雨のにおいがする。


サクラは窓の外を見上げるとその青く晴れた空の向こうを眺めた。
里から離れた山々がいつもよりもはっきりと、色鮮やかに見え、まるですぐそこにそびえたつかのようだった。

雨の予感がした。





いつもの夕飯の買い物には彼女は傘を二本、持っていった。
最近は少しずつ、彼は簡単な任務をこなすようになっている。彼の任務の日は彼女が食事当番であった。
彼はアカデミーの前でサクラを見つけると、少し驚いた様子で、しかしすぐに彼女に駆け寄ってその手にある重たそうな買い物袋を自分の手に収めた。

ポツリ、ポツリ、案の定雨は降り出して、辺りはあっという間に真っ暗になった。

サクラは傘を差し出すと、あ、と声を上げた。
「?」
どうした、といわんばかりの視線をサスケはサクラに投げかける。
「かさ、一本でもよかったね。」

・・・一緒にはいれるから。
そういうと、サクラはにこっと笑った。

雨でかすんだ路上には桜色のビニルの花がひとつだけ、咲いた。









ふと、異質な気配を感じてサスケは自身を緊張させた。

家の前に誰かが、いる。
雨と霧と夕闇に隠れてやってきた訪問者は彼らにとってなつかしい顔であった。

「我愛羅・・・!」
「久しぶり、だな。」

彼は相変わらずの厳しい視線でサスケに目をやるとその隣におさまっている桜色を一瞬だけ、見つめた。

「・・・?今は試験期間でもないだろうに・・・よく上が入国許可を出したな。」
「許可はない。俺の判断で来た。」
そんなことをさらりという。

「・・・何のようだ?」
サスケの目が警戒すると我愛羅はフッと口の端を緩ませて言った。
「安心しろ。お前らに危害を加えるつもりはない。」

「忠告しに来てやった。」
そういうと我愛羅はちらりとサクラを見た。
その視線に気がついたサスケはサクラに先に家に入るよう促した。
「え、で、でも、お客様も・・・こんなところで立ち話もなんだし・・・」
「構わなくていい。すぐに帰る。」
躊躇するサクラに我愛羅は無愛想に答える。

サスケもいつになく厳しい口調でサクラは驚きを隠せない。
「サクラ、家に入っていろ。」
少しためらったあと、サクラは傘をサスケに託して家の門を押した。


「何の忠告だ。」
サクラの姿が見えなくなると唐突にサスケは切り出した。
「・・・」
少しの沈黙のあと我愛羅が重く口を開いた。
「・・・うちの里から抜け忍がでた。」
何の関係が、というようにサスケは怪訝な目をする。
「・・・『桜』を追っているらしい。」
発せられたその音にサスケは耳を疑った。
どうして、とサスケの瞳が訴える。
「・・・以前にもひとり、うちから抜け忍が出た。」
「そいつはすさまじい力をもち、その力ゆえに狂人になったといわれていた。
狂人といえども悪知恵は働くらしく抜け忍になったあとも雇い主の間を転々としながら追求を絶った。俺たちは彼の残した足跡しか見たことがない。」
「その足跡も、次にどこに行くかなぞは予想も出来ない。彼は雇い主に飽きると、皆、殺していたからだ。」

我愛羅は一息に話し終わると、霞の中に大きく息を吐いた。
雨はいつのまにか霧雨に変わり、あたりを白くにごらせていた。
サスケは我愛羅の視線がサクラの入っていった家のほうを向くのをみた。
「・・・一緒に、住んでいるのか。」
「・・・ああ。」
一瞬、我愛羅の目に揺らぎが見えたことが、サスケには意外だった。
「彼女の噂は最近まで俺の耳にも届かなかった。さすがだな、うちは。」
「今は、大丈夫なのか?」
サスケは彼からそんな言葉が出てくることにもう一度驚いて、なんとなく目をそらして答えた。
「・・・ああ。」

記憶が、ないといったな・・・。
我愛羅がどこまでも続くような薄暗い霧をぼんやりと眺めながらつぶやいた。

「思い出さないほうが、いいのかもしれない。」
訝しげに自分をみるサスケを鋭く見返すと
彼は静かに、けれどはっきりと伝えた。

「彼は次の雇い主の命令を受けた。それはある屋敷への奇襲。」
「そのころには彼に従いついていく部下もいたようだ。彼らは雇い主に屋敷裏手の森からの奇襲を任された。」
「しかし。その任務は事前に漏れていたらしく、相手も対抗策を用意していたようで失敗。彼らはそれ以来、消息を絶った。」



我愛羅は息を吸った。



「おそらく彼はサクラが殺した。」

「『桜』を追う抜け忍は、彼の弟だ。」


「・・・!そんな・・・」
サスケは一瞬くらりと眩暈を感じた。
断ち切ったはずの因縁が、なぜまだ続くのか。

「守れるか?」
我愛羅が尋ねる。

彼女を。

繰り返す憎しみと報復の歴史から。
ひとをころすということは、そういうこと。

いのちを消すということは、
同時に
ひとに悲しみを与えることであり
ひとに憎しみを植えることであり
すべてを背負うことである。


『・・・思い出さないほうが、いいのかもしれない。』

こんな世界のことは。
ここは、死と隣り合わせの世界。



サスケはわずかに頷くと、
「わざわざ、すまない」
それはサスケなりの礼だった。

「勘違いするな」
我愛羅がにらむ。

「おまえのためじゃない。」

サスケはふっと口をゆがめて答えた。
「知ってる。」


あとには暗闇だけが残った。






「サスケくん・・・?」
彼が消えたあとをぼんやりと眺めていたサスケは面食らって自分たちの家の門の前に立つ姿に目を移した。
「サクラ・・・!」
今の会話を聞いては、いないはず・・・。
「ずいぶん遅いから・・・なかに入ってもらおうと思って、お茶用意したんだけど・・・
あれ?お客様は?」
キョロキョロとあたりを見回しても影一つない。

「もう、帰った。」
「え?もう?・・・残念・・・サスケくんのお友達じゃないの?」
サスケはクスリと笑いながら、しょぼんと下をむく彼女の髪をなでる。
「なんでそう思う?」
サスケは、サクラを傘の半分に入れた。

「だって・・・あの人の目、少しサスケくんに似てたから。」

サクラは少しの間、我愛羅のいた場所をみつめていた。

雨はまた、激しくなって
今度は大粒のしずくが地面をたたいた。



空がわずかに光って
遠くで、雷の鳴る音を聞いた。





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