| 144.渇望-Craving- |
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1991年6月10日(月)PM:14:48 中央区人工迷宮地下二階 紫色の魔力の奔流が消え去った空間。 砕け散ったクリスタル。 紫色の六角形が、半円状に幾つも、壁のように並べられている。 その壁が三重になって、彼等を包んでいた。 クリスタルが存在した側の壁。 その一番外側は、半分近くが吹き飛ばされている。 真ん中の壁も、いくつもの六角形に亀裂が走っていた。 今にも壊れてしまいそうだ。 三重の壁の中にいる老人。 両手を前に掲げている。 緊張した面持ちだった顔。 一転して安堵の表情に変わった。 「予想以上の破壊力じゃったのぅ。念の為に三重にして正解じゃった。そうでなければ今頃、儂等も生きてたかどうか」 「お手数をおかけして申し訳ありません」 背後に控えている全身鎧武者。 凛とした声は、その鎧武者から聞こえてきた。 「お主達が申し訳がることでもないじゃろ? こんな物騒な物を、拵えてくれた奴等こそ、土下座させるべきじゃろうなぁ。鬼都、鬼威、鬼湯、全員無事かのぅ?」 「無論です」 再び凛とした声が響く。 「鬼威も平気です」 「鬼湯も問題ありません」 「そうか、何よりじゃ。とりあえずこれで、上で起きていた事も終わってるといいのじゃが。しかし、更に下から、微かに魔力を感じるのが気になる。この階に、下りる階段なんぞあったかのぅ?」 「確認した限りは、無いかと思われます」 鎧武者の土御門 鬼都(ツチミカド キト)。 彼女の言葉に、紫髪の土御門 鬼威(ツチミカド キイ)が続けた。 「上る為の階段は、私達が利用したものも含めて、四つありましたが」 「下りる為の階段は、発見は出来ていません」 ハラリと落ちてきた、橙の髪。 掻き上げた土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)が断言する。 「しょうがない、戻りながら今一度、確認するとしようかのぅ」 土御門 春己(ツチミカド ハルミ)の指示に三人は頷いた。 魔力を込めるのを停止した春己。 三重の結界が徐々に消える。 結界が完全に消失した後、歩み始める。 周囲に散乱している亡骸。 時折視界にいれながら、春己を先頭に四人は進みだした。 ----------------------------------------- 1991年6月10日(月)PM:17:58 中央区特殊能力研究所付属病院五階六号室 病室にいるのは五人。 白紙 元魏(シラカミ モトギ)に、大人しく寝ているように言われた二人。 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)と白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。 手が離せなかった元魏。 彼の代わりに、釉雅 友香(ユウガ トモカ)に治療を受けた銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。 彼女は反対側のベッドで、今は静かに寝入ってる。 そのベッドの側には、椅子に座っている少年。 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は、何かの資料を読んでいた。 彼の背後のベッド。 今だ覚醒していない中里 愛菜(ナカサト マナ)。 彼女は、桐原 悠斗(キリハラ ユウト)が無理を行って、運んでもらったのだ。 悠斗は、愛菜の側にいる事を渇望していた。 だが、彼自身の怪我も、決して浅くはない。 その為に、義彦と友香が何とか説得したのだ。 義彦が、愛菜が目覚めるまでは、近くに待機する。 その事を条件に、渋々納得させた形であった。 なので、彼は今、四階の病室にいる。 大人しくしているはずだった。 敵味方問わず多数の怪我人がいる。 別の病室には、【獣乃牙(ビーストファング)】のメンバー。 エルメントラウト・ブルーメンタールや濁理 莉里奈(ダクリ リリナ)。 もちろん、その他のメンバーも一緒にいるはずだ。 本来であれば、今回の事件の片棒を担いでいる相手だ。 同じ階の病室に、留めて置くのは問題がないわけではない。 だが彼女達の危険性も考慮。 そうすると、受け入れ可能な病院というのが、近くにはないのだ。 伽耶と沙耶の二人。 義彦が何をみているのか気になってはいた。 だが、近くで吹雪と愛菜が眠っている。 その事と、義彦が余りにも真面目な顔で資料を見ていた。 なので、声を掛ける事を躊躇している。 二人の視線が突き刺さっている義彦。 自分が見ている資料。 その内容が気になっている事は、理解していた。 見せる事は別に問題はない。 しかし、二人に見せる必要性も特に無かった。 その為、資料を見せて欲しいという意志。 二人が直接的に示さない限りは、無視だ。 放置しておくつもりでいる。 そんな彼が見ている資料。 【図書館移動に関する計画書】という名称であった。 ----------------------------------------- 1991年6月10日(月)PM:21:33 中央区特殊能力研究所五階 バイクスーツから、既に普段の服装に戻っている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。 ソファーには白紙 彩耶(シラカミ アヤ)が座っている。 彼女はテーブルに置かれた報告書に、鉛筆で記入をしていた。 古川も同様に、机で書き物をしている。 室内に静かに響くのは、文字を書く音。 二人は時折、思い出したかのように、会話をした。 手を休ませる事もなく言葉を交わしているのだ。 「美咲、さっきの話し。三井君に図書館の管理者の警備をさせるって、本人は納得してるの?」 「あぁ、特に反対する事も、嫌な顔する事もなかったぞ」 「そうなのね」 会話をしている二人。 だが、目線は合わせない。 それぞれの報告書を見たままだ。 「あぁ、それに、彼女は義彦に会ってみたいと言ってたし、丁度いいんじゃないか?」 「そういえばそんな事も言ってたわね」 そして再び、二人は無言になった。 文字を書く音だけが再び響き渡る。 先に口を開いたのは古川。 「碧は片手喪失、龍人、健一、健二は重症、由香と紫藤は意識不明の重体・・・。他にも軽症者有りか。義彦、悠斗君、吹雪に伽耶、沙耶も負傷。そういえば、彩耶、元魏を労いに帰らなくていいのか?」 一瞬苦々しい表情になった古川。 今思いついたかのように、元魏の名前を出した。 「そうねぇ? そうしたい気持ちもあるんだけど、たぶん帰ったら逆に怒られるかも?」 「何だそれ?」 彩耶の言葉に、思わず苦笑した古川。 「何だと言われてもね。そういう人だもの。今頃はたぶん、泥のように眠っているんじゃないかしら? 精神力も魔力も、体力も結構消耗したでしょうしね!?」 「まぁ、確かに。あんなに疲れた顔の元魏は、見た事ないかもしれなかったな」 元魏の疲れた顔を思い出した古川。 彩耶の言い分に、素直に納得してしまった。 「でしょう? 私達にはわからない事だけど、短時間に連続でってのは結構大変みたいよ」 「そうか。命を預かっているわけだしな」 「ところであの子達、どーするつもりなの?」 「どーするかは、事件の全体像がある程度、掴めてからの判断だな。当分は何処も大混乱が続くだろうし」 「範囲がどの程度かはわからないけど、数時間とは言え、ほぼ全ての通信が途絶えたわけだものね」 「あぁ、経済的にも大損失になるだろうしな。倒産する企業とかも、あってもおかしくはないだろう」 「首謀者はやはり彼等? でも何が目的だったのかしらね?」 「今の所の情報を総合すると、彼等が首謀者である可能性は高いだろうな。だが物的証拠なぞ何もない。目的についてはさっぱりわからないし。明らかに、特殊技術隊の展開が早すぎたのだけは間違いない。事前に起きる事を知っていたか、自分達で起したかでもない限り」 「確かにその点は私も同意見。駐屯地なりが近くにあるならまだわかるけど」 「そうなんだよな。だがそんな理由だけでは、どうにも出来ない」 そこで古川は手を休めて、コーヒーを口に含んだ。 「そう言えば茉祐子ちゃんは?」 「あの後迎えにいって、ここに連れて来た。今は義彦と一緒にいるはずだな。さすがにあんな事件の後だし」 「その方がいいでしょうね」 その会話を最後に二人は再び、書き物に集中し始めた。 |