4-1. コスト比較資料は「ロッカー」へ隠せ!




 「官僚の仕事の一つは、隠蔽工作である」と断言してもいいほど、各省庁の隠蔽は、次から次へと“公開”されている。実は、資源エネルギー庁も負けてはいなかった。過去形で書いたが、今もそうかもしれない。

 2004年7月3日に明るみになった使用済み核燃料再処理コスト試算資料は、1994年2月4日開催の総合エネルギー調査会原子力部会核燃料サイクル及び国際問題作業グループにおける議論用参考資料として、事務局が作成したものである(参照1)。これは、1994年6月10日に開催された総合エネルギー調査会原子力部会で検討され、その中間報告書では、価値のない資料と断定されている(参照2)。

 この資料の隠蔽は、国会の場でも、堂々と行われた。2004年3月の参議院予算委員会で、社民党福島みずほ議員の質問に対し、日下一正資源エネルギー庁長官(当時)は、「使用済み核燃料を再処理しない場合(直接処分方式)のコスト試算データはない」と答弁している。ところが、存在したのだから、やむを得ずロッカーから出てきたことにしたようだ。資源エネルギー庁のこの隠蔽を、河野太郎自民党代議士も糾弾している(参照3)。 参照に示した「平成6年2月4日『核燃料サイクルの経済性試算について』資料について」の別添2「総合エネルギー調査会原子力部会中間報告」p39を見てみるがよい。当時委員だったメンバーが記されている。よくも「ロッカーから出てきた」などと言えたものである。

 福島みずほ議員が「再処理をしない場合のコストについて質問した」のが、2004年3月17日の予算委員会(参照4)。同年1月には、核燃料リサイクルのコスト見積もりが電事連から提出されてはいるが、直接処分とのコスト比較は、福島議員が質問するまで眼中になかったことがわかる(福島議員には礼を言いたい)。
 しかし、このコスト比較は、もんじゅ事故以前にすでに行われており、当時は、「最終処分費の見積もりが極めて不透明であることから、両路線の比較を行うこと自体が困難である。」とし(参照2)、資料自体を“ロッカー”へと隠してしまう。そこまでは、官僚の“仕事”として認めよう。しかし、そのたった1年10ヶ月後に、高速増殖炉もんじゅが使い物にならなくなった。最大の疑問は、なぜ、そこで、直接処分のコスト計算を真剣に行わなかったのか、ということである。資源エネルギー庁の無能さがわかるのはここだ。彼らは、“使い物にならない”と断定されたコスト比較を、2年も経たないうちに忘れてしまい、再度検討し直さなかったのである。

 この罪は、非常に重い。

 ところが・・・・。

 1994年のコスト比較資料隠蔽について、原子力資料室の西尾漠氏が鋭い考察をしている(参照5)。彼の文書からボク流に読み取ると、次のようになる。

 直接処分という方法がありながら、それを選択肢と認めず、最初から再処理することが確定していた。そして、それを良く見せかけるにはどうやったらいいのか、という方法ばかりを彼らは考えていた。興味深いことに、コスト比較資料を、当時、公表したくない人物は、少なくとも一人はいた。中部電力副社長の太田宏次氏である。そして、新計画策定会議においても、この話題を早く終わってほしいと願う人物がいた。それは、電気事業連合会会長の藤洋作氏である。つまり、コスト比較資料隠蔽を欲したのは、電力業界側だったのだ。だから、資源エネルギー庁側はそれに応え、その後2004年1月に電事連から資料が提出される(参照6)まで、コスト比較を行わなかったのである。




参照
 1. 「平成6年2月4日『核燃料サイクルの経済性試算について』資料について」1(「METI/経済産業省」)、「第4回総合エネルギー調査会原子力部会核燃料サイクル及び国際問題WG 議事概要」(「原子力資料情報室(CNIC)」)
 2. 「平成6年2月4日『核燃料サイクルの経済性試算について』資料について」2(「METI/経済産業省」)
 3. 「ウソつきに原子力はまかせられない」(「Greenpeace」)
 4. 「福島みずほの国会日記 2003年3月」(「福島みずほと一緒に国会へ行こう」)
 5. 第3回新計画策定会議「資料第5号 御発言メモ」p6「ロッカーを開けば秘密が一つ」(「原子力委員会 原子力政策大綱
 6.「電気事業連合会から提出された資料」(「資源エネルギー庁 電気事業分科会」)




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