。

「伊唖ちゃんもハンナもあれには度肝を抜かれてましたね」

 悪戯っ子のように微笑するシーナ。

「まぁでも、折角来たのだし。普段とは違う普通の服を着てみるってのは確かにいいかもな。昨日は最初は本当めちゃくちゃ恥ずかしかったけど」

「その割には堂々としてたよね。さすがお姫様の一人」

「お姫様なんて面倒。他の五人だけで充分だと思うんだけどな。まぁ、文句を言ってもどうしようもない事ではあるけどさ。そんな事よりナミナエレメリだったかな?」

「そうそう。色々な服があるそうですよ」

「言ってみるか。露出も少なめで動きやすいのもあるだろうしな」

「了解であります。キーナ様」

「厭味か? 厭味だろ? 厭味すぎる。いやもうむかつく」

「冗談ですって。というかむかつくとか、そんな言葉使ってるの知られたら駄目っすよ?」

「堅苦しいのは疲れるんだよ」

「えっと、いや問題はそこなの?」

「いいからいくよ」

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1991年7月21日(日)PM:16:18 中央区精霊学園札幌校時計塔五階

「古川所長でもやっぱ負傷する事なんてあるんだな」

 壁に寄り掛かって瓶コーラを飲んでいる三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

「私だって人間なんだ。怪我だってするよ。死に掛けた事だってあるしな」

 座っている古川 美咲(フルカワ ミサキ)は苦笑していた。

「眼鏡は吹雪に渡してしまったから後で受け取ってくれ」

「あぁ、わかった。しかし、もう出来たのか?」

「いつもの所に材料の在庫がたまたまあったそうだからな」

「そっか。それにしても早いな。まぁ、有難い事ではあるけどさ。それであの件は聞いてくれたのか?」

「あの件? あぁ、強度の強化か」

「そう」

「今までの素材じゃなくて、それ以上の魔力伝導率のある何とかってので試作するとか言ってたぞ」

「何とかって?」

「聞いたけど何だったか・・。すまん、忘れた。たぶん合金の名前かなんかだろうけど」

 肩を竦める古川に、今度は義彦が苦笑いになる。
 しばしの空白の時間。
 先に口を開いたのは古川。

「ファビオから聞いたが、黒恋がその気になったそうだな」

「あぁ、何度も確認したら怒られて泣かれそうになった」

 複雑な表情になる義彦。

「まぁ、本契約は俺が完治してからになるけども」

「そうか。しかし、動いて大丈夫なのか?」

「ん? 歩ける位までは回復してるよ。明日からの授業、体育は当分見学だけどな。今日ここに来るのも誰かの手は借りてないよ。念の為鬼都に同行してもらったけどね」

 義彦は、瓶コーラを口に付けて喉に流し込む。

「そうか。それで鬼都は?」

「じじぃに用事があるそうだ。なので後で合流予定かな」

「座ってた方いいんじゃないのか?」

「長時間座ると辛いんだよ。だから立ってる」

「そうか。・・・・なぁ、義彦」

「何だ?」

「容量(メモリー)に余裕があるようなら複数本契約する気はあるか?」

「え? なんと?」

「え? えっと、だから複数本契約する気はあるかって聞いてる」

「ふくすう? はっ!? え? えぇぇぇ!!??」