魚菜王国いわて

末広町復活への一つの考え PART 5 〜ダブルスタンダード、補足

一つのモノに対する価値というのは、人それぞれです。
したがって、地方のそれも違うはず。
都会と田舎ならもっと違いますし、ニューヨークと宮古では話にならないくらい違うでしょう。
電気のない地域では、ウランは全く無価値(それを売る話は別として)。
純粋なクリスチャンにはコンドームは無価値(意味がわからないかも?)。
そんなぐあいに地域によって、そして、立場によって価値は異なります。
私はここでせっかく、地域通貨のことを書きましたから、従来言われている地域通貨を、もっと通常通貨に近い使い方に発展させてもいいと思います。
前回で地物トマトのことを書きましたが、地物に関しては「円」より地域通貨で買う場合は安くするとか、ということができると思います。
もし地域だけでカネが循環するのであれば、地域の経済は安定します。
この経済の安定が望めるのならば、たとえ「円」での取引より利益が少なくても、地域通貨での取引をしたほうがよい、と考えてもいいと思います。

冬のタラ(マダラ)の値段を観察すると面白いです。
12月の25日か26日頃を境に、値段は下がります。
それ以前は東京市場での売りが可能なので、タラの値段は非常に高い。
ところが、それを過ぎると半値となります。
タラのさばかれる市場が、宮古とか盛岡だと、高い値段のタラは誰も買わないのでしょう。
このときの値段が、宮古地域の経済に見合った価値です。
実際には、いくら高値をつける時期でも、宮古にはタラはちゃんと出回ります。
恐らくその辺は、仲買人の良心も幾分あると思います。
損するわけではないんですよ。
比較しての損ばかり考えているわけではないんだ、と私は良く解釈しています。
加工屋さんの中には、できるだけ地元産の魚だけを扱いたい、という立派な方もいます(当然、逆に、金儲け主義一辺倒で、どこのものであろうと安いものに飛びつき、ただ商品をまわす、というグローバルな考えの人もいます)。

そんなわけで、東京での価値と宮古での価値、この二重の価値を表現するものがあってもいい、つまり「円」と地域通貨の二本立ての取引があってもいいと私は思います。

最後に補足です。
商店街の形成についてですが、今の「花の木通り」の末広町とニ幹線の間は、粋な店が並んでいます。
これが、魚菜市場まで続けて商店街が形成されれば、前に書いたワンコインバスの巡回コースになります。
宮古駅から魚菜市場を通り、花の木通りをまっすぐ山崎カメラさんまで行き、そこから末広町を北へ、そして藤田屋さんの交差点から右に曲がり、あとは既存のバス路線を宮古駅まで。
そうすれば、魚菜市場の大駐車場も生きてきます。
そこからワンコインバスで、商店街を周遊できるからです。
市が本当に応援するなら、今後、公共の施設を作る場合、これらのバスが周遊するコースの近辺に作ることが望ましいですね。
必ず「交通が不便だ」という人がでてきますが、そこはそういう人の理解不足ということにしましょう。

地域通貨に対する私のこの考えは、単なる思い付きです。
ゆえ、今言われている地域通貨からは、かなり逸脱しているでしょう。
しかし、少しはヒントになるものがあったらなあ、という気持ちで書きましたから。
その辺は、ご理解お願いします。
(2003年2月25日)



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