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「収差補正」のちょっとしたコツ

レンズ設計工程は「設計仕様の確認」から「図面作成」までいくつかの工程で構成されていますが、その中で最も時間がかかるのは、「初期データ作成」から「特性・性能評価」までの工程です。

その中でも「収差補正」は特に時間を費やしますが、「最適化・自動計算」はほとんど待ち時間に近い状態です。この待ち時間の利用方法のひとつに「収差補正」の進め方の検討がありますが、私が実践している単焦点レンズに対応した収差補正のちょっとしたコツについて、いくつか紹介いたします。

初期データの作成

  1. 曲率半径等のレンズパラメータの入力と同時に、設計波長とそのウエイトを確認します。設計途中に仕様が変更になったときや初期データの再作成のときは特に確認を怠らないようにします。
  2. 設計の初期段階の検討やたたき台の作成検討では、F値を大きく且つ像高指定数を少なくして、レンズ形状やパワー配分等を見込んだり、発生する収差の特徴を見込んだりすることができます。
  3. 初期レンズデータやたたき台は、実績のあるレンズ系のデータや特許データを使用すれば効率よく作成することができます。基本仕様が初期データと既存データが似ていれば、メリットファンクションの設定を変えることで対応できます。画角は同程度で撮像サイズが違う場合はレンズ系全体をスケーリング(係数倍)して初期データを作成します。外観寸法がほぼ同じで焦点距離が違う場合は、一部のレンズの焦点距離をスケーリングすることで初期データを作成できます。

レンズデータの変数設定

  1. 非球面を使用した設計では、非球面の次数を高くすれば高性能なるとは限らないですし、かえって高次を使用することによって光線が通りづらくなりメリットファンクションの収束効率の低下があるので、できるだけ低次で設計を進めることをお勧めします。必要に応じて次数を上げていけばいいと考えます。
  2. F値を決める絞り以外に固定絞りを設定する場合があります。目的はコマ収差などの光線のはね上がりを抑えたり、ゴーストの原因となる余分な光線をカットするためです。固定絞りを設定した弊害として、ヴィグネッティングによる周辺光量比の低下がありますので注意が必要です。
  3. 非球面を使用したレンズ系で球面収差曲線がうねってしまい、素直なカーブに修正したい場合、メリットファンクションの球面収差を細かく設定することで修正できることがあります。但し球面収差カーブうねりの原因が非球面形状にあるのならば、原因となる非球面の次数を低くして、メリットファンクションの修正無しで最適化計算させるという方法もあります。
  4. 設計過程で、曲率半径が近い場合は、強引でもいいので同じになるようにして設計を進めたほうが、レンズ加工においてコストダウンが見込めます。

メリットファンクションの設定

  1. どんな特色のある光学系でも、解像度は最優先になります。特に像面湾曲はMTFに大きく影響しますが、光学全長に依存することが多いですので、レンズ構成やパワー配分には特に留意したほうがいいです。
  2. プラスチックレンズを使用する場合、できるだけ肉厚が等肉なったほうが成型しやすいと言われています。
  3. ガラス研磨レンズはプラスチックレンズとは逆に、等肉にならないように気をつけたほうがいいです。等肉の場合はベルチャックによる芯取りの精度が落ちるため、レンズ面偏芯による解像度劣化が懸念されます。対策としては設計過程において、常に留意することです。
  4. レンズの加工や組立方法について常に考え、実現可能な外観形状(Z係数・コバ厚)やレンズ間隔・肉厚になるように、こまめにチェックしたほうがいいです。
  5. 最適化計算は非線形方程式を解くことですので、初期設定によって収束する値が変わることが多々あります。優先順位の高い性能が良くない方向に収束して、そこからの補正が困難な場合がありますので、区切りのよい所でレンズデータを保存して、いつでも前のデータに戻れるようにしたほうがいいです。
  6. 硝種選定を含んだ最適化計算をする場合は、できるだけメリットファンクションの設定は少なくしたほうが計算スピードが速いです。MTFを含むような設定にすると、一晩たっても最適化が進んでいない状況になることもあります。
  7. レンズタイプによって発生する収差に特徴がありますが、それを見込んで設計していても、最適化計算結果は目標値やウエイトの影響を受けるため、予測することは不可能です。収差が改善する方向にいくときもあれば、劣化する方向にいくときもあります。収差の変化度合や仕様の達成状況を見ながら、目標値やウエイトを修正していき、場合によってはレンズタイプも変更して、仕様満足のために臨機応変に対応するのが大切です。
  8. 仕様の優先順位は、コンセプトに応じて決定されますが、設計での優先順位は仕様の優先度より高い順位で解像度を設定します。解像度が低いレンズ系はどんなに特徴のある光学系でも使用することが出来ないからです。また製品として形にならないと使用することができないので、外観形状も優先順位を高くすることもあります。
  9. メリットファンクションの設定でザイデル3次収差係数を使用することは、設計初期の段階では、レンズ構成やパワー配置を決定する意味において、とても有効です。収差補正が進むにつれて、性能評価が厳しくなっていきますが、そのときは3次収差係数の設定は外したほうが、他の収差が収束しやすくなります。ただし最適化計算中の3次収差の変動が大きい場合、収差係数の変動を小さくして高次の収差を補正したい場合、ウエイトを小さく設定してメリットファンクションに残しておくことも有効な場合があります。非球面を使ったレンズ系の設計ではメリットファンクションの発散が抑えられることもあるので、収差の収束状況に応じて収差係数の使用を決めればいいと思います。
  10. 周辺光量比の低下は、ディストーションが変わらなければ、固定絞りの設定の仕方が一番の原因になりますが、光学全長や固定絞り前後のレンズ外観形状やレンズパワー配置も起因しますので、注意深く光路図を確認することが大切です。

最適化方法の選択

  1. 色収差補正で凸レンズと凹レンズを接合することがありますが、自動設計では接合面の曲率を大きく変化させるて補正することがあります。レンズ加工に影響するほど曲率半径が小さくなる場合は、変数から外して手動で修正し、硝種変更で色収差補正したほうがいいです。
  2. 自動設計では感度の高い箇所を変化させて収差を目標値に近づける傾向があります。そのためレンズのパワー配置が想定していたものと変わってしまって、補正しなくてよい収差が大きく劣化することがあります。そのときは感度の高い箇所を固定して、他の箇所を変化させるような自動計算させるのもひとつの方法です。
  3. やむを得ず手動設計を行う場合があります。それは最適化計算させてもほとんどメリットファンクションの値が変わらない場合や、変動しやすいパラメータを固定したときの固定箇所を変化させる時など、強引に極値から抜け出すときに行います。そのときの注意点として、光線が通らないということを避けるために収差図や感度表を見ながら少しずつ変えていったり、焦点距離が大きく変わらないように別のパラメータも同時に変動させることで、エラーが少なく効率的に進めることができます。

自動計算の実行

  1. 最適化のための自動設計は、非球面を使用したり、コンフィグの設定が多いと、計算時間がより遅くなります。理由は非球面の場合は面と光線との交点と垂線を算出するのに収束法をとっているためであり、コンフィグの設定が多い場合は、コンフィグの切り替え処理を行っているためです。設計に必要な設定なので外すことは出来ないので、時間短縮する方法はありません。この計算時間を利用して、短時間でこなせる作業をするとか、自己啓発のための勉強をするとかがよいと思います。

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