魚菜王国いわて

鮭の鮮度

魚の鮮度を維持することは、今や漁師の常識であり、昔のようにただ盛り上げて積んで来ればいい、という時代は終わりました。
どこの魚市場でもHACCP導入で、衛生管理は厳しくなっています。
それゆえ、魚市場までもってくる漁師の側にも、当然、鮮度維持は義務付けられます。
ちなみに魚市場ではタバコは厳禁です。

現在、私は鮭延縄(はえなわ)漁に出漁しています。
ゆえ、宮古魚市場の鮭の荷受、鮮度維持体制について書きます。
HACCP導入で、魚を直接市場のコンクリートの床に置くことはできなくなりました。
導入以前は、木材で仕切って床の上に置いていましたが、現在、鮭に関しては、全量海水入り氷入り(私たちは「みずごおり」と呼んでいます)タンクに入れます。
この「みずごおり」鮮度維持法を鮭漁で導入したのは、定置網の船であり、船倉に氷の入った海水を仕込んでおいて、網起こしした魚をそこに直接入れます。
この場合、鮮度の良し悪しは氷の量で決まります。
あとはいかに魚を固定するかです。
魚を動かすと鮮度は落ちます。
これについては後述します。
氷と魚と海水の分量を上手に操作すれば、鮮度を維持できます。

さて、わが延縄についてですが、宮古魚市場の荷受規定で、鮭については、氷を使って鮮度維持することを義務付けられています。
過去10年くらい前は、氷は使っていませんでした。
実は今でも氷を使っていない、もしくは、話にならない量しか氷と使っていない船も見受けられます。
論外の漁師ですね。
で、延縄の鮭というのは、平均単価でいえば、定置網の鮭よりは少し高いと思われます。
定置漁場よりは沖合いで鮭を漁獲するわけですから、銀毛(鮭には銀毛とブナ毛があり、銀毛のほうがうまい。水産技術センターの「岩手の魚類図鑑」の「サケ」を参照のこと)の比率が高く、そのために単価が高いのです。
延縄の鮭は、プール入札で、各船ごとの入札ではありません。
それゆえ、真面目に鮮度維持している船ほど、不利になります。
例えば、鮭が大漁になればなるほど、仲買人は一部の氷を使わない船を持ち出して、鮮度落ちを理由に買い叩いたりします。
暴落の原因でもあります。

どの魚についても言えることですが、魚を乱暴に扱えば明らかに鮮度は落ちます。
例えば、何重にも魚を重ねれば、いくら獲りたての魚でも鮮度はかなり落ち、身がグタグタして柔らかくなります。
船は、沖合いでは何千回(何万回?)も揺れますから、固定していないと、魚は船の上で行ったり来たりします。
これでは、魚は、頭や腹を殴られているのと同じでボコボコ。
ひどいものは内臓が溶けてしまい、あるいは、皮が擦れて赤くなってしまいます。
高鮮度の魚というのは、身が引き締まっていて、鮭などは硬いです。
尾びれを握って魚を水平にしようとすれば、鮮度のいい鮭はそのままの形を維持しますが、鮮度の悪い魚は尾びれから曲がり、ダラーンとなりますから、鮭の場合、尾びれを持っただけで、その魚の鮮度はわかります。

さて、私の船の取り組みは?といいますと、宮古魚市場管内での延縄漁船では、最高クラスの鮮度維持です。
メス鮭は定置並みの「みず氷」タンクに入れ、オス鮭はカーペットの上に並べて上氷、太陽光や風を避けるためにシートをかぶせます。
鮭が船の上にあがったら、それができるだけ動かないように板子の上にカーペットを敷いています。
これだけで、かなりの鮮度を維持できます。

最も鮮度を維持する方法は、死後硬直が起こる前に箱に詰めて、氷を載せること。
ちなみに、陸送する人たちのほとんどは箱に入れてきますが、これは船の上で箱詰めするのではなく、オカに着いてから箱に詰めて氷を載せるわけです。
これだと、もちろん鮮度は落ちているわけです。
中には、氷も使っていないなんてこともあります(最低クラスの漁師)。

10年くらい前でしたか、春鮭鱒の延縄もやっていまして、春鮭鱒で獲れる鮭は、シロザケ(宮古地区ではオオメマス)とカラフトマス、稀にマスノスケ、もっと稀にベニザケ。
これらの鮭類は、今獲れている秋鮭よりもかなり脂が乗っていて、脂が乗っている魚ほど身が崩れやすいという特質があります。
100マイル以上の沖合い漁場で何日も沖にいますから、エラをとり、腹を割いて内臓をとって鮮度維持します。
それを全量箱に詰めてきます。
1週間航海だと最初に獲った魚は、市場に水揚げするまでに4日か5日経っていますが、その魚を箱から取り出すと取り出したままの形を維持います。
これは鮮度のいい証拠なのです。
箱に入れずにただ重ねて持ってくれば、あるいは箱に詰める前に鮮度を落とすと、魚は決して形を維持せず、グタグタしています。

同じ漁場を北海道の船と一緒に操業したりします。
彼らは全船バラ積みで、つまり、箱にいれずに魚を重ねて北海道の市場にもって行きます。
船倉に中段を作ったりして積みますが、それでも一番下になったマスは、せんべいみたいに潰れるそうです。
ちなみに同じ漁場で獲って、しかも箱入れのバリバリの鮮度でも、宮古魚市場では北海道よりも単価を高く売ったことは、たった一度もありません。
北海道モノは鮮度が悪くても、「北海道ブランド」として高く売れるんだそうです。

鮭類は、魚体の大きいものほど鮮度が落ちにくく、逆に小さいものほど鮮度落ちが早いです。
マスが1回の操業で2,000尾以上も来ると、どうしても処理が間に合いませんから鮮度落ちし、小さいマスは腹を割くとなんと腹の骨が身から離れていたりします(通称ザバラといいます)。
また、悪天候で操業すると、最後の方の縄についていた小さいマスは、船に揚がってすぐに処理しても、すでにザバラになっていることもあります。
それほど、魚にとって死後に動かされるということは、鮮度落ちする、ということになります。

さて、沖で5日留めにした脂の多い魚でも、形がくずれないほどの鮮度を維持できるというのに、本日モノの身の硬い秋鮭がグタグタになるということは、いかに魚を乱暴に扱っているかということを示すものです。
こういうことがなくなれば、釣りモノ(延縄モノ)の鮭の単価はもっと高くなるでしょう。
鮭延縄漁業の方がこれを見ていたら、どうか努力をお願いします。
(2003年11月22日)



鮭漁業

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