鎌倉追憶U


鶴岡八幡宮・二の鳥居

建長寺を出て巨福呂坂を登り、小町通より鶴岡八幡宮の参道にでる。

二の鳥居から段葛のある一直線の道に植えられた桜。 季節に来れば壮観だろう

と思い八幡宮へと進む。 参拝を終えた修学旅行生が次から次へとすれ違う。

*段蔓とは頼朝が1182年、妻、政子の安産を願って葛石を積んで、ぬかる道路を整備した。



三の鳥居、太鼓橋、奥に鎌倉八幡宮が見える。


二の鳥居より500mほどで三の鳥居に着く、そこには石造りの太鼓橋があり

橋の両側は源氏池と平家池に別れ源平の旗に因み紅白の蓮が生けられている。

北条政子が源家の繁栄を祈念し頼朝に作らせたといわれる池。


源平池の碑

由比ガ浜の一の鳥居から本宮まで真直ぐの参道がつづく。 その距離2km。

やがて、その道は舞殿にぶつかる。  



舞殿と本宮






若宮と祈祷受付所


舞殿は静御前が義経と別れ離れとなり、彼をしたって舞った舞台。

「しづやしづしづのをだまきくり返し昔を今になすよしもがな」

と舞い頼朝の逆鱗に触れ、悲運の人生を歩む。


舞殿の右にある若宮は、仁徳天皇他3柱神が祭られている。




舞殿(下拝殿)

舞殿の前には大きな階段があり、本宮へとつづく。

階段の左手の大銀杏は800年のご神木で、三代将軍実朝(頼朝の子)が、

この木に隠れていた公暁(兄・頼家の子)に殺された場所でもある。




上宮への階段、銀杏の大木が左手に見える。





公暁の隠れていた大銀杏






上宮(本宮)楼門

上宮の高台からは若宮大路が一の鳥までのび、その先に由比ガ浜の海が広がっている。

昔はこの道がアッピア街道と同じように軍事道路で兵どもが闊歩したのであろう。

楼門の左右には仁王像ならぬ正装をした若武者・随神像が本宮を衛護している。

この門は1828年に徳川家斉の命により造られたと言う。



本宮殿

本宮殿は応神天皇、比売神、神功皇后が祭られ、重要文化財となっている。

こちらは元源頼義が由比郡に京都の石清水八幡宮を勧請したのが始まりで

1180年に頼朝が現在の地に移し、鎌倉幕府を起こして街造りが行われて行った。



小町通の雑踏

八幡宮に参拝して小町通りにでる。 若宮大路に平行した通りで、ここは鎌倉一

人通りの多い道である。 今日も修学旅行生や外国人で賑わっていた。

間口の小さい店屋が軒を連ね、いろんな商品を売っている。

路地に入ると洒落た店もあり、独特の雰囲気を持っている。

鎌倉に、こんな街があるとは思いもつかなかった。


 道は鎌倉駅まで続く。 丁度昼になったので、この一角で食事とする。

そばを頼むと黒蜜と葛が付いていて、疲れた頭が蘇った。

それに味もよかった。 糖分は疲労回復に良いと言うが確かだ。  




寿福寺

食事の後、小町通を北へ、左へ江ノ電を横切ると寿福寺に着く。

前の木陰で熟年のグループが、油絵、水彩など各自が思いの絵を描いていた。

聞いてみると、絵画教室の人達と解かった。



絵を描く一行





寿福寺の総門

寿福寺は鎌倉五山の第三寺である。 こちらは頼朝の父・源義朝の館のあった場所。

開基は頼朝夫人政子が1200年に栄西を招き開いたと言われる。

山を背景にした鬱蒼とした茂みのなかにある。

総門をくぐると、洒落た石畳の参道が真直ぐに伸びている。



真直ぐに伸びる洒落た参道

簡素な三門の奥に本堂があり、大木の柏槇が覆い被さっている。

この木は鎌倉十名木の一つである。  本堂は公開されてない。



本堂と柏槇

鎌倉は湿度が高いと言うが、この辺りは特にじめじめしている。

奥が深く本堂を回りこむと、沢山の墓があり、

一番奥に洞窟が幾つも掘られ五輪塔が祀られている。

 その一角に北条政子と、実朝の墓と伝えられる五輪塔があった。



洞窟





実朝の墓





政子の墓





洞窟

寿福寺は第三位の寺にしては管理者もおらず、何処か寂しい寺であった。

これだけの歴史がある寺がどうして放置されているか不思議である??




そんな思いにに駆られ寺を出て鎌倉駅へと向かう。

相変わらず小町通りは賑わっている。 次は江ノ電にて長谷観音へ。



人力車のいなせなアンちゃん。


単線の電車に建物が接触しそうなぎりぎりの所に建てられ、庭木が電車に擦りそうである。

こんな鉄道がよく残ったものだ。 これも八幡さんのご利益だあろうか。



江ノ電・長谷駅





長谷観音前参道


長谷駅をおり、古き匂いを残す参道を進むと長谷観音に到着する。  

観音さんも大仏とセットで訪れる客が多いのか賑わっている。




長谷観音の赤い提灯

門の前の枝振りのよい松が何とも昔の雰囲気を醸し出している。

境内に入ると、二つの池があり周囲には四季の花木が植えられていて新緑が顔を染める。

 菖蒲が終わり、これからアジサイの季節となるが、すこし早いようだ。




妙智池

境内は観音山の斜面に造られていて、上下に分かれている。

下は回遊式の庭園になっている。  池を廻って階段を登ると奥に小さなお堂が見える。

周囲には地蔵さんが綺麗に並んでいる。 その数はかなりある様だ。

御堂には福寿地蔵が祀られている。




地蔵堂の最初に見つけた地蔵





水子地蔵





大小様々地蔵さん

地蔵堂より階段を登ると上境内の広場に出る。 鐘楼の左に阿弥陀堂がある。

残念ながら写真が禁止されていて撮ることが出来ない。

堂内に入ると部屋一杯に金色の光が輝き、黄金の阿弥陀如来坐像が鎮座していた。

 初代将軍頼朝が厄災消除の為、造立したと伝えられている。



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