思い出はどのようによみがえるのだろう。
俺の思い出はもう色あせてしまって
しかしどうしてか消えることはなかった。

母親はどんな人かといわれたら、
きっといい人だったと答えることができる。

もう会うことのない面影は暖かく、そして悲しい思い出となって残った。

彼女は夜眠る前に、かならずおやすみのキスをしてくれた。
『今日一日お疲れ様、って。そしてね、あしたもあなたが、幸せになるように。』
にっこりと笑う彼女の顔はぼやけてもうわからない。

俺はいくつの時だったろう。
アカデミーに入るもっと前、
俺は何もかもを持っていて、きっとあれが幸せというものだと思う。

小さなころ

ずっとむかし

むかし、むかしの思い出。

俺はたぶん、彼女が好きだった。

『サスケ、ほら、キレイでしょう?・・・お母さんのお気に入りの場所なの。』
そういってやさしく微笑む母親が俺にだけ教えてくれた、
ここは俺と彼女の二人だけの秘密の場所だった。
一通り見渡すと、ひときわ目に付くピンク色の花束を抱えた大木を指差して
俺が尋ねる。
『お母さん、あれは?あの、ピンク色の。』
『・・・あ、あれはね、サクラって言うのよ。』
笑顔を絶やすことなく、彼女は答える。
『ふうん・・・サク、ラ・・・?』
『そう。サ、ク、ラ。』
一文字ずつゆっくりと、繰り返す。
『サ、ク、ラ・・・』
『サスケ、サクラが気に入ったみたいね?』
ふふ、と彼女は笑った。
『・・・綺麗な、色』
俺がそういうと彼女は少し驚いた顔をして俺を見て、
そして寂しそうに微笑むと、誰に言うでもなくつぶやいた。サクラの大木を見上げながら。
『そうね・・・。このくらい鮮やかなら、きっとにごらない。

・・・紅を滴らせても、
・・・漆黒と、交わっても。』

そういって彼女は小さな俺を抱きしめて、泣いた。

「あしたもあなたが、幸せであるように」
彼女はきっと、それを願っていた。

 

紅と漆黒は、血の色と闇の色。
一族の、背負う色。

 

 

 

それから、毎日のように俺はそこへ出かけて行った。
サクラの色がピンクから緑に変わり始めたころ

俺はもう一度あの色に出会った。

年は俺と同じくらいの少女。
その不思議な髪はあのピンクの色に染まっていて
はかなげで、けれど澄みきったその色が、なににも動かされない鮮やかさを放っていた。


一瞬驚いて目を見開いて

ああ、サクラだ
そう思った。

ばっ、と少女がいきなり振り向いたから、おもわず身を隠した。
誰もいないのを確認すると、桜色の少女は手のひらをそっと開いた。

そこにはぐったりと元気のない、小鳥が一匹。

布で優しくくるまれて
ダンボールで出来た箱に入った小鳥は
雨からはそばに座った少女の傘に
だんだんと強くなる日差しからは少女の影に
しっかりと守られていた。

 

ある日、
いままで少女と小鳥の住処だったところには、十字架がぽつんと立っていて
一つの命が消えたことを知った。


そこには白い花が置いてあったから、
俺はなくなりかけた花を桜から一房折って、そこに置いた。
本当は何を置くべきかなんて分からなかったけれど、
これでいいような気がした。

墓の横で眠る桜色の少女は、身動き一つせず
かの小鳥とともに手の届かないところへ飛び立ってしまって
もう二度と目を開くことをしないのではないかとさえ思えた。



少女の傍らに座り込んで、頬に触れた。
それはとても暖かく
ほっとしたような気がして、でもなぜか心臓は鼓動を早くした。

俺の手は触れたまま離れなかった。
その温かみはとてもいとおしくて
また目を開けて欲しくて

「明日が、幸せな日になりますように。」


そっと、キスをした。

永遠の眠りから、覚めて
幸せに、なりますように

 

 

 

誰にも言えない、ヒミツの思い出。
これだけはなぜか、色あせない。

 

 

 

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二人は並んで木の下に座った。


「お前、あの時、墓の・・・花・・・気付いてたのか?」
サスケは仏頂面で尋ねた。
照れている証拠。

「あ、ごめん・・・どうしても気になったから・・・隠れて・・・」
サクラは上目遣いにサスケを見ながらエヘヘ、と笑う。


「・・・なにか、他のことは思い出したか?」

「・・・うーん・・・あんまり・・・」

ちょっと下を向く。


気まずいなあと思いながら
ちら、とサクラがサスケを見ると、なぜだかあまり気落ちしたような感じはなくて、むしろ・・・


「・・・ねえ・・・なんでそんなに嬉しそうなの・・・?」
なんだか妙にむっとして、サクラはサスケを問いただした。

「なっ・・・ち、ちがう!・・・っ・・・そ、そんなことあるわけないだろ!」
サスケが慌てたふうに言うから
「ふうん・・・?まあ、いいけど・・・」
ふくれっつらでサクラは答えた。

「・・・この木は、覚えてる。」
サクラはしかめた眉を解いて頭上を見上げた。
それは青々とした葉が繁って優しい木陰を作り出していた。
「きっと、私のことをずっと見ててくれた。」



風が静かにたたずむ二人の間を通り抜ける。
二人の上の枝の葉が揺れるとあたりの草花はそれに呼応するようにざわめいた。

サクラはふふ、と笑うとサスケのほうに顔を向けた。
「?」
サスケも彼女を見る。
「サスケくん。」
「ね、ずっと・・・前から・・・サスケくんは、私のこと見てた?」
「・・・・・・」
返事の代わりはいつもこのまなざし。
「見ててくれたんだ。」
サクラは嬉しそうに目を細めた。

「私も、見てたんだね。」
あなたのこと。

「ねえ、運命みたいだね?」
サクラは問いかけた。答えは要らなかった。もうそれは出ていたから。
「でも運命じゃないよね」

だって運命の定義が『人の踏み入れるところではない決められたもの』ならば

これは、自分が選んだこと。
運命なんかで決められて、たまるもんですか。

「運命なんかじゃないよね」
でもね、とサクラはにこっと笑ってサスケを見た。
けれどこれだけはいえるよ。

「もしまたすべてを忘れてしまっても、
きっと私はあなたを好きになる。」

運命よりももっとつよい
きずながこの世にはあると信じられるような気がした。

それは、きっと
愛というかたちをしている。


サクラは手をのばしてサスケの頬に触れた。
「離さないから、離れないで。」

サスケは触れられた彼女の手をにぎりしめて


二人のくちびるは自然と重なり合った。










「今度は、ちゃんとキス、できたね。」
二人の影が離れると、サクラはいたずらっぽく微笑んだ。

いぶかしげにサスケが眉をひそめると

「この感触、覚えてる。」
あのときの、あの感触。

・・・キスしてくれたでしょ?

桜の木だけが見ていた

小さなころの

ずっとむかし

ずっと、むかしの思い出

こっそり教えてくれた。

 


そうあの時


小鳥も私も永遠の眠りについて、
でも私は生き返ったの。

王子様のキスで。




「サスケくんのファーストキス疑惑、解明ー!」
面食らって口元を押さえ照れるサスケにニコニコ笑いながら抱きついた。

そして幸せそうに、また笑った。





「ね、また来ようね。」


「こんどはプリン作って持ってこようね。」



サクラは絶えず笑っていた。

「プリン、すきだったよね?」



サクラのパズルは、きっと解ける。

 

 

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