290.血族-Consanguinity-
1991年7月24日(水)PM:17:35 中央区精霊学園札幌校南通

 黒金 佐昂(クロガネ サア)に進行を阻まれた。
 近づいてきた黒金 沙惟(クロガネ サイ)の掌底打ち。
 間一髪で、身を捻って回避するも体勢を崩す。
 黒金 早兎(クロガネ サウ)の足払いに反応出来ない。
 大地に背をつけた直後、四本の光線が周囲に着弾。
 アルマ・ファン=バンサンクル=ソナーだ。

 佐昂、沙惟、早兎の三人が前衛。
 唸り声を上げるヴラド・エレニ・アティスナ。
 彼を囲み撹乱しながら攻撃。
 合間にアルマが魔術を放っている。
 即席の連携を行っている四人。

 アルマは外壁を背にしていた。
 ヴラドが森の中に逃げ込まないようにしている。
 常に位置取りに注意して移動していた。
 前衛三人を抜く事の出来ないヴラド。
 唸り声を上げているだけだ。
 進退窮まった状態に陥っていた。

「アルマさん、吸血衝動で暴走している可能性が高いというのは理解しましたが、戻す方法はありますか?」

 ヴラドと睨み合っている佐昂。
 後ろを振り向く事なく、アルマ問う。
 三人の戦闘センスに、心の中で感嘆しながら答えた彼女。

「気が済むまで吸血すれば、一時的に治まるかもね。あくまでも一時的だし、治まる保障はないけど」

「それは論外ですね」

「もちろんそうだよね」

≪グランゼンデ ストラフレン デル ヴィエル≫

 佐昂達が距離を取ったのと同時。
 ヴラドの足を止めさせるかのようだ。
 四本の光線が彼の近くに着弾した。

「私は部外者だけど、夜魔族(ヤマゾク)というか、吸血鬼(ヴァンパイア)同士の約束事とかもあるから、迂闊に直撃の攻撃も出来ないんだよね。アティスナって結構有名所だったはずだし」

「さっぱりと状況がわかりませんし。ラミラがファビオさんか所長を連れて来るのを待ちましょう。南通に追い詰める予定である事も伝えましたし、そのうち来ると思いますから」

「ファビオさんに呼ばれただけのはずなのに、何でこんな事になっているんだか?」

 自嘲気味に呟いたアルマ。
 誰も答える術を持っていない。
 その間にも、早兎はヴラドの拳を逸らす。
 彼の体勢を崩させていた。
 なんとか体勢を立て直したヴラド。
 当てる気のない沙惟の回し蹴りが掠る。

 一度距離を取ったヴラド。
 背後には、佐昂とアルマ。
 左前方には沙惟、右前方には早兎。
 理性が働けば、また少し違った展開も有り得たのかもしれない。
 だが、今のヴラドの頭の中は、吸血したいという衝動だけだ。

「四人共、ヴラドを隔離してくれて感謝する」

 四人は彼女達が近づいてくるのに気付いていた。
 なので、驚きもしない。
 その場に現れたのは五人。
 古川 美咲(フルカワ ミサキ)と手を繋いでいるラミラ。
 眉間に皺を寄せているファビオ・ベナビデス・クルス。
 アティナ・カレン・アティスナと金髪に褐色肌の男。
 アルマは男の顔を見て、微かに見覚えがある気がした。

「古川所長、お願いを聞いて頂きありがとうございます」

 両手にレイピアを持ったアティナが一歩前に出る。

「だがいいのか?」

「はい。【神聖闇王朝(イエローズスコタビディナスティア)】には血族の過ちは血族が死を持って正せ。という言葉があります。兄の不始末は妹である私が正さなければなりません」

 苦渋に満ちた表情のアティナ。
 金髪に褐色肌の男も何故か苦渋の顔だ。
 彼は突然アティナの肩に手を置く。
 そして彼女よりも前に出た。

「いや、アティナ。君にこんな罪を背負わせるわけにはいかないかな。役目というならば僕の仕事だよ」

 金髪に褐色肌の男、シルヴァーニ・オレーシャ・ダイェフ。
 彼の言葉に、首を傾げるアティナ。
 シルヴァーニが次に囁いた言葉。
 その言葉により自分との関係をおぼろげに理解した。

「小さい頃のあいつにそっくりだな。妹の忘れ形見か」

 アティナに聞かせるつもりだったわけではない。
 誰にも聞こえないような囁きだった。
 シルヴァーニ本人もアティナに聞こえている。
 そうは思っていなかった。

 目を見開いて驚いているアティナ。
 彼女の驚きの表情に気付いたシルヴァーニ。
 聞こえてしまっていた事を理解した。

「アティスナ家とは確かに僕は関係ない。いや、関係ないは語弊があるか。まぁいいや。でも君とヴラドは違う。アティナ、君の決断は尊きものだ。しかし、兄殺しなんてものは背負わない方がいい。だからこそ、託された僕が背負うべき罪だと思うんだよ」

 優しく子供に言い聞かせるようだ。
 シルヴァーニのアティナを見る目は優しさだ。
 彼女はレイピアを握る力を緩めた。

「アティナ。ありがと」

 膠着状態の中を歩いていくシルヴァーニ。

「シルヴァーニ、君が暴れればどうなるかわかっているのか?」

 古川の問いに、シルヴァーニは決然と答えた。

「覚悟の上です」

「はぁ、お前馬鹿だな。本当大馬鹿だよ」

「ええ、そうでしょうね」

 彼は優雅に微笑むだけだ。

「シルヴァーニとアティナ以外は全員撤収しろ。これはお願いではなく理事長命令だ」

 彼女の言葉に、アルマ達四人は素直に移動し始める。
 邪魔者がいなくなったはずのヴラドだった。
 だが、シルヴァーニの無言の威圧。
 それだけで動く事が出来なくなっていた。

「そんな大馬鹿も、私は嫌いじゃないぞ。でもあんまり汚すなよ。後結果だけは教えろ」

「古川様、感謝します」

 去って行く古川は、軽く右手を上げて答えた。
 他の面々も彼女に従って離れていく。
 最終的にその場に残ったのは三人。
 シルヴァーニ、アティナ、ヴラドだ。

「ヴラド、僕は君が成長してくれるのを楽しみにしていたのだけどね。何がどうなってこうなったのか。残念だよ」

 その後彼が何をしたのか見えたものはいない。
 側で見ていたアティナもヴラドも理解出来なかった。
 微動だにしていないシルヴァーニ。
 彼の前で、ヴラドの意識は刈り取られた。
 血反吐を吐き、その場に崩れ落ちる。

 彼が完全に崩れ落ちて動かない。
 確認し見届けたシルヴァーニ。
 急ぐ事なくゆっくりと歩き始めた。

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1991年7月24日(水)PM:18:09 中央区精霊学園札幌校時計塔五階

 シルヴァーニとアティナ、ファビオの三人。
 彼等が理事長室現れた。
 古川は机に寄り掛かっている。
 立ったままの黒神 元魅(クロカミ モトミ)。
 彼女の報告を聞いている所だった。

 古川達は時計塔一階エントランスで待機。
 シルヴァーニ達が戻るのを待っていた。
 ヴラドを肩に抱えたシルヴァーニと、アティナが合流。

 結果は一目瞭然ではある。
 だが、シルヴァーニとアティナから話しを聞いた。
 その後解散した形だ。
 その後、シルヴァーニとアティナをファビオが案内。
 ヴラドを再び地下四階へ連行する。
 今回は念の為、魔力霊力妖力全てを封じる手枷足枷を装着させた。

「シルヴァーニ、アティナ、とりあえずソファに座っててくれ」

 古川の言葉に二人は素直に従う。
 ファビオはその間に、五人分の紅茶を入れ始めた。

「それで浅村が吸血鬼(ヴァンパイア)だったという事か」

「ええ、おそらく誰かの眷属だと思う」

「やれやれ。それで生徒達は貧血ではあるものの、命に別状はないんだな」

「うん、最悪でも二日三日安静にしてれば問題ないと思う」

「しかし、三日で十八名か。吸血衝動というのは恐ろしいものだな。茉祐子、緋、鳶、舞花には感謝するべきなんだろうけど、無茶し過ぎだ」

 苦い表情になる古川。
 彼女の気持ちもわかる元魅も複雑な表情だ。

「あんまり責めないであげてね。それと十八名については、おそらくその時の記憶はないはず」

 コーヒーを入れ終わり、配膳したファビオ。
 シルヴァーニ、アティナと対面するようにソファーに座った。

「ヴラドだけじゃなかったって事ですか」

「あぁ、そうゆう事だよ。ファビオ、探させるにも手掛かりすらないからな」

「古川様、差し出がましいようですが提案がございます」

「シルヴァーニ、別にそんなに畏まらなくてもいいんだぞ?」

「いえ、多大なるご迷惑をお掛けしたわけですから。それで、ヴラドと共にその眷属を引き取りさせて頂ければ、数日で口を割らせてみせますがいかがでしょうか? 下手にあなた方が手を出せば、黒幕によっては非常に面倒な事になるかと思います。回避する意味でも、そしてお詫びの意味でも、ご一考をお願いします。浅村なる人物についてもこちらから日本政府に交渉を持たせて頂きます所存です」

 シルヴァーニの突然の提案。
 左手を動かそうとして痛みに顔を顰めた古川。

「これ以上やっかいな問題はご遠慮願いたいし、悪くない手か」

 彼の提案を受けるという事。
 それは浅村 有(アサムラ タモツ)という個人。
 彼を切り捨てるという事と同義である。

 人と非なる存在になってしまった。
 その挙句に問題を起こしてしまった個人。
 日本政府としても自国内にいて欲しいとは思わないだろう。

 過去に眷属化し問題を起こした。
 その為に、日本政府が切り捨てた個人。
 複数名いる事を古川はふと思い出した。