魚菜王国いわて

「噂の真相」9月号コラム「撃」より

今日は「撃」の一部を載せます。
まず一読してください。

今年4月に創刊新潮新書の中でも圧倒的な売れ行きを記録し、新聞各紙の書評でも大絶賛されている養老孟子『バカの壁』には、この種のベストセラーとなるたいていの書物がそうであるように、ほどよい正論と暴論が入り混じっている。
例えば、「犯罪者の脳を調べよ」という意見はどうか。養老によれば、人間の脳をCTなどの科学技術を使って調べることによって様々なことがわかってきているという。前頭葉の機能が低下していると、行動の抑制が効かずに衝動殺人などを犯してしまうような、いわゆる「キレる」タイプの人間となり、一方、連続殺人犯型の人間の脳は、善悪の判断等にかかわる扁桃体という部分の活性が高すぎるらしい。したがって、こうしたデータを蓄積しておくことは社会的にも有用であり、犯罪者、反社会的行為を行った人間については強制的に脳の検査をされても仕方がないという合意を社会的に形成すべきだ、と養老は主張する。犯罪を犯せば、指紋を押捺させられるのと同様というわけである。
確かに、こうした調査データに妥当性がないとは言えないし、脳の検査をタブー化せずに、その是非について議論すべきだというのは正論かもしれない。しかし、データに基づく科学的推論を真理だと決めつけたり、一つの推論を行政が大規模に採用することの怖さは、本書で養老自身が繰り返し説いていることでもある。現実にこれが実施されれば、いつのまにかその「科学的事実」が一人歩きして、「悪用」される危険のあることはあまりに明らかだろう。養老はデータの使用例として、まだ何もやっていない若者の脳を見ることで、タイプがわかり、それにあわせた教育も可能になるというのだが、どう考えてもこれは、犯罪を犯す前に「犯罪者」を特定して社会から排除することにつながりかねない。それでなくても、いまや「反社会的」な動向に対する警察的な管理や監視がいたるところで進行し、善と悪を単純に色分けしようとする思考が蔓延するばかりではないか。本書の刊行後に起きた少年犯罪をめぐる政治家の発言にも見られるような風潮が、ベストセラーの背景になっているとすれば恐ろしい。
(「噂の真相」2003年9月号p131)

「科学的事実」が悪用され、脅しの材料にされ、世論形成の材料にされ、国民が政治のペテンにかけられるという危険性を、このコラムは指摘しています。
「科学的事実」から得られる推論までが、「真理」とされるものほど恐ろしいものはありません。
「推論」は、権力者の思うまま、いくらでもできますから。
(2003年9月8日)



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