魚菜王国いわて

72歳の農民・パーシー・シュマイザーさん カナダからの警告

 現在、遺伝子組み換え作物が作付けされている国はアメリカ、アルゼンチン、カナダ、中国など。作付けは、アメリカの多国籍企業「モンサント社」がほとんどを支配しています。モンサント社は、ラウンドアップという除草剤を販売していると同時に、遺伝子組み換え作物を開発し、独占的地位を築き上げている化学農薬メーカーです。

 7月3日、「植えたらオシマイ! 遺伝子組み換え作物の作付けを止めよう東京集会」が千駄ヶ谷区民会館で開かれ、モンサント社と裁判で闘っているカナダの農民、パーシー・シュマイザーさん(72歳)の講演が行なわれました。約300名が集まった会場は、2階席までびっしりと埋め尽くされ、遺伝子組み換えに反対する想い、そしてシュマイザーさんを応援しようという気持ちであふれていました。

 「日本でもし遺伝子組み換え作物が栽培されるようになったら、アメリカやカナダと同じことが起こるでしょう」とシュマイザーさんは言います。まだ「植えるか、植えないか」選択ができる日本に住む私たちは、今まさにその警告を真摯に受け止め、国内作付けに反対していかなければならない、と強く感じました。

■50年間の自家採種が一夜でなくなった
 シュマイザーさんは、カナダの穀倉地帯、サスカチュワン州で、ナタネや小麦、豆など650ヘクタールの農場を夫婦で営んでいました。50年来、ナタネを自家採種し続けており、地域に適した耐病性のある種子の開発者として知られていました。そのかたわら、州議会議員や連邦政府の農業委員も勤めてきました。そのシュマイザーさんが、今や遺伝子組み換え作物と闘う農民として、象徴的な存在となっています。

 数年前、近隣農家がモンサント社の除草剤耐性の遺伝子が組み込まれたナタネを栽培しました。この遺伝子組み換えナタネの花粉が、風か虫か何かが原因で拡散し、シュマイザーさんの畑のナタネと自然交配しました。このように遺伝子組み換え作物は、非遺伝子組み換え作物を汚染するのです。

 しかし98年、モンサント社はシュマイザーさんに対して、遺伝子組み換えナタネを違法に入手し、ライセンスなしで栽培したとして、「特許侵害」で告訴しました。判決は一審、二審とも、遺伝子組み換え種子がどのようにして畑に入ったのかは問題にされず、「生えていたこと自体が特許侵害」だということで、種子汚染を被った側が有罪になるというとんでもない結果になりました。

 シュマイザーさんは50年近く種を選抜し、自家採種してきた畑を、遺伝子組み換え種子で汚染されてしまいました。またモンサント社の種子が混ざってしまったことによって、自家採種することを禁じられ、種を買わねば農業ができなくなってしまったのです。つまり判決結果は、モンサント社の所有権は、作物を自由に選び、作るという農家の権利を上回ることを意味します。

 現在、シュマイザーさんは最高裁判所に上告しており、来年1月に裁判が開かれる予定です。すでにこれまで2700万円もの費用を訴訟のために使いました。家族に対する脅迫もあったそうです。それでも裁判を続ける原動力は、世界中からの声援と支援にあると言います。「私の判決結果は、カナダだけなく、世界中の農民たちに影響していくでしょう」とシュマイザーさん。なぜなら、特許法というものは、世界中で適用されるものだからです。現在モンサント社は550件もの訴訟を起こしており、農民たちは自分の農場を失うかもしれないという不安を抱えながら、シュマイザーさんの判決を待っています。

■農村で横行するモンサント社の暴挙
 96年に遺伝子組み換え作物の栽培がカナダで始まった時、メリットばかりがアピールされていました。「収量が増えますよ」「栄養価は高いですよ」「農薬は少なくて済みますよ」…。8年たった今、収量は大豆でマイナス15%、農薬使用は3倍になり、農薬に対しものすごく強い「スーパー雑草」が生えるようになりました。農薬使用の増加により、環境への影響、農家の人々への健康被害を生んでいます。「『持続可能な農業にする』、『世界の飢餓を根絶する』なんてうたい文句はまったくの嘘だったということがわかりました」とシュマイザーさんは言います。

 また、農村で起きている恐ろしい事実も紹介されました。農村では「モンサント社のライセンスなしに、遺伝子組み換え作物を生産しているような近隣農家があったら通報してください。通報者には皮のジャケットをプレゼントします」というチラシがまかれています。通報があると、「モンサント・ポリス」がその畑に来て、勝手に作物を刈り取り、調査を始めます。そしてある時、モンサント社から賠償請求書が突然届きます。そこには「あなたが遺伝子組み換え種子を育てている証拠を持っています。●●万ドル支払いなさい。そうしなければ訴訟を起こします」と脅しが書かれてあるのです。身に覚えがなくても、畑を失うかもしれない恐怖心からやむをえず賠償金を支払う人がほとんどだそうです。また農村では誰に通報されたのかと、相互不信に陥り、コミュニティの崩壊が起きています。種子汚染を広げてから、特許を楯に、大企業が一農家を怯えさせ、自社の種子しか使えないように追い込んで支配していく。そんな暴挙が行なわれているのです。


■遺伝子組み換え作物との共存はありえない  
 一度、政府が栽培を許可して、遺伝子組み換え作物が自然に放たれれば、種子汚染を妨げることはできません。現にシュマイザーさんの畑がそうなりました。「有機栽培も非有機栽培の別もありません。純粋な種はなくなり、種苗の開発もできなくなり、すべて遺伝子組み換え作物になります。共存はありえないのです」とシュマイザーさんは言います。そして一番恐ろしいのは、遺伝子組み換え種子の単一品種のみになってしまうこと。「一度、病気がはやったら、他になんの選択肢もなく全滅してしまうのですから」と生物多様性が失われた末に考えられる食糧危機を指摘しました。

 シュマイザーさんは「あと何年生きられるか分からないが、私は人生をかけて、農民が種子を植える権利を守りたいのです。どんな個人も企業も選択する自由を奪う権利はないはずです。農家の権利と自由を守るために戦い続けます」と、これからもモンサント社へ立ち向かうことを宣言されました。

 そして最後に日本に住む私たちに対しての言葉。「私は皆さんにはこうしなさいとは言いません。ただ、カナダで遺伝子組み換え作物の栽培を受け入れてしまった時、こうなるとは誰も教えてくれませんでした。日本にはまだ選択する自由があります。原種を失う大きな対価を払うということ、50年もかけて育てた種が一夜にしてなくなってしまったということを忘れないでほしい」。選択する時はまだ残されているのです。同じ轍(てつ)を踏まないようにしなければ。

(機関誌 月刊「だいちMAGAZINE」2003年9月号より)

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