| 113.怪訝-Dubious- |
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1991年6月10日(月)PM:12:10 中央区特殊能力研究所五階 新人五人を伴って歩く白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。 ノックもせずドアを開け放つ。 しかし、そこは蛻の殻だった。 厳重に封のされていたロッカー。 見事に開けっ放しだ。 古川 美咲(フルカワ ミサキ)は既にそこにいない。 それは明白な事実である。 「美咲・・・また突っ走って・・・」 何かを思い出すかのように、唇を噛む彩耶。 数瞬考えたのちに、矢継ぎ早に指示を飛ばした。 「田中は砂原と二人で、特殊護送車を一台正面に回して、運転は田中に任せる。浅田、金本、七原は私と四人で、所内の非戦闘員が残ってないか確認。終わったら正面玄関で護送車に乗車。もし非戦闘員が残っていたら、研究室に誘導。誘導後の事はまかせて構わない。浅田は金本とペアで四階より上を、七原は私とペアね。私達は三階から下を確認するわ。それじゃ各自行動開始」 各々が了解の言葉を発し散っていく。 七原 繭香(ナナハラ マユカ)を伴い階段に向かう。 そのまま、階段を下りて三階に到着。 彩耶と七原は、分かれて一部屋一部屋、確認してゆく。 とはいえ、有事の際の対処方法は確立されている。 その為、残留している非戦闘員はいなかった。 そうして三階を確認し二階へ移動。 一階まで確認していく。 残留している非戦闘員はいなかった。 二人はそのまま、正面玄関へ向う。 そこには一台の特殊護送車。 助手席に砂原 佐結(サワラ サユ)が乗っている。 指令通り田中 竜二(タナカ リュウジ)が運転席なのだろう。 「七原、横に飛びなさい」 彩耶の言葉で、横に飛び退った七原。 同時に、七原とは反対側に飛び退っていた彩耶。 二人の視界に入ってきたのは一人の人狼。 続いて四人の人狼が、装甲車の向こう側から飛んできた。 「ひっ」 悲鳴を上げる七原。 しかし砂原は驚く様子もない。 冷静に、車内から人狼達を見ていた。 田中も驚いているかもしれない。 実物をはじめて見る。 もしそうであれば、七原の反応が正常なのだ。 「【獣乃牙(ビーストファング)】ね」 「そうだ。おとなしく我々に倒されろ」 最初に飛び掛ってきた青毛の人狼が答えた。 「悪いけど、下っ端の雑魚に構っている時間はないわ」 「んだと? このアマ、てめえから血祭りにあげてやる」 五人が彩耶に、その長く伸びている爪の矛先を向けた。 ほんの僅かな攻防。 五人による十本の爪撃。 時間差で繰り出される。 しかし、彩耶はいともたやすく躱す。 その上で親指の爪を除く、四十本の爪を刀で斬り裂いていた。 十回の斬撃で、綺麗に切り揃えられた狼の爪。 五人の人狼は現実に驚愕し青褪める。 そこで、刀を構え直した彩耶。 更に繰り出した斬撃が五回。 人狼一体に対して一回振るわれる。 しかし不思議と血飛沫は舞わなかった。 「こ・・殺したんですか?」 若干青褪めた表情の七原。 「殺してはいないわよ。寸前で刃を返して、斬られたと意識させて気絶させた、と言えばいいかしらね」 「えっ? そんな・・事が?」 「一般人ならともかく、人狼では、それだけでは難しいでしょうね。でも幻術を利用すれば不可能ではないわよ」 そこに正面玄関から現れた二人。 浅田 緑(アサダ ミドリ)と金本 厚志(カナモト アツシ)だ。 「人狼ですか?」 少し驚きの浅田の言葉に、金本が続けた。 「人狼・・そうですね。狼化族でしょうか?」 「そうね。意味合い的にはどちらでも通じるかな。浅田、七原、金本は護送車の中に特殊手錠があるから、その五人の手足に手錠をした上で護送車に運んで」 そこで護送車の助手席側に歩いていく彩耶。 「砂原は動じてないようね? それじゃあなたも手伝いをお願い。私含めて五人でやればすぐでしょうし」 五人で、狼化族五人に手錠足錠を施す。 その上で、護送車に乗せ始めた。 ----------------------------------------- 1991年6月10日(月)PM:12:40 中央区大通公園一丁目 光の刃が、容赦なく翼竜を刺し貫く。 更に次の獲物を狙い飛んでいった。 大地を削る事もなく飛翔する刃閃。 黒翼竜(ブラックワイバーン)を両断する。 それでもその数が多い。 墜落しても、絶命せずに動き出す個体もいた。 極稀に、飛んでくる刃閃を弾き返す黒翼竜(ブラックワイバーン)もいる。 おそらく、個体そのものの能力が高いのだろう。 浅田が手に持つ、少し桃色がかっている刀。 その刃で、刀閃を弾き返した低空飛行の黒翼竜(ブラックワイバーン)。 その右羽を溶断した。 彼女の行動に触発された他の四名。 積極的に攻勢に出だした。 浅田が相手をしている個体の左羽。 田中が振り下ろした両刃の斧が斬り裂く。 墜落した別の翼竜が動き出した。 しかし、砂原が手に持つ二丁の拳銃から放たれた弾丸。 いとも容易く貫通し、いくつもの大穴を穿つ。 金本が手に持つランスの突撃。 瞬時に無数になり、違う翼竜を粉砕。 七原から放たれた巨大な手裏剣。 遠隔操作でもしているかのように、弧を描く。 動き出した翼竜の首を跳ね飛ばした。 新人である為、圧倒的に経験が足りないはずの五名。 気持ちの切り替えが早いのかもしれない。 また、順応性もあるのだろう。 さすがにまだ、若干の戸惑いと躊躇、恐怖は見えている。 しかし砂原だけは、例外だ。 はじめての戦闘とは思えない。 戸惑いや躊躇等の感情は見受けられなかった。 彩耶も山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)もその事には気付いている。 しかし、理由を詮索する理由もない。 その為、問い詰める気はなかった。 いまでこそ、戦線は維持し続けている。 しかし、このまま消耗し続ければ、維持にも限界は来てしまう。 現状援軍も望めない。 古川が元凶を断つ。 その前に、自分達の限界が来るのが先かは、賭けでもあった。 彩耶はもちろん惠理香も自分達は覚悟している。 しかし、新人五人や黒金の三人は、命令のままここにいるだけだ。 この八人は生き残らせなければならない。 その為には、撤退の可能性も考慮する。 彩耶のみならず、ほぼ面識の無い惠理香もそう考えていた。 ----------------------------------------- 1991年6月10日(月)PM:12:45 中央区大通公園一丁目 「―――う・・・ううん」 ゆっくりと瞼を持ち上げ、目を開けた彼女。 その瞳にに飛び込んできた光景。 全面が、半透明な結晶に覆われた、濁った色の黒い壁。 所々に様々な色の、縞模様状の線が見えた。 「やっとお目覚めになられましたですね」 少し暗い中、彼女を除いた顔。 相手の顔を認識。 その途端、銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)は一気に現実に覚醒した。 体を持ち上げようとする吹雪。 しかし、走る激痛に微かに呻き、苦悶の表情浮かべる。 それでも、上半身だけ体を起した。 「その怪我を負わせた私が言うのも、どうかとは思うですが。決して軽症ではないので、余り動かない方がいいと思うのです」 吹雪に話しかけて来たのは、エルメントラウト・ブルーメンタール。 よく見ると怪我の手当てがされている。 「え・エルメントラウト・・・」 「エルメでいいんです。ふぶきん」 「ふ・・ふぶきん? 私の事? いやそんな事より手当てしてくれてありがとう・・じゃなくて何で手当てされてるの?」 「死なれても嫌なので手当てしたです。それにしても、さっき戦った時とは話し方が違うのです。それが素なのです? 何か嬉しいです」 「あなた・・エルメがしてくれたって事なのね。ありがとう。お礼は言っておくわ」 「自分達の馬鹿さ加減を暴露するようで、非常に言い難い事なのですが。どうやら私達【獣乃牙(ビーストファング)】は、捨て駒にでもされたのです」 エルメの体を良く見た吹雪。 手当てしてあるのとは別の傷。 裂傷や擦過傷のようなものがついていた。 「あなた、私の手当てをしたのに自分の怪我は?」 「これは自分と、ふぶきんの手当てをした後の怪我なのです」 状況がいまいち飲み込めない吹雪。 怪訝な表情になった。 「とりあえず手当てしないと・・・」 「それは無理なのです。逃げるのに手一杯で、持って来れなかったのです」 「どうゆうこと? いまいち状況がわからないんだけど」 「そうです。順を追って説明するです」 説明を始めたエルメ。 時折、彼女は何かを警戒しているようだ。 しかし、吹雪にはその理由がさっぱりわからない。 「まずはここは、大通公園地下深くにある迷宮なのだそうです。イーノム・・今は特殊技術隊第四師団副師団長の男です。彼が独自にここを生み出したそうです」 「形藁だったかな? 一度だけ会った事あるわ」 |