化学合成油と鉱油 |
■Summary 自動車用潤滑油として化学合成油が本格的に普及してから15年になる。 現在ではエンジン油のみならずギヤ油、ATFとしても化学合成油が普及している。化学合成油の優れた潤滑性、耐久性、耐熱性を鉱油と比較し、両者の決定的な差をその成分から解説する。
■鉱物系潤滑油 原油からガス成分、ガソリン、ナフサ(粗製ガソリン=化学原材料)、灯油、軽油、重油等の各種留分を取り出した後の残さ油からベースオイル(基油)が造られる。成分中にCa、K、Na、Mgの化合物を含むので、英語ではMineral Oilと言う。また各油井により成分が異なりベースオイルの性能が産地により大きくバラツキ、潤滑に有害な成分が残留している事もある。
■化学合成油 ナフサから分子設計してベースオイルが造られる。主成分はポリαオレフィンとポリオールエステルで各種ミネラル等の不純物を含有しない。不純物を含まないので各種添加剤(酸化防止剤、清浄剤、分散剤等)の効果が高い。
■部分合成油 その名のとおり鉱油に性能向上を狙い合成油をブレンドした潤滑油で、コスト、性能共に両者の中間になるが、耐熱性は鉱油のままで向上しない。 何故なら油の耐熱性は、成分中の一番分解温度の低い成分で決まるからで、耐熱性の高い成分を添加 してもその油の耐熱性は変化しない。
■半化学合成油 この奇妙な油の名は正式な分類にはない。これは「水素化分解油」をその製造メーカーが化学合成油の高性能なイメージにあやかろうと付けたようだが、学術的分類ではあくまでも鉱油の範疇に入る。
水素化分解油そのものの性能は、鉱油系では最高性能といえるものでコストパフォーマンスは高いが各種ミネラル成分は鉱油のまま。(ミネラル成分の除去はコストが高くつき、むしろナフサから合成した方が安くつく)従って、各種添加剤の効果は、ミネラル成分によって阻害される恐れが残っている。
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化学合成油の歴史 |
■化学合成油の歴史には第二次世界大戦における石炭液化事業まで遡る。
第一次世界大戦に敗れたドイツは中東の石油権益を封じられ、国内の自覚的豊富な石炭(ルール、ザール炭田)の液化に取り組み、FT合成油の開発に成功した。FT合成油、液化石炭油からは燃料(合成重油、合成ガソリン等)のみならず、高性能潤滑油も開発しメッサーシュミットMe109、フォッケウルフ190の潤滑油に使用された。戦後これらの技術を入手した米軍は、軍用潤滑油の化学合成油化を進め、1949年までに全ての潤滑油作動油、油脂類を化学合成化した。
- FT合成油
ドイツのカイザー・ヴィルヘルム石炭研究所のフランツ・フィッシャーとハンス・トロプシュが1923年に開発した合成ガス(H、CO)から直鎖系炭化水素を得る技術。現在ではGTL(Gas To Liquids)として定着している。GTLはLNG(Liquefied
Natural
Gas=162℃に冷却液化した天然ガス)とは全く別の軽油に似た液体燃料。南アフリカでは軽油のみならず、ガソリンもGTLで生産する。
- 石炭液化(ベルギウス法)
炭素(C)=固体を直接液化するには、水素(H)と反応させ炭化水素(HC)化するのが一般的な方法。 ポイントは如何に少ないエネルギーで炭化水素化するかの触媒の開発にあった。 微粉炭+重油+触媒を高温(450℃)高圧(300atm=30Mpa)下で水素と反応させると(水素化分解の一種)高収率で軽重油が得られる。
■世界最初の化学合成潤滑油 1946年発売されたUCC社のPrestone
Motor Oilが世界最初の科学合成エンジンオイル。しかし当時は安価な鉱油の全盛期で、レーシングカー、特殊寒冷地仕様車両に使用されただけで普及せず市場から消えていった。 次に化学合成油が市場に現れたのは1970年代。これもオイルシールの膨潤性が鉱油使用を前提にしたシーリング特性と合わず、オイル漏れが多発し市場から消えた。(合成油の主成分のうち、ポリαオレフィンはシールを収縮させ、エステル類は膨張させる。両者を巧く配合し膨潤特性を鉱油に合わせる事が重要)
1990年代以降は各オイルメーカーとも経験を積み、現在の化学合成オイルには上記のようなトラブルはない。 |
オイルの劣化 |
■オイルの劣化
- オイルの劣化は内的要因と外的要因に分類される。内的要因とは油自身の変化−酸化であり、外的要因は汚損である。
油の酸化は粘度増加や金属腐食の原因になり、汚損は同じく粘度増加やスラッジ形成の原因になる。
■酸化防止剤
- 連鎖反応停止剤
油分子の酸化連鎖反応のもとになる遊離基と反応し不活性化する、フェノール、芳香族アミン化合物。 低温度領域で優れた酸化防止効果を持つが、潤滑油として使用過程で消費されると酸化進行は急速 に進む。
- 過酸化物分解剤
潤滑油使用過程で生じる過酸化物と反応して安定化する、S(硫黄)、P(燐)化合物。 消費されても酸化進行速度にはあまり影響しない。高温度領域で効果が高い。
- 金属不活性化剤
トリアゾール、チアゾール類。酸化触媒となる金属類の表面に不活性皮膜を形成(metal passivator) したり、油中に溶出した金属と反応し不活性化する(metal deactivator)がある。間接的酸化防止効果 を持つ。
■多機能潤滑油添加剤 ZnDTP(ジアルキル-ジチオ燐酸亜鉛)
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RO |
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S |
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S |
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OR |
構造式 |
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>P< |
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>P< |
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RO |
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S |
−Zn− |
S |
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OR |
現在の内燃機関油必須とも言えるZnDTPは優れた酸化防止剤、腐食防止剤だけでなく、優れた磨耗防止剤でもある。酸化防止剤としては、連鎖反応停止剤、過酸化物分解剤の両機能を持つ。ジアルキルタイプよりアリールタイプの方が耐熱性に優れているとの報告がある。最近は一部のオイルにはより高性能を狙って、潤滑性の高いSnDTP(アリール-ジチオ燐酸錫)を添加したものも実用化されている。 |
化学合成潤滑油ベースオイル ポリ−α−オレフィン |
■ポリ−α−オレフィン(オレフィンオリゴマー) 水素(H)と炭素(C)からなる合成パラフィン(CnH2n+1)系炭化水素油
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C8H17 |
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構造式(例) |
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C10H20 |
− |
(CHCH2) |
− |
nH |
ワックス(Bitumen Wax)を分解して造るワックス系と、エチレンを低重合して造るエチレン系がある。 ワックス系は炭素数分布が広く粘度指数はあまり高くない(約100)。エチレン系は炭素数分布が揃った純粋なαオレフィンからなり、年度指数も高い。(120から180)
■ポリ−α−オレフィンの特徴
- 粘度指数が高く、温度変化による粘度変化幅が少ない。
- 低温流動性がよく、粘性抵抗が低い。
- 分子間結合エネルギーが強く(450kj/mol)熱安定性が高い。
- 引火点が180〜320℃と高く難燃性に優れている。
- 蒸発特性に優れていて油消費量も少ない。
- コスト面でポリオールエステル類よりも有利。
■ポリ−α−オレフィンの欠点
- 油性(oilness)はエステル類より低い。
- ベースオイルのコストは当然鉱油系より高い。
*かつては鉱油系基油より高コストであったポリ−α−オレフィンも(基油価格で5〜10倍) 各種
化学製品中間原料(洗剤)として大量生産されるようになり、そのコストもかなり下がってきた。 |
化学合成潤滑油ベースオイル エステル |
■エステル(ジエステル、ポリオールエステル) ポリαオレフィンと並び合成潤滑基油の双璧をなすエステルは、分子内に2基のエステル結合を持つ ジエステルと、3基以上を有するポリオールエステルがベースオイルに使用されている。
構造式 |
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ジエステル(DOS) |
C8H17OC(CH2) |
C8COC8H17 |
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O |
O |
ポリオールエステル |
CH3CH2C (CH2OCC6H13)3 |
(トリメチロールポロパントリヘプタノエート) |
|| |
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O |
ジエステルは石油系のDOAと石油−油脂系のDOSがあり、それぞれ二塩基酸とC6以上の1価脂肪族アルコールをエステル化して造られる。 ポリオールエステル類はエチレン、メタノールをアセトアルデヒド、プチルアルデヒド化しホルムアルデヒドと反応させ、ネオペンティルグリコール、トリメチロールポロパンを得てさらに、油脂系、または合成系脂肪酸(C5〜C10)と反応させてエステル化するという複雑な合成過程を経て作られる。
■エステル系基油の特長
- 極性基を持ち金属表面に吸着しやすい。
- 摩擦低減効果が高く、油膜破断しにくい(特にポリオールエステル)
- オレフィン系程ではないが、鉱油系より高耐熱性(特にネオペンティル系エステル)
*エステルの吸着は電気的極性による物理吸着と、加水分解による発生酸による化学吸着で、基油自体に油性剤能力を持つ。この吸着膜は破断してもすぐに回復する。(但し、油温度130℃以下)
■エステル系基油の欠点
- 合成過程が複雑で、用途も限定されるので高コスト(特にポリオールエステル)
- オレフィン系に比べ粘度指数が低く、加水分解性の為、耐久性に劣る。
- 吸着性が高すぎて摩擦調整剤等の吸着を妨害することもある。
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水素化分解潤滑油ベースオイル |
■水素化分解潤滑油ベースオイル
かつて鉱油系基油として最適と評価されていたUSA Pennsylvania産原油はV.I(Viscosity
Index=粘度指数)100の基準になるなど高性能基油であったが、近年油井が枯渇しPennsylvania基油100%を表示したエンジンオイルは減少傾向にある。代わって鉱油系の頂点を極めたのが水素化分解油である。
水素化分解は「水素化精製」をさらに過酷な条件で水素処理し、不要な有害成分を分解処理して高性能の基油を製造する方法である。化学合成油と決定的に異なる事は、合成油はナフサを分解してエチレン、プロピレン等のGasやBTX(ベンゼン、トルエン、キシレン)等の液体原料にして、目的の分子構造に合成して製造する。「合成」とは化学原料を「合」わせて、目的とする構造に「成」すということであり、「水素化精製」「水素化分解」のような「分解反応」とは明確な定義をもって区別されている。
- 水素化精製
条件 温度 226〜430℃ 圧力 2〜10Mpa(約20〜100atm) ※比較的穏やかな条件下 触媒 Co−Mo−Al2o3 Ni−Mo−Al3
効果 色相、残留炭素分、耐熱性、酸化安定性の改善 硫黄分、全酸価の減少、粘度指数の若干の向上
- 水素化分解
条件 温度 340〜410℃ 圧力 7〜21Mpa(約70〜210atm) ※過酷な条件下 触媒 Ni−W−Al2O3−S@O2 Ni−Mo−Al2O3
- 水素化分解基油の特長
- 高粘度指数の基油が得られる(ミディアム105、シビア130)
- 硫黄、窒素、酸素化合物等不要成分を含有しない基油が得られる。
- 油井産地にかかわらず優れた基油が高収率で製造できる。
*水素化分解にともなう副生成物として、各種GAS類、ガソリン、灯油・軽油が産生する。
水素化分解への多額の設備投資の第一義はこの副生成物にある。 |
Sentinel Racing 5W-60 |
■センチネルオイル レーシング5W−60(発売当時はナプロブランドとして販売されていました。)
現在センチネルオイルの主力オイルで低い粘性抵抗による高レスポンス、数回のサーキット走行に耐える超長寿命の軍需オイルです。
■実車テスト
車種:BNR32(32GTR)
H7年式(32最終期型)
走行約3万km(テスト時)
主要チューニング:
- 34GTR純正セラミックタービン
- 東名カムシャフト 264度 IN/EX
- HKSスライドカムプーリー(バルタイ変更)
- 東名メタルガスケット(1.2mm)
- HKSオイルクーラー13段
- マルチマップECU ・HKSツインパワー
出力:486PS
ブースト1.1kg HKS九州シャーシダイナモ計測
実施状況:
レーシング5W−60を使用し、オートポリス3回、HSR2回をスポーツ走行。(1回25分) オイル使用走行距離4000kmを超えた時点でオイルを新油に交換。抜いたオイルをUSAの第三者分析機関へ送付し分析した。 分析した油中には、問題となる金属成分(銅系はベアリングメタル、アルミ、シリコン系はピストン、鉄系はシリンダーの磨耗成分)は痕跡程度しか存在せず、少量のsoot(煤=すす)と微量の水分とが存在したに過ぎなかった。全酸化度も5段階の4(5=新油)と更なる使用を可能とする評価であった。
現在テスト車のオーナー(兄弟で2台のBNR32所有)はレーシング5W−60をサーキット走行を含め約1年使用して交換している。
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