「・・・サクラ・・・まだ目を覚まさないの・・・?」
いのはまっしろい病院の廊下で窓枠に手をかけ、外を眺めながらつぶやいた。

それは誰に言っているのか、空は真っ青に晴れていたが、その眼はうつろでそんな空も映していないかのようだった。
青と白がうつくしかった。

「・・・」
隣で壁にもたれかかったシカマルは、あいかわらずしかめつらでうつむいていたが
無言でいのの顔を見あげた。



「サクラも・・・バカよね・・・なんで・・・なんで、あんなこと・・・っ」
落ちる涙をふこうともしないで彼女は泣いていた。

「・・・サクラには、サスケくんのことしか、みえてなかったのかなァ・・・?」
「・・・」

「やっぱり・・・バカよ、バカッ・・・!きっと私たちのことなんて考えてなかったんだから!」
「・・・いの・・・」


「ねえ・・・このまま・・・目を覚まさないなんてことは・・・ないよね?」

「ねえ・・・?」
いのはシカマルのほうを向いて視線を絡ませた。

その瞳に耐えられなくてシカマルは自分のそれをそらした。
「・・・」

「ねえ・・・?・・・シカマル・・・?」

「・・・そんなこと、ないって言ってよ?
・・・うそでもいいから言ってよ・・・!」

「・・・・・・そんなこと、ない」

「・・・うそ。・・・そんなのうそでしょ?」

「・・・」

「うっ・・・ひっく・・・
・・・っ・・・う・・・うそじゃないっていってよぉ・・・」

「・・・」
めんどくせえなぁ。いつもみたいにそう言ってシカマルは泣き崩れる彼女を支えた。

「・・・うそじゃない。」

「うそよ。」

「うそじゃない。」

「うそ。そんなのうそ。」


「うそじゃない。」

駄々をこねる子供のような彼女の、顔をムリヤリ自分のほうに向かせてシカマルは言った。

「・・・サクラは死なない。」


「・・・っ」

「サクラは、死なない。」

「・・・」

「・・・叱ってやれよ?バカって。・・・サクラが起きたら。」

「・・・」

「な?」

「・・・うん・・・。」

ニヤッと、シカマルは笑った。
いのも、つられて笑った。


空は真っ青に晴れていた。







 

 


特別に用意された個室のドアには「春野サクラ」の文字。

軽くノックして、戸を開ける。

白い病室は窓から差し込むひかりでまぶしいくらいで、俺は少し目を細めた。

中にはサクラよりもちょっと濃い朱の色の髪の女性と、がっしりとして整った顔立ちの男性。

サクラの両親。

「サスケくん・・・いらっしゃい」
二人は振り返るとにこやかに、でもやはり寂しそうに俺を迎えた。
やつれた、と思う。両親の疲労もただならぬものではないのだろう。




あの日、手術の末
サクラは奇跡的に一命をとりとめた、らしい。俺も危なかったそうだから、覚えてはいないが。





それからもう一ヶ月がたとうとしている。
ケガのほうはもうほとんど回復したというのに






彼女はまだ、目覚めない。











いつもいつもありがとう。

俺が持ってきた花束を渡すと朱の髪の女性は笑顔でそう言った。

「サクラもね、いつもあなたが来てくれるこの時間になるとなんだか笑ってるみたいにみえるの。」
「あなたがいるの、わかるのかしら、ね?」
うふふ、とちいさく彼女は笑った。
そのしぐさはサクラによく似ていた。



点滴の針が刺さっているサクラの腕は前にもまして細くなり、あの時抱きあげた彼女の軽さを思い出させた。
生き生きとしていた顔も今はやつれて、痛々しくて目をそらした。

「春野さん、先生がお呼びです。」
看護婦が病室の外から呼び出す。
「あ、はい。サスケくん、サクラを見ててくださる?」

俺が頷くと、彼らは病室を後にした。


いい人たちだ、と思う。

いままでの俺のことも、俺たちのことも、サクラがどうしてこうなったのかも、すべて知っているはずなのに。
どうして俺を受け入れてくれるのだろう。


サクラ。おまえはこんな家族の下で育ったんだな。

 

 


少し、嫉妬した。

「でもサスケくんのおとーさんやおかーさんにもなるじゃない?」
いつだったか笑っておまえはそう言った。

「私たちが結婚したら!ね?」






苦笑して、もう一度、横たわる彼女を見つめた。
ひきよせられるように心臓に耳を当て、サクラの鼓動を確かめる。



生きて、いる。


俺は目を閉じてその音に聞き入った。





サクラのか細い手を握る。

あの時もう届かないと思っていたものが、いまはこんなにもすぐそばに。

あたたかい。あたたかい手が。生きている証拠。


ああサクラ、俺は今度こそこの手を離さない。

もう後悔したくない。



もう逃げたりしない。




だから、もう一度目を開けて、
俺を、見てください。

あの日生まれ変わった俺を。



新しい生は、君のために。

俺は君のために生きよう。



だからもう一度だけ、俺にチャンスを。

ねぇサクラ
その目を開けて。
もう一度、俺の名を呼んで。


「サ、クラ・・・」

「サクラ・・・」




「愛してる・・・」








ピクッ、と、手の中の彼女の指が動いたような気がした。

驚いて目を見開き、ドクン。心臓が高鳴る。激しい鼓動だけが静かな病室に響く。

「サクラ・・・」
興奮で上手く声が出せなくて、かすれた音で呼びかけた。


「サクラ・・・!」




ああ、おまえが月なら、

あの新月の晩

月は輝きを失ったのではない。




月はまたよみがえる。












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