世の中に『悪い』人なんて、本当はいないのだ。


いるのは、『好きな人』とか『嫌いな人』
『苦手な人』とか『どうでもいい人』
そして、『大好きな人』、だけ。


どんな人でも、たとえそれが人を殺した罪を背負う者であったとしても
きっと彼が死んだら、哀しむ人は必ずいる。誰かにとってはその人は絶対に『大好きな人』に違いなくて。
だからきっと、人を殺してはいけないのだ。
だからきっと、世の中に『悪い』人なんて本当はいないのだ。


人と人とは慈しみ合うようにできている。
なぜなら、憎むことは疲れるようにできているから。
愛することは喜びにつながるようにできているから。
例えそれがどんな人でも
兄は弟を慕い、
弟は兄を慕う。
そのように、できているのだ。


あの時
オロチマルの攻撃から、イタチはサスケをかばって死んだ。
一瞬何が起きたのか誰にもわからなかった。

サクラは言った。
・・・ねえ、サスケくん?
こんなはずじゃ、なかった?
でもきっと、そんなふうに人間はできているのだ。

己を憎ませたのは「弟」を生きさせるため。
すべての希望を失っても憎しみにしがみつけば人は生きることができる。
そして

生きてさえいればいつかきっと、生きていてよかったと

生きてさえいればいつかきっと、幸せが訪れることを「兄」は知っていたのだ。

復讐の道の終わりは、
驚愕や疑問や後悔や郷愁や愛が混ざり合った
大いなる暗闇のなかでの、悲しみの始まりだった。


けれど生きてさえいれば
またいつか夜は明ける。

こんどはすべてから自由になって、
一度見つけた夜明けの光を手放すことがないように、

生きるのだ。

 


「ね、サスケくん、おいしい?」
不安そうにサクラが尋ねる。
コクン、とサスケが頷くとサクラは満面の笑みを浮かべた。
昔とちっとも変わらない
不思議な笑顔。見る人を幸せにさせる。


サクラたちの頭上の桜の木はもうみどりいろ一色で、あたりの植物もすっかり葉を夏色に染めていた。太陽がじりじりと照りつけて、空にはくっきりと入道雲が出来ている。

手にしたサクラお手製プリンをたいらげると、サスケはおもむろに桜の木陰にごろんと横になった。
そよそよと吹く風はここちよく、どこかでかすかにセミの鳴く声が聞こえた。
そんなサスケをみながらサクラはゆるやかに微笑んでいる。彼女のピンク色の髪の毛は少し伸びて、はじめてあった時と変わらず鮮やかだった。

空は青。この青が好きだ、とサクラは思う。
けして絵の具では描けない青。
自然はいとも簡単に、その青を作り出す。
光はいとも簡単に、その青を変化させる。
二度とは同じ青がない。

その青に、黒い影が過ぎ去る。
後を追うように、その群れが子の方角へ飛んでいった。

サクラは一人ごちたように尋ねる。
「鳥になりたいと、思ったことはある?」

「・・・」
サスケはその青を見つめたまま。

「空を飛びたいと思ったことはある?」

人は、空に憧れる。
悠々と飛び立つ、鳥に憧れる。

それはまるで、何からも自由で。

でも本当は違うことを皆知っていた。


「自由に、なりたいと思ったことはある?」



「・・・ある。」
サスケが重い口を開いた。


「けれど、自由は、空にはないと思った。」

「・・・そうだね」
一瞬だけ間を置いて、サクラはにっこりと笑うと

けして届かない空に、手を伸ばした



その刹那。
すさまじい殺気を感じてサスケはサクラを抱いて飛び上がり桜の枝に隠れた。
・・・とうとう、お出ましか・・・。
サスケは舌打ちした。
砂の抜け忍。

彼はゆらりと草陰から姿をあらわした。
「桜・・・さがしたぞ・・・」
サスケの腕の中のサクラがビクリと反応した。
『安心しろ』サスケの唇が動く。サクラを強く抱きしめると、サスケはそのぬくもりを確かめた。
「出てこいよ・・・。」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに彼は数十メートル飛んで、地面にたたきつけられた。サスケは夏の花の絨毯に降り立つと、不敵な笑いを浮かべてつぶやいた。

「オレがあれだけ探しても見つけられなかったから・・・どんなにデキるヤツかと思えば・・・。案外たいしたことないんだな。」
サスケの蹴りをくらった彼は口の端の血をぬぐいながら鋭い目でサスケをにらみつける。
「オレは桜に用がある。」
「・・・俺を倒してから、な。」
サスケがニヤリと笑って、臨戦体制に入った、その時
「動くな!」
しまった、そう思ったときにはもう遅かった。
真後ろから声がする。
「こいつが、桜だな。」
彼女は彼の腕の中で黒光りするくないを喉元につきつけられていた。
サスケはチィと舌打ちした。この怒りは多分、自分に対して。

「・・・なんだよ・・・。なんにも、知りませんってカオ、しやがって・・・」ゆがめた顔が憎々しげにサクラをにらみつける。
サクラは口をきっと真一文字に結んで彼を見つめた。その手のくないの血のにおいに吐き気がする。
「お前が、殺したんだろう・・・!」
「言うな!」
サスケは身動きが取れないもどかしさの中思わず叫ぶ。
「お前が、オレの兄さんを殺したんだろ!」
サクラの目が大きく開いたのがわかった。
「違う!」サスケは叫ぶ。
「お前だって・・・!あの男を見捨てたんだろう?!」
狂人とよばれた、あの男を。
「見捨てた・・・?」
彼はゆらりとサスケを見る。
「フン・・・。自分と違う大きな力をもつ奴を人は忌み嫌う・・・兄さんをあんなにしたのはまわりの人間さ!里を抜けたのだって・・・俺にまで危害が加わったから・・・
俺らはものごころついた時からふたりぼっちで、兄さんはいつもオレをいじめる奴は容赦なくやっつけてくれた・・・。・・・兄さんは、すごく、すごく強かった・・・。
それなのに・・・それなのにこんな奴に殺されるなんて・・・!」

サクラの目は見開かれたまま、瞬きひとつしようとしない。
「・・・幸せそうなツラしやがって・・・!」
彼の眼には憎しみの炎が宿っている。それはけして消えることのない。
彼は口の端をゆがめてニヤリと笑った。
「しっかり、見とけよ・・・?お前にも、大事な人を殺される気持ちってもんを味あわせてやるよ・・・!」

サスケのまわりに影分身が増える。
そう思うと千本の嵐がサスケを襲った。

吹き出る血の赤が、サクラの瞳の中で揺れた。
「・・・やめて・・・!」
血が逆流するような激しい衝動が体の底から湧き出る。目の奥が熱くなり頭がガンガンと痛い。
思わず目をつぶると、真っ暗なはずの瞳の奥からあふれんばかりの光が押し寄せた。

『わたしが、ころした・・・?』
光の中に、点々と、
あれは黒い・・・いや、赤い・・・血のしたたる音。
まぶたにうつるのは、死ぬ、ひと。私が殺した人。
逝く前に、はたして人は何を思うのか。
自分を見つめるその瞳には、なぜか恐怖はなく
ふと目にはいった両手は真っ赤に染まっていた。見た目に似合わずその感触は、どこかサラサラとしていた。



死ぬ、こと、ってなんだろう。
まぶたに浮かぶヒト、ヒト、ヒト。

ああサスケくん、あなたがいる。

のどには千本が幾本も
けれどその顔はとてもおだやかで
まるでただ眠っているだけのように見える。
あたりに漂う血のにおいのほかは、さっきとなにもかわらない。
綺麗な、綺麗な横顔。


だけど、
もう、笑わない。





「いやあぁぁぁ・・・っ!」

目を開けると、とびちった血の紅が不気味なほど鮮やかで

「やめて・・・!!」

この気持ち、知っている。
ただ恐いのは
死ぬことじゃなくあなたを失うこと。
泣きたくなんてないのに
ああ、また、涙であなたが見えない。

もう、泣いているだけは、イヤ。

 

「やめて――!!」


指が自然と動いて、印を結んだ。
その瞬間、サスケの周囲に火柱が立ち瞬く間に大きな輪になって敵をなぎ払った。草木は燃え、その炎はあの大木へと移った。
すべてが灰に帰した。

 

 



戦いは嫌い。
あなたを失うかもしれないから。

サクラは問う。
どうして戦うの?

どうして。
いまあなたがここにいる、それこそが幸せだと皆わかっているのに。
どうして戦うの?


よいものから必ずしもよいものが生まれるわけではない
悪いものからは必ずしも悪いものだけが生まれるわけでもない
けれど確かにいえるのは
殺し合いからは何も生まれない。
敵も味方も、みな死んだら誰かが哀しむ。
失われる命に嘆く家族。
誰かが殺されるたびにただ生まれるのは憎しみの炎。世代を超え伝わっていく、対立の悪循環。
その傷は何十年もかけなければ癒されることはなく
その記憶も少しづつ、薄れてきたころやっと初めて協和への階段を上り始めることができるというのに

どうして戦うの
ねえ、わからない。
どうして私は戦っていたの?
どうしてわたしはここにいるの
こんな世界、誰も好きなわけないのに。


どうして私は、忍びなの?




今ここに、その答えがある。




「こんのッ・・・!」彼の手がサクラへと振り下ろされる。その瞬間、大量の砂が彼を包み、彼は跡形もなく消え去った。
サクラは一瞬、あの瞳を見たような気がした。
自分の愛しい人に、とてもよく似たどこか寂しそうな目を。

またひとり、人が逝く。
またひとり、人が泣く。

それが人を殺すということ。

 

 

 

 

ねえ、サスケくん。

サクラは呼びかける。
答えを、見つけたよ。

私が忍びでいたのは、守りたいものがあったから。

その人を、一番に。なにものからも。

誰でもない自分が、

わたしが、あなたを守るために


今わたしはここにいる。

だから私はこの道を選んだ。

それは忍びの道であり。
・・・戦いの道。

サスケくん。わたし、わかったよ。
どうしてここにいるか。



私は失うことなんて知らない。
私は知らない。
けれど、
けれど、わかるよ。
大切なものには、ちゃんと気づいているから。

――好きなものは、特にない。
失った時、つらいから。


でも、

大切なものは必ずそこにあって、
ねえ恐いでしょう?
それを失うことは。

だから人は生きる。

この手からこぼれそうな宝石をぎゅっと握り締めて
懸命に戦って、苦しんだり嘆いたり
その姿こそがヒトの生。

目をそらしてはダメ。
もっとつらくなるだけ。
失う前に、それに気付いて。

私は失うことなんて知らないけれど、


かけがえのないものを守るためには、苦しくても、つらくても、すべてのものを背負っても
前に進んで行けるような気がします
あなたとなら


「サスケくん!」
愛しい人の下へサクラは駆け寄る。
「サスケくん!大丈夫?大丈夫?」
サクラは泣いていた。
大丈夫、と答えてサスケはゆっくり体を起こす
「お前が、助けてくれたんだな。」
サスケはかすかに笑って、感謝の言葉をかけると、あたりを見回してポツリ、つぶやいた。
「・・・何も、なくなったな・・・」
繁っていた新緑は焼け野原となりただ残るのは大木の幹。
あの時のようにもう、幼いころを語ることもないのか、サスケはふとそんなことを思った。
サクラも形だけをとどめた大木を見て、ほんとだね、とささやいた。
「・・・でも・・・でも、きっとまた、もとどおりになるよ?」
よみがえる。きっともう一度、よみがえる。
私の記憶のように。

「サスケくん、わたし、知ってるよ。
お父さんも、お母さんも、ナルトも、カカシ先生も、いのも、サスケくんのお兄さんも、大蛇丸も、カブトさんも、火影さまも、イルカ先生も、・・・サスケくんも。」
サスケの目が大きく見開く。
サクラが目を細めると、大粒の涙がひとつ、こぼれた。
「サスケくん、私、おぼえてるよ。
みんな、みんな、サスケくんを、大好きなこと。
わたしは、あなたが大好きなこと。」

そして、あなたのお兄さんも、きっとあなたが大切だった。
やっぱり、あなたは愛されていたんだね?


「わたし、思い出したよ。」
自分は忍びで、そしてこの手にもサスケの手にも同じように血がしみこんで、それは決して落ちることはない。
人を殺すとは、そういうこと。
サクラはサスケの手をにぎった。飛び散った血のにおいは、まだ少し気になるけれど。
あなたと一緒なら
すべてから目をそらさずに、生きていけるような気がします。


「やっと、自由だね。」

なにもない焼け野原から、歩いていく。
すべてから解き放たれて。
そしてすべてを背負って。

サスケはゆっくりと立ち上がる。二本の足を踏みしめて。
今までずっと、自分はただひとりで歩いているのだと思っていた。見渡せば、たくさんの人が、そばにいることに気付けたのに。
だから、
今度は

・・・一緒に、帰ろう。
サスケはぎこちなく手を差し出す。
サクラはその手をとる。

さあ、歩き出そう
どこまでも、一緒に。


時には空に憧れて、地中の闇に惹きつけられても
必ずひとは大地にかえり

大切な人の手をとって
地面を踏みしめて歩いていく。

大地は果てなく続き、地に足をつけて歩いていけばどこにだってたどり着ける。
それがきっと本当の自由なのだから

回り道をしても、道に迷っても、
大地に足をしっかりとつけて


どこまでも、一緒に。

 

 

 

 

END       ...to be continued

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ッサカリア。
バロックによく見られる楽曲形式。同じフレーズを全曲繰り返すバスの上で、メロディーは変奏を繰り広げる。

通奏低音は、
守ること、
愛すること、
そして、生きること。



Thank you for your reading...

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