魚菜王国いわて

WTO会議、農業補助金で対立深まる 修正宣言案提示へ

 メキシコのカンクンで開かれている世界貿易機関(WTO)閣僚会議で、農業作業部会のヨー議長(シンガポール通産相)は12日午後、今会議で採択をめざす閣僚宣言案の修正案を提示する。農業補助で米国・欧州連合(EU)と、ブラジルやインドなど途上国連合が対立しており、議長案は両派の主張を一部とりいれた妥協案になる見込み。しかし、豊富な補助金に支えられた先進国の安い農産物が世界市場を席巻し、途上国の農業に深刻な影響を与えているだけに、議長の修正案が対立の構図を変えることができるかどうかは依然不透明だ。

 「(農業補助金削減という)野心的な目標を引き下げる事態に直面するならば、むしろ(04年末までの)交渉期限を延ばした方が良い」(アモリン・ブラジル外相)

 「途上国と先進国は別の軌道上にいる。(途上国が)宇宙旅行を続けても成果は出ない。取引するには地球に戻るべきだ」(フィシュラーEU農業担当委員)

 閣僚会議の開幕前から、米欧と途上国は激しい応酬を続けてきた。

 前回のウルグアイ・ラウンド農業合意で、途上国が市場開放を進めたにもかかわらず、先進国が補助金を十分に削減しなかったという不満が途上国には強い。99年の農業補助金は米国は1兆8000億円。EUは5兆8000億円に加え、輸出補助金も56億ドルにのぼる。日本の7500億円に比べても高い水準だ。「豊かな国の農家に払われる補助金は、一日1ドル以下で暮らす世界の12億人の所得合計を上回る」(国際NGOのオックスファム)

 先進国内でも、補助金批判は高まっている。閣僚会議直前にワシントンで開かれたシンポジウムでは「現在の米国の農業政策で最も利益を得ているのは、穀物貿易会社だ」との指摘が出た。

 米国で環境や政治資金問題に取り組んでいるNGOによると、02年の米国の農業補助金の65%にあたる78億ドルは、企業を含む上位10%の大規模農家に払われた。一方、農業ビジネスからの政治献金は、92年の3700万ドルから02年は5300万ドルに膨らんだ。大規模農家と貿易企業、政治の結びつきが見える。その標的が途上国市場だ。

 EUの砂糖に対する輸出補助金も、「最悪の例の一つ」(オックスファム)との批判を浴びている。アフリカのマラウイやザンビアなどより3倍もの生産費をかけているが、輸出補助金によって、EUは世界最大の砂糖輸出地域となり、世界の砂糖価格を2割ほど引き下げているという。

 米国のシンクタンク「国際食糧政策研究所」(本部・ワシントン)は、先進国の補助金で、途上国の農業収入が毎年約235億ドル失われている、との報告をまとめた。損失の内訳はラテンアメリカとカリブ地域で83億ドル、アジア地域66億ドル、サハラ以南アフリカ地域で19億ドルなど。逆に先進国側が与える被害額の内訳ではEUが129億ドルと最も大きく、米国67億ドル、日本・韓国34億ドルなどとなっている。

 NGO「第三世界ネットワーク」(本部・マレーシア)のマーチン・コー代表は「現在の閣僚宣言案は、農業分野では先進国にほとんど何も求めず、途上国にとってはダンピング輸出への防衛手段を欠くものだ。一方で、非農産品では途上国側に思い切った関税削減を求めている。こんなダブルスタンダードが貫かれるなら、WTOルールは途上国に、より不公平なものになるだろう」と指摘する。

 全会一致による意思決定が原則のWTOでは、多数派を占める途上国の支持を取り付けることが交渉を有利に運ぶ上で欠かせない。一方、政治との結びつきが深い農業では、簡単には妥協できない。米欧側は、途上国内でも農産品の輸出国と輸入国で利害が分かれる点を突いて分断を図る動きも見せるが、両者の駆け引きは終盤までもつれる可能性がある。

2003年9月13日付「朝日新聞デジタル」より

リンク元