サクラは三日後、退院する。
サクラの両親は忍びだ。どうしても任務があって、それはやはり生活に関わるから、サクラが病院を出たら
こんな状態のサクラを家に一人残していかなければいけなかった。
それはきっとどちらにとってもつらいことだと思うけれど、サクラが危篤のときずっと両親がついていてくれたことを知っている彼女は
明るく笑って
「大丈夫だよ〜、ご飯くらい作れるし。」
とふるまった。
俺は二人が病室を出た後を追って、かねてから考えていたことをずうずうしい申し出だと思いながらも、彼らに願い出た。
「彼女と一緒に、住ませてはもらえないでしょうか?」
「俺の家でも、彼女の家でも。彼女の好きなほうで。
「すべて面倒は見ます、・・・一生。」
真剣に言えたと思うのだか、こんな申し出が通るわけがないだろう、という空気を感じていた。俺だったら愛娘を一度気が狂った男の下になんてやりたくない。
お願いします、と頭を下げてそのまま彼らの顔をみることがが出来なかった。
「サスケくん・・・」
朱の髪の女性は俺の肩に手を置いて、顔をあげるよう促した。
「サスケくん、それはサクラがやったことへの責任感から・・・?」
「自分のせいでサクラが・・・ああ、なったと・・・感じている・・・?」
俺はどう答えてよいかわからず、彼女の目を探るように見た。瞳の色はサクラと同じ緑色。
「それは、ちがうわ。サスケくん。・・・あれはね、サクラが選んだこと。だから、サスケくんは気にしなくていいのよ。責任なんて、感じる必要ないの。」
責任感だけでそんなことしてもらっても、サクラもかわいそうだから。
ね、と こちらをみてはかなげに笑う。
「そんな・・・」
愕然とした。
顔から血の気が引いていくのがわかった。
どう言ったらわかってもらえる?どういったら伝えられる?
わからなかったけれど、必死に言葉を搾り出した。
「それは・・・違います・・・。
俺は、・・・俺は・・・サクラが、・・・好き、で
・・・だから・・・一緒に・・・いたいと思ったのです。」
心臓が脈打って頭に血が上る。無我夢中で、訴える。
「・・・一緒に、住ませてはもらえないでしょうか?」
上手く伝えられただろうか?・・・わかってもらえただろうか?
サクラの母を見上げると、彼女は少し驚いた顔をして、言った。
「・・・サクラ、うちであなたのこと、なんていっていたか教えてあげましょうか?」
ドキリとしたが、その表情は楽しそうだった。
「『サスケくんて、ぜったい私のことスキって、言ってくれないのよ』」
サクラの母はおかしそうに笑い、俺はいたたまれなくて口元を手で押さえた。顔が熱い。
「・・・うちは放任主義なの。その分小さいころからちゃんとしつけて。だからサクラが以前、あなたのところにいってしまった時も私たちは何も言わなかった。・・・サクラが決めたことだもの。」
彼女は俺の手を取った。
「だから、サクラがいいって言ったら、どこにでも連れて行ってやって。」
「それで、あと何年かしてもその気持ちが変わらなかったら、ぜひわたしたちの子供になって?」
「わたし、ほんとはかっこいい男の子も欲しかったのよ。やっぱりサクラは目が高いわね〜ウフフ。」
少女のように悪戯っぽく笑うと、「ね、いいわよね、あなた。」とかたわらの夫に笑いかけた。
男親は複雑なんじゃないか・・・?と俺は少し苦笑したが、
彼はゴホン、と咳払いして
「あー・・・、ほんとうの、お父さんだと思ってくれていいから・・・な・・?」
え・・・?俺はぽかんと口を開けて、彼を凝視してしまった。
「やぁーだ、あなたってば!もう、結婚なんてまだまだ先でしょ!もう!サスケくんにプレッシャーかけてどうするのよー!!」
「・・・あ、そうか・・・!すまん、サスケくん。えーと、・・・サクラをよろしくな?」
「ちょっと、それも意味深長。あなた、しっかりしてちょうだい・・・」
大笑いするサクラの母と照れる父を、あっけにとられて見つめていたが、ふとおかしくなって、俺はいっしょになって笑った。
ああ、これがサクラの家族。
ここに加わりたいと、心から思った。
言葉は、自然と出た。
「・・・いつか、俺がもっとしっかり彼女を養えるようになったら・・・、サクラを、いえ、サクラさんを、・・・もらいに来てもいいですか?」
「・・・待ってるわ。」
朱色の髪の女性はやわらかく笑った。
この人がサクラを生み、育んだ。
だからサクラが、いまここにいる。
だから明るくて、恐れを知らないまっすぐな瞳を持った、俺の好きなサクラがいまここにいるのだ。
「ありがとうございます。」
俺が一礼すると、彼らは微笑みながら去った。
ああ、あの人たちがサクラの両親。
俺は振り返ると、病室に戻っていった。
「はーい」
ノックをすると、中からサクラの声が聞こえた。
いつもいつも騒がしい病室は、もう夜も遅いからか、いつのまにか誰もいなくなっていた。
「みんな帰っちゃったよ?サスケくんも、もう遅いから帰ったほうがいいんじゃない?」
ベッドで皆に持ってきてもらった本や手紙を読みながら、サクラは俺に声をかける。
「・・・?サスケくん?」
サクラはいぶかしがってそれらの文字から反応のない俺に視線を向けた。
俺はベッドに腰掛け、サクラの目の前に自分の顔を近づけた。目を合わせて、出来るだけ真剣に、問い掛けた。
「サクラ・・・、退院したら、・・・俺と一緒に暮らさないか・・・?」
サクラが驚いたのがわかった。
「・・・わかってる。嫌だったら嫌といってくれていい。でも、保証する。何もしない。ただ、一緒にいたいだけ。
ちゃんとおまえの面倒も見る。・・・こんな状態でひとりじゃ、大変だろう・・・?」
「俺の収入なら、心配ない。あと10年は、何もしなくても充分二人暮らせる。」
今まで食費と治療費以外に使ったためしがなかったし。なんだか親の遺産も俺の管理の下に入ったらしいし。
サクラにしてみれば出会って数日の男に言い寄られてるんだ。
断られて当然だろう。
でも。この、なにかおかしな気持ちはなんだろう。鼓動が高鳴って、なにかが、おこるような。
サクラも、同じように感じてくれているのではないだろうか?そんな風に、期待してしまう。
「・・・サクラ・・・?」
やっぱりダメか、とあきらめつつ彼女の顔色をうかがう。
彼女は明らかに、戸惑っていた。それは、俺ではなく自分に。
「サスケくん・・・、わたし、変かなあ・・・?
・・・知らない人なのに、会ってまだ三日しかたってないはずなのに・・・。」
「軽い女って、思わないでね・・・?」
サクラは照れたように上目遣いで俺を見た。
「あなたが、気になるの・・・」
ドクン。心臓が鳴った。
「どうして・・・?・・・どうしてあなたといるとこんなにドキドキするの?」
サクラには、特に以前の自分たちの仲を言ってはいない。それは皆の間でタブーのように扱われた。
言っても、重荷になるだけだろうし。
でも。
「どうして・・・?あなたがこんなに、気になるの・・・?」
切なそうに彼女が俺を見上げる。
「・・・」
俺はどう言っていいかわからず、目をそらした。
「・・・確かめて、いい?どうして、気になるのか。」
「・・・」
「いっしょに、いて?」
「・・・いっしょに、暮らして?」
サクラが、俺を見た。
俺はその言葉が信じられなくて、サクラを見返した。
「よろしく、お願いします。」
サクラはぺこりと頭を下げた。
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