真田紐の色柄の秘密
(茶道約束紐・習慣紐)
●茶道御約束紐

御約束紐とは
 普通は一部の有名茶道具店や流派のお家元や鑑定士の方くらいしか知らない
 事で我々も長い間あまり表には出してはいけない事でしたが昨今この辺りの事に
 ついてあいまいになりつつありますので少しだけ書かせていただきます。

  真田紐の色々な柄の中には様々な意味や暗号が込められていものがあります。
 各作家個人・流儀の特別な柄の紐で「御約束紐」と呼ばれております。
 これらは作品の身分証明書とも言うべきもので、その作品がその作家・職人さんや、
 職方さんなどその家で作られた作品あるいは、その流派・美術舘・機関・好趣家の
 皆さんの所蔵品・好まれた物(規定の技術レベル・風情等に合致した作品)であると
 いう事の証明の意味合いで使われる真田紐です。
 これらの柄は、一般でいえば家紋の様な物と考えて頂ければ良いかと思います。
 英国近辺で服装のタータンチェック柄が「家」を表すものである事を御聞きになった事の
 ある方もいらっしゃるとか思いますがそれと同じ考え方です。
 最近は茶道家元の箱書や朱印・花押などまで巧妙に偽造された物や著名作家の
 贋物が出回っており、御一人で数千万円もの被害を受けた方の御話を聴き知って
 おります。
 これらを見分ける一つの手段が約束真田紐の柄なのです。
 これらの紐はその柄の所有者にしか販売出来ないようになっておりますので紐単体
 で他の方に売ることはありませんし付け替えの場合は古い紐を処分し市場にある紐の
 量を一定に保とうとしています。
 書くものや朱印等の偽造は案外容易いのですが真田紐は製作するのに技術と設備
 ・時間がかかりますので偽造しようとしても割りにあわない物なので昔からそういった
 真田紐が偽造防止に使われてまいりました。
 ですから、贋物にはたいがい市販用の柄の真田紐が掛けられているので、ショーウィンドー
 ごしやネットショッピングの写真からででも贋物を見分ける事が可能なのです。



              

  例えば、ショーウインドウに、こうした箱と紐と中身が置いてあり説明文に「○○○作
 ××宗匠書付△△水差し」と書かれてあったとします。
 もし本当に書付をしたものであれば、その宗匠の紐ががかかっている筈です。
 又、もし書付がない場合、少なくともその作家さんでお決めになった紐があれば
 その方の紐が掛かっている筈です。
 しかし、この写真を見ればこの紐はそのどちらでもない全く違う柄の紐が掛かって
 いるので、これは「要注意な品物」と知る事ができます。
 (ちなみにこの写真の紐は切り口が白い(後染め)のと織り目からベルトやサスペンダー
 等に使われる化繊繊の紐と思われます。なのでそれ自体論外なのですが・・・。)

  又、例えば作家さんの作品が初め御寺に買われ、その後美術舘に売られ、買った
 美術舘から好趣家へと流れていった場合、作家さんの紐のついた箱ごと御寺の紐の
 かかった少し大きな箱に入れ、次に買われた美術舘がその紐のかかったまた大きい箱に
 入れる、又、次に買った好趣家がその方の紐のかかった箱に入れるなど、一つの作品に
 二重箱・三重箱という様に入れこになっていくつもの箱や紐が付随しているものがあります。
 そういった紐を見るとその作品の辿ってきた流れも知ることができます。
 こういった流れを茶道では由来として大切にします。

極め書きと御約束紐
  茶・華道には大小様々な流儀・流派がありそれぞれ偉大な家元を中心に各々の世界が
 広がっています。それぞれの家元が美術品としての技術的・型的に認めた茶道具には
 書付や箱書・「お好み」や「極め」といわれる付加価値が付く場合があり、家元のサインである
 花押や銘が書かれます。それと共に桐箱にはそれぞれの御家元が御決めになった
 真田紐をかけなければなりません。
  元々付いている形で売られている場合が多いのですが、買われた作品を後に家元に
 見て頂き極書を頂く場合もあります。この場合、持って行く前に各家元好の「御約束紐」を
 つけてから御家元に持って行きます。他の柄では玄関にて「お断わり」がされてしまいます。
 (余談ですが桐箱にも遠州箱など各家元の形がありますので桐箱の職人さんに
 御相談頂き,それに沿った箱を製作し、紐の掛け方も流儀に沿った結び方で結びます。)


御約束紐の柄
  約束紐は本来、一部の方しか知らない暗号の様なものなのでここで写真を載せたり
 細かい色種や線の幅等細かな決まりごとを載せる訳にはいかないのが残念ですが、
 紐によっては一見無地に見せかけてありますが薄い何色かの色糸を使ってあったり、
 横糸に違う色を使うなどして本物の紐か偽物の紐かを判断することができるように
 なっています。
  また正絹と木綿の真田紐で色の違う場合もあります。
 また暖簾わけや師匠の作家様からお弟子さんが独立する場合など、御師匠作家様
 の紐の色を使用できる許可が出る場合があります。ただ、同じ柄を使うという事は
 弟子としてなるべく避けねばならない為、その色の紐に線を入れたり耳を付けたり柄の
 一色として使用するなどして新しい柄の真田紐を作製し使用します。
 ですので、逆に言うと紐の柄を見ることでその作家様の系統も知る事ができます。

  作家さんや個人の真田紐は必然的にその本人しか買う事ができません。
 しかし、現在作品をお持ちの方が切れたり汚れた紐を取り替える為に買う事はできますが
 古い紐は処分され市場にある紐の絶対数を整えます。
  たまに古い紐を捨ててしまって違う紐を掛けてしまった方がありますが、そういった場合は、
 製作した作家さんや茶道具鑑定師の証明があれば掛ける事は可能です。
 紐は作品の保証書ですから取り替える場合は作家様か真田紐屋さん、信用のある
 茶道具店等に御相談下さい。

 約束紐のある流儀・作家さんはおもに以下の様な方々が持たれている場合が多くあります。
  <茶・華道各流儀ご本家><茶道職方><美術工芸作家>
  <茶道具収集家・僧侶・美術館・好事家><旧武家・旧華族関係>他

 全国に数千種程の約束紐が有ると思われます。
 尚、独自の柄で無くとも市販版の真田紐の中から各自決めた好みの紐を約束紐として
 かけている場合もあります。

●習慣約束紐

習慣約束紐とは
  約束紐の他に習慣紐と言われる紐があります。
 これはそれぞれ古代より意味の有る色合いが真田紐に反映されたものや職種・官位・使用用途
 などで紐の色が習慣的に使われているものを言います。


習慣紐の色柄の例

  ●天皇陛下  古代紫無地・貝紫無地
  ●皇后陛下  古代朱無地
  ●その他の皇族の皆様・旧華族  萌黄無地
  ●雛人形  桜無地
  ●神社・仏閣  白無地・古代紫無地・古代朱無地(系統により異なります)
  ●武家系各家  黒無地・金茶無地
  ●茶道具  濃茶・濃緑・古代紫無地他(しつらえ・用途・品物により異なります)

  例えば天皇陛下の装束や所有物は古来から海の貝類や海牛から取れた紫袋で染められ
 古代紫・貝紫のものが使われます。
 最近は一般の方でも古代紫の使用は認められておりますので真田紐の場合で言えば主に
 目上の方への贈答品などに使われます。
 皇后陛下の場合は山の染料で染めた古代朱(赤っぽいオレンジ色)の物がつかわれます。
 ですので、袱紗でも紫と朱(オレンジ色)が多いのはこの官位に由来して「どなたに出しても失礼
 に当たらない色」ということでこの二色が各流儀でも使われています。

  武家の末裔の方や武家茶道流儀などの真田紐は黒や黒をベースに線を入れたりした物を
 お使いななる方が多いです。
 神社仏閣で祭事にお使いになる真田紐は白無地が多く使われますが、献上祭事などでは
 関係のある皇族や武家に習った物が使われます。

  茶道具では目立たず自然の土や木の葉等に関係ある色が多く使われます。
 献上を目的とした茶事の場合は皇族・仏事に即した色も使われます。

  一般的には贈答品などの場合、例えば開店・襲名祝いには若葉にたとえ萌黄、
 創業周年行事等には濃緑(あまり葉の色の変わらない事から松葉色)、御引退記念等には
 渋松葉等松の葉の一生に例えて使用する場合などがあります。

  皇族方以外のこれらの紐柄は決まりで決まっているものではございませんが、その時折の
 趣向や状況によって使用してまいります。