古楽情報誌アントレ 2006年9月号

 朝岡聡 的 新譜試聴記

パリの悦楽〜18世紀フランスの室内楽
ラ・フエート・ギャラント&原雅巳
ALMレコードALCD-1083

 時代の移り変わりを説明するのは意外に難しい。例えばCDや携帯電話やパソコンなんかなかった僕の学生時代の感覚を今の若者に話したって、理解してもらうのは至難の業でしょう。生活習慣の異なる外国の今を説明するよりも、過ぎ去った時代を理解させるほうが難しいかもしれない。それは現代に限らず、私の愛する古楽の時代も同じこと。ひとくちに18世紀といったって地域や時代は現代以上に複雑。だからこそ、この時代はおもしろいのを納得させてくれるアルバムが“ラ・フェート・ギャラント”による「パリの悦楽』だ。

 ひとくちにフレンチ・バロックといってもルイ14世とルイ15世の時代では大違い。ではルイ14世と15世の関係をご存知ですか?次の中から正解を選ぶべし。@子供A孫B曾孫(ひまご)

 14の次が15だから@と思う人も多いのだがこれは×。では、孫かといえばこれも違う。正解はB。なんとルイ14世と15世の世代は大変な世代格差があるのですよ。おじいちゃんとひ孫を比べたら好みや流行や考え方に大きな差があるのは今の時代も一緒でしょう。ラ・フェート・ギャラントの演奏で18世紀前半の音楽文化がいかに変わったのかを実感できるのはとても興味深い。

 アルバムの前半にはルイ15世時代の作品が3曲収められている。まずはテレマンの《パリ四重奏曲第2番》。いわゆる「フランス趣味」の代表的名作だ。歌うフルートに語るヴァイオリン、支えるガンバとチエンバロの織りなす世界はまさに洗練されたロココの美。結成10年を迎えるラ・フェート・ギャラント(Ft前田りり子、Vn桐山建志、Vg市瀬礼子、Cm平井み帆)のアンサンブルには、何か濃密な香りを感じる。優れたソロ奏者である個々のメンバーが一段と熟して深く華やかな印象を与えてくれる。この響きはまことに賛沢。聴きものですよ。

 続くボワモルティエのようにアマチュア音楽家のための作品が広く流布するのもこの時代ならではだろう。そのトリオソナ夕でもギャラントな空気を楽しんだ後に響いてくるのがギユマンのクァルテット。今回の録音でひときわ印象的なのがこの曲。「雅で楽しい会話」という副題が付いているのだが、これがまたなんとも愉しい。宮廷やサロンにおける貴族淑女の交わりとは、まことにこのようなものではないかと想像させる風景が広がる。それまでの2曲が短調ということもあって、この曲のもつ開放的で明るい空気は格別。ロココ絵画に描かれた貴族の優美なる世界に自分が入り込んだ感覚に浸らせてくれる。気持ち良いことこの上なし。

 こうしてロココを存分に楽しんだ後のアルバム後半は、ルイ14世時代の音楽家による作品が3曲。ルベルのヴァイオリン・ソナ夕が流れ始めると、やはり時代をさかのぼるのを実感しないわけにはいかない。出だしの緩徐楽章の荘重な趣は、ひいおじいちゃんであるルイ14世のかぶっていたムクムクとしたカツラを彷彿とさせる重々しさ。

 様式感をたっぷり漂わせつつフランス独自の風景を描くヴァイオリンに酔った後は、フランス・カンタータの黄金時代を築いたモンテクレールの《ディドンの死》が続く。このカンタータでは歌と楽器の絶妙のコンビネーションを楽しもう。情感溢れるフルートと激情を巧みに描くヴァイオリンが、ロココの軽やかさとは対極の奥深い音楽を演出している。同じ雅でもルイ15世とは別の世界を実感する。そして最後はリュリの義父でもあったランベールのエール《あなたのつれないあしらいに》。シンプルな中に片思いの心情が浮かび上がる名曲。終わった後の余韻がいい。

 ルイ王朝50年で音楽の趣味がずいぶん変化したのに気づくとともに、それを見事に演奏で納得させてくれるラ・フェート・ギャラントのメンバーと歌の表現力が素晴らしい。

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