「あなた、誰・・・?」










この日をどんなに待ち望んでいたことかしれない。
彼女がもう一度俺をその瞳に映す日を。
そしてもう一度俺の名を呼ぶ日を。






ようやく目を覚ました彼女から出た言葉は、





刃のように俺の心に刺さったまま、抜けない。













 



いわゆる、一時的な記憶喪失だと、医者は言った。



記憶喪失には二種類あって、サクラはその軽いほう。
大きなショックを受けて、一時的にある部分の脳内物質が伝達を止めてしまった。

慰めのつもりなのかもしれないが、俺には意味がなかった。

ただひとつ、それは、もしかしたら記憶が戻ることもありうるという救い。




けれども、サクラが思い出そうとしなければ、きっと戻らないだろう。



・・・こわかったのだ。
もう、思い出したくないのではないかと。
サクラは俺のことなど、忘れてしまいたいのではないかと。

だから、本当に、忘れてしまったのではないかと。

恐かった。
俺はおまえに、それだけの事をしてきたのだから。



サクラ・・・?

本当に、何も覚えていないのか?

忘れたいほど、嫌な過去だったのか?


やっぱり俺とのそばにいておまえは、幸せではなかったんだ。

 

そう見せ付けられているようで、恐かった。

苦しかった。

 

 

 

「サスケくん」

そのこえも呼び方も以前とまったくかわらないから、錯覚を起こす。
元に戻ったのではないかと。
また前のように俺に笑いかけてくれるのではないかと。

彼女の病室に入ると
ナルトやカカシも来ていて、かなりの賑わいを見せていた。
「えーっと、ナルトくん、とカカシ・・・さん。でしたよね」

「それで、いのちゃん、シカマルくん・・・ヒナタちゃんに・・・リー先輩。テンテン先輩にネジ先輩・・・」
いのやシカマルたちも来ている。ネジが来ているのには驚いたが・・・妹に連れてこられたのだろうか?

サクラはもう皆の名前を覚えたらしい。

まあ、彼女の記憶力ならすぐだと思うが。


慣れない呼び方に皆戸惑う。

「サクラちゃん、呼び捨てでいいってばよ〜」
「サクラぁ・・・いのちゃんて・・・きしょい・・・!いのって呼んで。」
「カカシさん・・・はちょっときついぞ、サクラ・・・」

「ええっ・・・でも・・・緊張しちゃう・・・」
ゴメンネ、と照れ笑いしてごまかすが皆は許さない。

「サクラちゃん、呼び捨て!」
「いのって呼んで!」
「カカシ様って呼んでごらん」

約二名の怒りの鉄槌がカカシに下された。多分いのとリーあたりだろう。
バカめ・・・俺は苦笑しながらも、こいつのこういうところがサクラも好きだったんだろうな、と思う。


「うーん・・・じゃあ、行きます。」


「ナルト!」
「おう!」
「いの!」
「なあに?サクラ。」
「カカシ・・・先生!」
「ハイハイ」

「・・・これで、いいのね?」
「そうだってばよ!」
「うんっ!」
「できればカカシ様が・・・」
また正義の鉄槌が振ってくる。こりない。

みな、満足そうだ。


「で、サスケくんは・・・」
ふいとサクラが皆の後ろにいた俺を見つける。

「・・・サスケくん、で、いいよね?」

・・・え?俺は何も言ってないはずだけれど。

「サクラ〜、だまされるな。サスケはなー、おまえに自分のことサスケ様ってよばせてたんぞー」

いいかげんなことをいうな!

ばしっ。仮にも前教師にケリを食らわせると皆がどっと笑う。


サクラも笑いすぎて、あふれた涙を拭きながら、
「だって、なんかしっくりくるんだもん。サスケくん。ね、サスケくん!・・・わたし、きっと、『サスケくん』って、呼んでたんだよ。」

みなが驚いて急にしずまりかえる中、彼女はふふ、と笑ってもういちど俺の名を呼んだ。

「サスケくん。」
サクラが笑う。

「サスケくん・・・?」
サクラが俺に笑いかける。

「あれ?間違えた・・・?やっぱサマつけたほうが・・・」
それからあとは続かなかった。
俺が彼女を抱きしめたから。

彼女は前よりももっとずっと細くて、強く抱いたらこわれそうだった。

「・・・それでいい・・・それで・・・。サクラ・・・」

サクラはちょっと驚いていたけれど、
ぎゅっと、俺の背中に手を回した。まるで手がそうすることを覚えていたように。それはとても自然な動きだったから、また俺は少し錯覚した。

「ありがとう・・・サクラ・・・」



俺の名を呼んでくれて。


ああ、神様。俺は彼女のそばにいてもいいのですか







否、俺は、サクラのそばにいたいのです。

俺にはサクラが必要なのです。

だから、神様。俺は彼女のそばにいます。

ずっと。たとえあなたが二人を引き裂こうとしても。




もし、サクラ、おまえが俺との過去を忘れたいのであれば、俺はおまえとの未来を手に入れてみせる。

案外、好都合かもしれないじゃないか?だって昔の俺を知らず、これからの俺だけを見てくれるんだから。

俺には、忘れたくない過去もたくさんあるけれど









もう、決めた。

新しい生は君のために。

俺は、君のために生きよう。










「・・・ね、サスケくん。わたしのこと、呼んでくれたよね?」
「聞こえてたよ。ずっと。」

「あなたが誰だか、気になって気になってしょうがなかったから、わたし手をのばしたの。」

「あなたは、サスケくんだったんだね。」



















この日をどんなに待ち望んでいたことかしれない。
彼女がもう一度俺をその瞳に映す日を。
そしてもう一度俺の名を呼ぶ日を。

ああでも、俺は同じように待ち望んでいた。
彼女が言葉を話すことを。
彼女の手が、足が動くことを。

彼女が、こうして笑うことを。


彼女が、生きていることを。




今サクラは生きている




今サクラはここにいる。

それ以上の幸せがあるだろうか?










こんどは俺が、おまえを照らす月になる。


おまえが俺にしてくれたように。




失ったものを求めて
空をつかみ
その手をきつく握り締めて心を痛めるなら、
俺がその手をつつんで緩めよう。

道に迷って、知らない周りにおびえて、自分がどこにいるか判らなくなっても
二人でいればさびしくないだろう?

そしていつか、
おまえが戻ってきてくれた時、
両手を広げて
俺が迎えられるように。


こんどは俺が、おまえを照らす月になる。






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