・・・眠れるわけないだろ。

ため息をついて、サスケは
サクラが見えなくなるように反対向きに寝返りをうった。

結局なんだか言いくるめられてこうして二人ならんでベットに入っているけれど
隣が気になるのはしかたがなくて。

ベットは窮屈ではない。
ダブルのベッド。
今まではそれが都合がよいときもあったけれど
今日だけは「ベットが狭いから」と言って逃れることが出来ないこの窮地に少しそれを呪った。

サクラが眠ったら場所を移ろう。サスケは思った。
・・・でないと、睡眠不足で死ぬ。

ごそっとシーツのこすれる音がして、サクラがサスケの方に向いたのがわかった。
背中が温かい。

「サスケくん。」
「・・・」
「起きてる・・・よね?」
サクラの声はなんだか震えているようで、サスケは怪訝な表情を見せた。
「・・・どうした?」
「ね、そのままで聞いていて?
・・・ごめんね。・・・あの、これからいうこと・・・もしかしたらあなたも苦しませてしまうことかもしれないけれど・・・」
「・・・サクラ・・・?」
「・・・言ってもいい?」
苦しいのだろうか。なにが?サスケは見えないサクラの表情をめぐらせた。
「・・・なんだ?サクラ。」

優しい、優しい、声。
このひとならきっと聞いてもらえる。サクラは涙をおさえることが出来なかった。

ゆっくりと、話し出した。

「・・・サスケくん。わたし、記憶がないの。」

「・・・わかってる。」
なんだそんなこと。たいしたことではない、そんな風に応えるサスケにサクラは続けた。
「本当は、なにも覚えていないの。」
「・・・?」
「お父さんも、お母さんも、あの時あそこにいてくれたからきっとそうなんだろうなって。うちのことも、きっと三人で住んでるくらいで両親共働きならきっとそれなりに大きいんだろうなって。全部全部考えたの。」
「だってみんなの顔が、とても嬉しそうだったから。」
そして
「最初にあなたに話し掛けた時の、あなたの顔が忘れられなかったから。」
きっと私があの人たちのことをわからないということをしったら、みんなサスケくんみたいな顔をするんだろうなって、そう思ったから。

うそをついた。

さすがに友達までは無理だったけれど。

「知っているのは、私の名前だけ。」
そしてあなたが、私を呼んでくれたことだけ。
そんな風に、サクラは言った。

「そうか・・・」
サスケの口調はあいかわらず平坦だった。
じゃあ、もしかすると
一時的に、しかもある期間の記憶が失われたというわけではないということか。
戻る確率も、低くなる。サスケは少しドキリとした。

しかし同時に、不謹慎だと思ったけれどなんとなく安心した。
自分との過去を忘れたがっていた可能性も、少し減ったように感じたからだった。

「サスケくん・・・。わたし、どうなるのかな・・・?」
「サクラ・・・」
サクラが涙で震えているのが背中ごしに伝わって、サスケは切なくて目をつぶった。手をのばせばすぐそこにいるのに。
「・・・わたし・・・どうすればいい?」
「・・・サクラ・・・。」
サスケは振り返って、うつむいたままのサクラに触れた。月明かりに光る乱れたピンクの髪が、いとおしかった。
「サクラは、何もしなくていい。何も。・・・このままで。」
サクラは顔を上げて涙で潤んだ瞳をサスケに向けた。そのなかには厳しさがいっぱいにつまっていた。それはきっと、自分への。
「サスケくん・・・。・・・わたし、あなたのことも思い出せないかもしれないんだよ?・・・それでも、いい、の?」
サスケの瞳の優しい色がその答えを物語っていた。

「・・・ずっと・・・?」
「ずっと・・・。」
サスケはこくりとうなずいた。
二人とも目をそらさなかった。

サスケは、その瞳に反対に問うてみた。
「・・・サクラは。サクラは俺といても恐くないのか?」
「俺が誰だかわからないのに?」

サクラはサスケの顔を包むように手を添えた。
「・・・恐く、ない。」
それはサスケにとって最上の言葉だったかもしれない。


「手を、にぎっていて・・・」
サクラはそう言ってサスケの手に自分のそれを重ねた。
自分の手よりも大きくて、ほっそりしているけれど角張って骨っぽい、男の手をとった。

あたたかい、ね。
サクラは泣くのをやめた。

でもそれは、サクラの体温よりすこし冷たい。
ああ、それはそれはなつかしい。

またもう一度あふれ出す涙は、きっと喜びの泪。
あなたがいてくれて、よかった。

「ずっと、一緒にいて・・・?」
返事をする代わりに、サスケはぎゅっと彼女の手を握った。
彼女がいつも自分にそうしてくれていたように。

今は抱きしめることが出来ないけれど、
けしてこの手は離さない。

・・・寝不足?
別に、死んだって いい。



サスケは軽く、苦味を含ませて笑った。





目を細めて眺めるサクラの寝顔は、穏やかで
彼女の手はサスケの体温より少しだけ暖かく、心地よかった。

 

 

 

 

 

 




 

 

 





「サクラ!朝だぞ。」

カーテンをばさっと開ける。太陽は今日もまぶしい。

「うー・・・あと10分・・・」

「・・・サクラ!」
「んー・・・」

すうすうとまた眠ってしまいそうなサクラの、頭までかぶっているシーツを無理矢理はぎとる。

「サークーラー・・・!」

「んー・・・もー・・・!」

「コラ、今日はサクラが出かけたいって言ってただろ?」
「ん・・・」
まぶしそうにサクラがサスケを見る。
「ほら、早く起きていくぞ。」
「あ、・・・そうかぁ・・・はぁーい・・・」
よろよろとベッドを出て、
ねむそうに目をこすりながら洗面所へ向かう。
今日の食事当番はサスケ。





二人暮しが始まって、もう2週間になる。


 

「今日はどこへ行くんだ?」
すっかり身支度を整えて、パクパクと料理を口に運ぶサクラに問い掛けた。
「うーん・・・あの、ね。」
言いにくそうにサクラはサスケを見上げておずおずと言った。
「・・・思い出の、場所とかって、ある?」
少し驚いて、サスケはサクラをまじまじと見つめた。
「・・・」
「・・・行ってみたいなって。」
ダメ?サクラはそういって少し悲しそうな顔をする。
サスケはその表情に少し慌てて応える。
「いや、そんなことはないが・・・」
思い出の、場所・・・
サスケは少し考えてから、口を開いた。

「・・・結構山道を歩くぞ?・・・足、大丈夫か?」
断裂したじん帯は思ったより治りが遅い。
「ウン。だいだいはね。」
「・・・本当か・・・?」
サスケが疑わしそうな目をする。
「本当!大丈夫だってば。もう。心配性だなあ!」
それに、とサクラは続けた。
「なにか・・・思い出せるかもしれないでしょう?」
「思い出したいの・・・」

彼女の瞳は真剣で、サスケは少し圧倒された。



 

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